ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

 

NISSAN CEFIRO (A31) 1988 JAPAN

NISSAN CEFIRO (A31) 画像をクリック/タップすると画像が変わります
NISSAN CAR COLLECTION (NOREV HACHETTE) 39 1/43 110㎜

 

日産 セフィーロ A31型 日本 1988

 

 セフィーロ 1988年 登場

 

 解説作成予定

 

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.69m 全幅約1.7m
エンジン 変速機: 6気筒 2L ターボ 205HP 5段変速/4段自動変速
性能: 最高速180km/h (国内仕様)
データーベースで日産 セフィーロのミニカー検索
 

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NISSAN (PRINCE) R380 II 1967 JAPAN

NISSAN (PRINCE) R380 II 画像をクリック/タップすると画像が変わります
EBBRO 43384 1/43 93㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.98m 全幅約1.69m
エンジン 変速機: DOHC 6気筒 2L 220HP 5段変速
性能: 最高速 不詳
データーベースで日産 R380/390のミニカー検索

 

日産 (プリンス) R380 II 日本 1967

 

 1964年の第2回日本グランプリにプリンス自動車はスカイラインにグロリアの6気筒2Lエンジンを搭載したスカイライン GT(S54型)で参戦しましたが、ポルシェ 904(ドライバー 式場壮吉)が優勝しました。プリンス自動車はポルシェ 904に対抗できるレースカーとして、プリンス R380 Iを1965年に開発しました。(1965年にプリンス自動車と日産自動車が合併した後は日産 R380 Iと改名)

 R380 Iは日本初のグループ6 プロトタイプスポーツカーで、イギリスから輸入したブラバムの鋼管フレーム構造のシャーシを流用しボディはアルミ製でした。(デザインはポルシェ 904に似てます) エンジンはスカイライン GTのものをベースにDOHC化し、3連装キャブレターで200HPの性能でした。

 

 参戦する予定だった1965年日本GPが開催されなかったので、R380 Iは矢田部の高速試験場で速度記録に挑み国内速度記録を樹立しています。1966年日本GPでは、R380 Iは1-2フィニッシュで優勝しました。ちなみに3位はトヨタ 2000GTのレース仕様でした。

 

 

 1967年にボディを大幅に変更したR380 IIが登場します。1967年の日本GPでは、ポールポジションを獲ったポルシェ 906が優勝し、R380 IIは2-3-4位となりました。同年にノーズ形状を変更したR380-II改が矢田部で速度記録に挑戦し世界速度記録を樹立しています。R380はボディを大型化しルーカスの機械式燃料噴射で245HPにパワーアップしたR380 IIIに発展しました。 1968年には後継車のR381が登場しますが、R380 IIIはR381のバックアップとして併用され、1970年まで国内外のレースに参戦していました。

 ミニカーはエブロ製で、2002年に発売されました。1967年日本GPで4位となった車をモデル化しています。(同GP出場車は4台ともモデル化されています) エブロらしい手堅い作りで、良くできています。エブロはR380 I、R381、R382もモデル化しています。R380の当時物ミニカーとしてはダイアペットがありますが、かなりのレア物です。それ以外では京商が1/64の日産 レーシングカー コレクションで、R380 I、R380 II、R381、R382をモデル化しています。

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NISSAN R382 1969 JAPAN

NISSAN R382 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DIAPET 210 1/40 107㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.05m 全幅約1.87m
エンジン 変速機: DOHC V型12気筒 6L 600HP 不詳
性能: 最高速 不詳
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日産 R382 日本 1969

 

 1967年の日本GPでR380 IIがポルシェ 906に敗けたことから、後継車のR381は大排気量のパワフルなマシンとして企画されました。搭載を予定していたV型12気筒5Lエンジンが1968年日本GPに間に合わなかったので、アメリカのカンナムで使われていたシボレーのV型8気筒5.5Lエンジンが改造されて使われました。エンジンのパワーアップに対して、シャーシやサスペンションが強化されました。

 

 R381にはシャパラルが先鞭をつけたリアスポイラーが付いていました。このスポイラーはサスペンションに連動して左右独立で角度が変わり、ブレーキング時には直立してエアブレーキとしても機能する凝ったものでした。 1968年の日本GPでは、ポルシェ 910(2位)やトヨタ 7を抑えて、R381が優勝 3-4-5位をR380 IIが占めて、日産が初めて日本GPを制覇しました。同年末にはV型12気筒5Lエンジンが完成し、それを搭載したR381 IIが完成しています。

 

 

 1969年には後継車のR382が登場します。可変式スポイラーが禁止されたので、スポイラーを一体化して高く反り返ったリアエンドになっています。1969年日本GPにはエンジンを6Lに拡大しパワーアップしたR382で臨みました。結果はR382が1-2フィニッシュで優勝し、日本GP2連覇を達成しました。なお3-4-5位はトヨタ 7で、6-7-8位をポルシェ勢が占めました。日産は日本GP3連覇とアメリカでのカンナム参戦を目指してR383を1970年に開発していました。しかし日産は公害対策に集中するということで、日本GPの不参加を表明しレース活動から撤退し、R383のレース参戦はありませんでした。(その後1977年の東京モーターショーで一般公開された)

 ミニカーはダイアペット製の当時物です。1969年日本GPの優勝車(No.21)をモデル化しています。(ゼッケンなどは添付紙シールを貼付 実車と同じ黄色のバリエーションもありました) 当時のダイヤペットとしては、異例のリアルな造形で非常に良い出来ばえです。ホイールやエンジンもリアルで、小さな蝶板でドアが手前に開くギミックも凝ってます。(当時のミニカーはドア開閉が必須だったので、頑張ってつけたのでしょう) これ以外の当時物ミニカーでは同じダイヤペットのチェリカ80の1/58と香港製の1/50、トミカの1/69があります。最近のものでは、京商の1/64、エブロの日本GP仕様(約10種類)があります。エブロはR383もモデル化しています。

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NISSAN SKYLINE RS TURBO SILHOUETTE (R30) 1983 JAPAN

NISSAN SKYLINE RS TURBO SILHOUETTE (R30) 画像をクリック/タップすると画像が変わります
TOMICA DANDY D38-2 1/43 113mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.8m 全幅約2m
エンジン 変速機: DOHC 6気筒 2.1L ターボ 570HP?  
性能: 最高速 不詳
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日産 スカイライン RS ターボ シルエット (R30) 日本 1983

 

 前述したように1960年代後半のプロトタイプスポーツカーR380シリーズでのレース参戦は1970年に中止されました。その後日産はスカイライン GT-R(KPGC10)でツーリングカーレースに参戦し、国内レースでは49連勝を記録する圧倒的な強さを誇っていました。この連勝記録は1971年にマツダ サバンナ(RX-3)に阻止され、その後1978年までRX-3が通算で100勝しています。なお日産は第1次オイルショックの影響で1973年にワークス活動を中断しました。

 

 1980年代になると、グループ5のシルエットフォーミュラーによるレースが人気を呼ぶようになりました。シルエットフォーミュラーとはレースカーのシャーシに市販車の外観を残しながら派手なエアロパーツを付けたボディを載せたレースカーでした。日産はシルビアやスカイラインのシルエットフォーミュラーでワークス活動を再開します。1982年に6代目スカイライン(R30) RSをベースにしたRS ターボ シルエットが登場し、スカイラインのレースへの復帰は話題となりました。(エンジンはスカイライン RSのFJ型ではなくシルビアのLZ型を搭載) 1983年には市販車が鉄仮面と呼ばれるフロントマスクに変更されたので、RS ターボ シルエットも鉄仮面に変更されています。

 

 

 1982年に国際規格でシルエットフォーミュラはグループCに切り替わったので、国内でもシルエットフォーミュラは1983年限りとなりました。その後1984年にニスモ(日産 モータースポーツ インターナショナル)が設立され、新規格のグループCで本格的にスポーツカー耐久レースに取り組むようになり、1986年からルマンに参戦しています。

 ミニカーはトミカ ダンディの当時物で、1983年の発売です。箱にはRS ターボ シルエットと書かれていますが、シルエット フォーミュラをグループC仕様に改造したターボ Cをモデル化しています。(ボディと一体化した大型リアスポイラーがターボ Cの特徴で、ミニカーの底板にはグループCと銘記されています) 当時物ですので今のミニカーのようにリアルではありませんが、コクピット内の造形など当時としては結構良い出来ばえでした。当時トミカはこの車のスポンサーをしていたので、TOMICAのロゴが付いています。なお貼っていませんが、紙シールのデカールも付いています。それ以外の当時物はトミカがあり、2000年以降ではオートアート、エブロ、トミカが十数種類をモデル化しています。

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NISSAN MID4 II 1987 JAPAN

NISSAN MID4 II 画像をクリック/タップすると画像が変わります
NOREV LUMYNO 420016 1/43 101㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.3m 全幅約1.86m
エンジン 変速機: DOHC V型6気筒 3L ターボ 330HP 5段変速 フルタイム4WD
性能: 最高速 不明 エンジン 縦置ミドシップ配置
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日産 MID4 II 日本 1987

 

 日産が1980-1990年代のスポーツカーレースのベースとして開発したのがMID4で、1985年のフランクフルトモーターショーでプロトタイプが公開されました。→MID4 1985年の画像 MID4という名前は新開発したVG30DE型 DOHC V型6気筒3L(230HP)エンジンを横置きにミドシップ搭載したことと、フルタイム4WDに加えて4WS(四輪操舵)システムを採用したことを意味しています。ボディはフェラーリ風の2シータークーペで、リトラクタブルヘッドライトを採用していました。

 

 1987年に東京モーターショーで、MID4を発展させたMID4 IIが公開されました。エンジンは搭載方式が縦置きに変更され、インタークーラー付ツインターボが付加され、出力は330HPにパワーアップされました。デザインは1985年のMID4より洗練されていて、国産スーパーカーとしてそのまま市販されることが期待されました。しかしこの車は市販するには高額すぎるとの理由で結局日の目を見ませんでした。なおほぼ同時期の1990年にホンダは初代NSXを約800万円で発売し、国産車初のスーパーカーとなりました。

 

 

 ミニカーはノレブのルミノ(LUMINO)シリーズのもので、2010年に発売されました。当時ノレブは国産名車コレクションで日本車をモデル化していました。ルミノ シリーズには国産名車コレクションと同じ型で仕上げを良くした物と、国産名車コレクションにはない日本車もありました。このMID4はその国産名車コレクションにはないレジン製のミニカーで、レジンキットで有名なプロバンス ムラージュがモデル化しているようです。プロポーションが良く細部も良く再現されていて、かなり良い出来ばえです。ルミノ シリーズでは1985年のMID4もモデル化されています。ノレブ以外ではトミカが1985年のMID4をモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

NISSAN MID4 II 1
NISSAN MID4 II 2

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NISSAN R390 GT1 1997 JAPAN

NISSAN R390 GT1 画像をクリック/タップすると画像が変わります
TAMIYA 23505 1/43 108㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.58m 全幅約2m
エンジン 変速機: DOHC V型8気筒 3.5L ツインターボ 600HP 
(ロード仕様はノンターボ) 6段変速
性能: 最高速 不明 エンジン 縦置ミドシップ配置
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日産 R390 GT1 日本 1997

 

 日産は1984年にニスモ(日産 モータースポーツ インターナショナル)を設立し、グループCでのスポーツカー耐久レースに参戦します。当初のスカイライン RSのグループC改造仕様では競争力不足で、ルマン ガレージの開発したLM04Cに日産のエンジンを搭載したグループCカー LM04C スカイライン ターボCが1984年に登場しました。さらに1985年にはイギリスのマーチ製シャーシに日産のV型8気筒エンジンを搭載したR85G スカイライン(後にスカイラインの名前は外れて単にR85G)が登場します。

 

 日産のルマン初参戦は1986年で、R85Vと新開発したエンジンを搭載したR86Vが出場し、R85Vが完走しています。1987年ルマンにはR87EとR86Vが出場しますが全車リタイア、1988年ルマンにはR88Cが出場し完走しています。1989年ルマンにはR89Cで出場し善戦するもリタイア、1990年ルマンではR90CPが出場し初のポールポジションを獲得し、本選で総合5位となりました。日産のグループCカーでのルマン挑戦はこの1990年で終了します。

 

 

 1991年にグループCのレギュレーションが変わり、ターボエンジンが使えなくなったことなどから自動車メーカーの撤退が相次ぎました。これでルマンにおけるグループCの時代は終わりを迎え、1994年頃からは従来のGTカーがルマンの主力に戻りました。日本でもグループCのレースは終わりJGTC(全日本GT選手権)が始まり、スカイライン GT-Rが主役となりました。日産は新しいグループC仕様のNP35を1992年に開発しましたが、この車は結局使われませんでした。その後スカイライン GT-R(R33)をベースにしたニスモ GT-R LMが1995年と1996年のルマンに参戦して完走していますが、GT-Rでは上位を狙うことは困難でした。

 そこで1997年ルマンに向けて開発されたのがR390でした。R390はGT1クラスのプロトタイプレーシングカーで、イギリスのトム ウォーキンショー レーシング(TWR)の協力でジャガー XJR-15をベースにして設計され、エンジンはグループC時代のV型8気筒3.5Lを搭載していました。GTカーとして認証される為、ターボの付かないロードカーが1台製作されましたが市販されていません。1997年ルマンには3台のR390が出場し、予選でポールポジションを獲りましたが、本選では12位と不本意な成績でした。翌1998年ルマンでは改良されたR390が総合3位となり、日産はルマン初の表彰台を得ました。1999年ルマンではR391が参戦するもリタイアとなり、その後日産のルマン参戦は2015年まで中断されました。

 ミニカーは田宮のコレクタークラブ ミニ シリーズ(ダイキャスト製完成品)で、1998年に発売されました。R390のロードカーをモデル化しています。キャビン部分がやや小さいように思いますが、風変りな造形のリアエンドの再現など全体的にはかなり良い出来ばえです。バリエーションでロードカーのニスモ特注品とレース仕様がありました。これ以外のミニカーとしてはロードカーではオニキス、レース仕様ではオニキス、京商の1/43と1/64、オートアートの1/18などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像とキャビン部分の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

NISSAN R390 GT1 1
NISSAN R390 GT1 2

 以下は2018年に発売されたルマンカーコレクションのR390 GT1(No.5)の画像です。1998年ルマンで3位となった32号車をモデル化しています。メーカーはスパークとのことで、雑誌付きのミニカーながら、デカールが細かいところまできちんと貼られているなどかなり良い出来ばえです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
NISSAN R390 GT1 3
NISSAN R390 GT1 4

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