GM CADILLAC 452A V16 1931 USA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
GM キャディラック 452A V16 アメリカ 1931年
1902年に創業したキャディラック社は1909年にGM傘下となりましたが、技術的な先進性を重視する基本路線はその後も継承されました。1914年にV型8気筒エンジン搭載車を発表し、1928年には世界初のシンクロ機構付き変速機を採用するなど技術革新を進めました。1930年には世界初のV型16気筒エンジン7.4L(165HP)を搭載したモデル 452(452は立法インチでの排気量表示)が登場し、1931年にV型12気筒6L(135HP)エンジン搭載のモデル 370が登場しました。静かでスムーズに作動するV型16気筒/12気筒エンジンをラインナップに加えたキャディラックはライバル他社を圧倒し、アメリカの高級車No.1の地位を確立させました。
当時のキャディラックには標準ボディがありましたが、最上級車452のボディは全てオーダーメイドで、当時GM傘下となったコーチビルダーのフリートウッドが専門で架装していました。スポーティなコンバーチブルからフォーマルセダンまで30数種類のモデルがあったそうです。1938年にはサイドバルブ式を採用した新しいV型16気筒エンジンが開発されました。このエンジンはVバンク角を従来のOHV方式90°から135°に広げ、従来の半分の部品で構成されていました。排気量は7Lと少し小さくなりましたが、185HPに性能は向上していました。このエンジン搭載車は1940年まで生産されました。
ミニカーはソリド製で、1979年に発売されました。初期型の452Aをモデル化しています。オーソドックスなセダンのスタイルですが、後席がオープンになっていてアメリカ車としてはちょっとしゃれたデザインです。フロントグリル上に付いている女神像のマスコットなどフロント周りがリアルに再現されていて、とてもよく出来ています。ソリドはバリエーションでキャディラック V16の商用車やポリスカーなどもモデル化していますが、V16がそのような用途に使われたとはとても考えられないので、V16ではなくV8のはずです。(細かいことを言わないおおらかな時代のミニカーですから、実車がなくても派手なV16でモデル化していたわけです) 以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1986年頃に発売されたソリドのGM キャディラック V16 救急車(1/43 型番4042)の画像です。V16のステーションワゴンを救急車仕様に仕立てています。(実車は無かったと思いますが) 側面には「Denver First Aid & Resque Squad」(デンバー応急処置&救助隊)と表示されています。このステーションワゴンのバリエーションで商用バンやポリス/消防車仕様もありました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1980年代に発売されたソリドの別ブランドのベレム製のGM キャディラック 霊柩車 (1/43 型番V306)の画像です。上記のステーションワゴンを流用して、室内と屋根に飾リを追加して霊柩車に仕立ててあります。ドアに表示されたC/Mのロゴはさんざん調べましたが、何のロゴかは分かりませんでした。同じ仕様で白のバリエーションもありました。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント/リアの拡大画像です。屋根の4隅にある飾りの一つだけメッキが剥げていますが、単なる経年劣化です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は2006年に発売されたシグネチャー製のGM キャディラック V16 1932 (1/32 型番32345)の画像です。シグネチャーはアメリカ車のクラシックカーを1/32サイズでモデル化していました。この1/32サイズは中途半端なスケールですが、そのサイズを生かしてボンネットやドア開閉のギミック付きで室内やエンジンもそこそこ良く再現してありました。ただし1/18ほど精密ではないので、その分値段は安価(約3500円)でした。このキャディラック V16もプロポーションが良く、リアルな出来ばえのフロントグリルなど実車の雰囲気が良く再現されています。ボンネット/前ドアの開閉ギミック付きで、エンジンや室内も再現されています。さらに前輪の操舵ギミック(ステアリングホイールと連動しない)も付いています。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。フロントグリル上の鳥のマスコット(アオサギ)はなかなか良く出来ています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はボンネットを開いたエンジンルームの画像と俯瞰/床下部分(前輪操舵動作)の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=313
GM CADILLAC 452 V16 CABRIOLET 1931 USA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FRANKLIN MINT RI34 1/43 135mm
GM キャディラック 452 V16 カブリオレ アメリカ 1931年
1930年に登場したV型16気筒エンジンを搭載したキャディラック 452は初年度に約3000台が生産されました。コーチビルダーのフリートウッドがリムジーンやコンバーチブルなどのボディを架装し、価格は最低でも5000ドル(現在の2000万円ぐらい)と非常に高価でした。1929年に世界大恐慌が起こりアメリカは不況の真っ只中でしたので、452のような高級車を購入できたのはごく限られた富裕層だけでした。
452 V16は初年度に購入できる人のほとんどが購入してしまったので、翌年はほんの300台ほどしか売れませんでした。キャディラックといえども452 V16は特別な車で、1932年以降は年間百台ほどが生産された程度で、キャディラックの販売の中心は8気筒エンジン搭載車でした。同時期のライバルであったリンカーンやパッカードも8気筒エンジン搭載車で、これらの車は年間数万台生産されていました。452 V16は1940年まで生産されましたが、総生産台数は約4000台ほどでした。なおその後V型16気筒エンジンを搭載したキャディラック 量産車はありません。2023年現在で16気筒エンジンを搭載している市販車はブガッティ ヴェイロン(とその後継車シロン 価格約1.6億円)ぐらいしかありません。
ミニカーは1990年頃に発売されたフランクリン ミント製の1/43で、「The World`s Great Classic Cars」というシリーズの1つです。このシリーズは戦前の高級車を12種類モデル化していましたが、いずれも良い出来ばえでした。そのなかでも特にこのキャディラック V16は、金色/茶色の綺麗なカラーリングや全体的な雰囲気が実車を良く再現していて非常に素晴らしい出来ばえでした。ドア開閉とボンネット取り外しとリアの予備席(ランブルシート)開閉のギミック付きで、エンジンや室内などの細部もリアルにできていました。以下はフロント(鳥(アオサギ)のマスコット拡大)の拡大画像とリア/ランブルシート開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はボンネットを外したエンジンルームの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

以下は1983年に発売されたリオ製のGM キャディラック V16 カブリオレ (1/43 型番77)の画像です。上記のフランクリン ミント製と全く同じカブリオレをモデル化しています。同じ車のミニカーですから良く似た出来ばえですが、リオのギミックはボンネットが外せるだけで、フロントグリル上のマスコットは省略されています。全体的にはリオの仕上げレベルがやや見劣りしますが、リオの販売価格はフランクリン ミントの半額程度でしたので、値段相応の出来ばえであったと言えます。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はボンネットを外したエンジンルームの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

以下は上記のリオ製のバリエーションでGM キャディラック V16 カブリオレ (1/43 型番76)の画像です。上記の幌を立てたバリエーションで、カラーリングと幌以外は同じです。リオのクラシックカーのほとんどには色違いで幌の状態が異なるバリエーションがありました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=314
DUESENBERG J SEDAN 1931 USA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
デューセンバーグ J セダン アメリカ 1931年
ドイツから移民してきたデューセンバーグ兄弟が、レーシングカーを作る目的で1914年に設立したのがデューセンバーグ社でした。当初は航空機用エンジンを製造し、ブガッティの航空機用エンジンの国産化を行いました。1920年に8気筒4.3Lエンジンを搭載し世界初の油圧ブレーキを備えた、自社初の市販車モデル Aを発売しました。(実車画像→ デューセンバーグ モデル A) デューセンバーグのレースカーは1923年のフランスGPでアメリカ車として初めてのGP優勝、1924年と1925年のインディで優勝などレースで大活躍しています。ただモデル Aは高価すぎて売れず、ビンテージ期で述べたエレット ローバン コードが経営する企業連合体 「コード帝国」に1926年に買収されました。
コード傘下で1928年に発表されたモデル Jはデューセンバーグを一躍有名にしました。モデル Jはアメリカ最大、最速、最高品質を目指して開発され、値段も当時最高の超豪華車でした。サイズは全長約5.6m(リムジーン)、性能は当時レーシングカーしか採用していなかったDOHC方式8気筒6.9L(265HP)エンジンを搭載し最高速180km/hと高性能でした。ボディは有名なコーチビルダーが担当し華麗なデザインのボディが架装されました。ボディ形式としては4ドアセダン、2ドアクーペ、スパイダー、フェートン(4座オープンカー)、デュアル カウル フェートン (前席/後席にスクリーンが付いた4座オープンカーで、オープンカーとしては最も高級な形式)などがありました。デュアル カウル フェートンの後席のスクリーンはその下にあるハンドルで上下させることが出来ました。(実車画像→ デューセンバーグ モデル J デュアル カウル フェートン)
デューセンバーグの最も高価なモデルは当時の価格が2万ドルであったことから「トゥエンティ グランド」と呼ばれていました。その価格は大衆車T型フォードの約40倍でしたので、この車を買えたのは当時のハリウッドの大スターや王侯貴族だけでした。
ミニカーは1969年に発売されたソリド製で、1960-1970年代に作られたソリドのクラシックカーシリーズ(AGE D'EOR シリーズ)の1台でした。デューセンバーグとしてはおとなしいオーソドックスなセダンをモデル化しています。このクラシックカーシリーズは大人のマニア向けでしたので、スケールモデル的でリアルな造形がされ、当時としては素晴らしい出来ばえでした。「デューセンバード」と呼ばれる鳥のマスコットの付いたフロントグリル、ボンネット内に再現されたリアルなエンジン、ドアが開閉するキャビンなど細かいところもよく再現されていました。ソリドはバリエーションでスパイダーもモデル化していました。これ以外のモデル Jのミニカーとしては、ビンテージ物ではドゥグー、リオ、マッチボックスなど、最近の物ではフランクリンミントの1/43と1/24、シグネチャーの1/32、ミニチャンプスなどがあります。 以下はフロント(マスコット拡大)とボンネットを外したエンジンルームの画像とリアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1967年に発売されたイタリアのドゥグー製のデューセンバーグ SJ タウンカー (1/43 型番13)の画像です。タウンカーとはこの車のように客席部分にだけ屋根があるフォーマル用途のボディ形式を意味します。SJはエンジンにスーパーチャージャーを追加して320HPにパワーアップしたモデルで、ボンネット右側面から排気管が出ていました。ドゥグーは大人のクラシックカー マニア向けのミニカーで、同時期のリオ同様に当時のミニカーとしてはリアルな造形で良く出来ていました。このデューセンバーグ SJもプロポーションが良く、灯火類やボンネット右横の排気管などの細部も良く仕上げてありました。(ヘッドライトがやや大きすぎますが) ドゥグーのミニカーには合成ゴムのタイヤに含まれる可塑剤(有機溶剤)がプラスチック製ホイールを溶かすという問題があり、このデューセンバーグ SJも程度が軽いながらホイールの一部が溶けています。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1987年に発売されたフランクリン ミント製の デューセンバーグ J デュアル カウル フェートン (1/24 型番KD09)です。映画俳優ゲイリー クーパーが購入した、コーチビルダー ダーハム(DERHAM)社が架装したデュアル カウル フェートンをモデル化しています。フランクリン ミントの1/24は現在のオートアートなどの大スケールミニカーの先駆けで、シャーシ/エンジン/サスペンションなどのメカ部分が金属製パーツ主体で再現されドアやボンネットが全て可動する、当時としては最も精密なミニカーでした。(なお当時フランクリン ミントのミニカーは国内では同社の通信販売でしか購入できませんでした) このデューセンバーグもプロポーションが良く実車の雰囲気がうまく再現されていました。4ドアが開閉しリアシート手前のカウルの下にウインドー開閉用ハンドルが再現されているなど室内は細部まで良く再現されていました。またボンネットを開くとエンジンがリアルに再現されていました。さらにステアリングホイールと連動した前輪操舵ギミック付きでした。当時の価格は18000円(2024年現在では約30000円相当)と安いものではなかったのですが、その価格に見合った素晴らしい出来ばえでした。。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント(マスコット拡大 前輪操舵動作)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はボンネットを開いたエンジンルームの画像と床下部分の画像です。床下のドライブトレーンやサスペンションがそこそこリアルに再現されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はソリド製のデューセンバーグ J デュアル カウル フェートン (1/43 型番CS2)の画像です。上記のソリド製 セダンのバリエーションで、ソリドのファンクラブ限定品として1988年に発売されました。限定品なのでケース台座にシリアル番号が表示されていて、値段は通常品の約2倍(定価5000円)と高価でした。キャビン部分がデュアル カウル フェートンに変更されリアに荷物棚が追加されています。ボンネットは取り外せないように変更されたので、エンジンは再現していません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1971年頃に発売されたリオ製のデューセンバーグ SJ トルペード フェートン 1934 (1/43 型番45)の画像です。これもデュアル カウル フェートンをモデル化していますが、上記のフランクリン ミントのデュアル カウル フェートンよりキャビンが小さくスポーティなデザインで、アメリカのコーチビルダーのブルン(BRUNN)が架装しました。ミニカーはこのスポーティなボディがうまく再現されていて、とても良く出来ていました。ボンネットの上部を取り外すことができ、特徴的な排気管の付いたエンジンが再現されていました。(なお実車のボンネットはこのように上部だけが外れることはありません) またシャーシなどの下回りのメカがリアルに再現されていたのも、リオのクラシックカーの特長でした。幌を収納した色違いのバリエーション(型番46)もありました。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。フロントグリル上に付いたデューセンバードのマスコットは鳥のオブジェで「デューセンバード」と呼ばれています。


以下はボンネット右側面の画像とボンネットを取り外したエンジンルームの画像とボディ下回りの画像です。エンジンの排気管がボンネット側面から取り出されている構造がリアルに再現されていました。さらにこの排気管は床下の排気管に接続されています。床下にはシャーシ、エンジン/変速機、ドライブシャフト、サスペンションもリアルに再現されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は2006年に発売されたシグネチャー製のデューセンバーグ J フェートン 1934 (1/32 型番32110)の画像です。これも上記と同じコーチビルダー ブルンが架装した車のモデル化ですが、こちらはスーパーチャージャー付のSJではなくJです。(ボンネット横の排気管がありません) 上記SJと良く似たデザインですが、リアに外付けのトランクを背負っています。黒と緑の派手なツートンカラーは実車に準じたカラーリングです。(実車画像→
デューセンバーグ J フェートン 1934) シグネチャーのクラシックカーのシリーズは縮尺が1/32で1/43より一回り大きいかったです。サイズが大きい(全長153㎜)のですが、細部の仕上げは上記のリオ製と同じようなレベルとなっていました。(サイズを無視すればリオ製並みの良い出来ばえであると言えます) シグネチャーのクラシックカー シリーズの特長はサイズと出来ばえのわりに安価なことで(当時の定価は2000-25000円ほど)、細かなパーツが多いクラシックカーを1/32という組付けが容易なサイズとしたことで組付けコストを低減して低価格を実現していました。ボンネットと前ドアが開閉するギミック付きで前輪操舵ギミック(ステアリングホイールとは連動しない)も付いていました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はボンネットを開いたエンジンルームの画像と前輪操舵ギミックの画像です。ボンネットが実車同様に開くのは良いのですが、エンジンの出来ばえは1/32サイズとしてはやや物足らないレベルです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1979年に発売されたダイヤペット製のデューセンバーグ J デュアル カウル フェートン (1/27 型番G124)の画像です。ダイヤペットのクラシックカーのシリーズで1/27と中途半端なサイズでしたが、ダイヤペットとしては初のクラシックカーのモデル化で意欲的なミニカーでした。ダイヤペット初のクラシックカーながらなかなかの良い出来ばえで、サイズが大きいので少し凝ったギミックが付いていました。4ドアが開閉しリアカウルが上下します。ボンエットを取り外すとエンジンが再現されていて、さらに運転席のハンドブレーキ風のレバーを操作することでライトが点灯します。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント(ヘッドライト点灯)/ボンネットを外した状態のエンジンルームの画像とリアの拡大画像です。ヘッドライトを点灯させる為の単3電池2本を収納する電池ボックスが底下部分にありました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=322
DUESENBERG J SPIDER 1931 USA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
デューセンバーグ J スパイダー アメリカ 1931年
デューセンバーグは1926年にコードに買収されました。コード傘下で1928年に発表したモデル Jはデューセンバーグを一躍有名にしました。モデル Jはアメリカ最大、最速、最高品質を目指して開発されました。当時はレーシングカーしか採用していなかったDOHC方式の8気筒6.9L(265HP)エンジンを搭載し、3段変速で最高速180km/hと高性能でした。ボディは有名なコーチビルダーが担当し華麗なデザインのボディが架装されました。ボディ形式としては4ドアセダン、2ドアクーペ、スパイダー、フェートン(4座オープンカー)、デュアル カウル フェートン (前席/後席にスクリーンが付いた4座オープンカーで、オープンカーとしては最も高級な形式)などがありました。
1932年にはスーパーチャージャーでエンジンを320HPにパワーアップし最高速208km/hとした高性能版のSJが追加されました。SJのスーパーチャージャーはエンジンの横に配置されていたので、排気管の取り回しが変更されボンネット右側面から排気管が出ていました。SJの最高速は209㎞/hで、当時の乗用車では最速でした。SJのスパイダーにはホイールベースを短縮したさらに高性能なSSJが2台だけ製造されました。この2台は映画俳優のゲイリー クーパーとクラーク ゲーブルがレースで使用していたそうです。(実車画像→ デューセンバーグ SSJ 1935
)
ミニカーは1976年に発売されたソリド製です。前述したソリドのJ セダンのバリエーションで、ボディ後半を変更して2シーター スパイダーをモデル化しています。巨大なボディに小さな2シーターのキャビンという贅沢なスペース配置は、当時のアメリカ製高級車のスタイルでした。前述したソリドのJ セダンと同様にプロポーションが良く、実車の雰囲気がうまく再現され良く出来ていました。室内はインパネが紙シールで再現され、ボンネットを取り外すとエンジンが再現されています。これ以外のデューセンバーグ J スパイダー(クーペ)のミニカーは、リオ、シグネチャーの1/32、デルプラドのSSJ、ミニチャンプスのコンバーチブル クーペ、イクソのSSJ、マトリックス(レジン製)のSJなどがあります。 以下はフロント/ボンネットを外したエンジンルームの画像とリアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は1990年代に発売された上記ソリド製のバリエーションで、幌を収納した状態のデューセンバーグ J スパイダー(1/43 型番4164)の画像です。上記の発売から10年以上後になって発売されたので、コストダウンでボンネットが固定されエンジンの再現がなくなりました。また幌が付いていなくて室内の造形も少し簡素化されていました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は2002年に発売されたデルプラド製のミニカー付雑誌 カーコレクション シリーズのデューセンバーグ SSJ スパイダー (1/43 No.66)の画像です。ミニカーの箱にはSSJではなくJと書かれていましたが、ボンネット右側面から排気管が出ているので、スーパーチャージャーを追加してパワーアップしたSJのショートホイールベース版であるSSJをモデル化しています。メーカーは不明ですが、このシリーズの製造を手掛けていた中国のメーカーです。プロポーションが良くフロントグリルや室内のインパネなど結構細かいところまで良く仕上げてありました。このカーコレクション シリーズのミニカーとしては出来の良い部類でした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下は2007年に発売されたイクソ製のデューセンバーグ SSJ スパイダー (1/43 型番MUS006)の画像です。イクソの型番MUS***は1/43のダイキャスト製クラシックカーのシリーズで、いずれも良く出来ています。これもボンネット右側面から排気管が出ているSJのショートホイールベース版であるSSJをモデル化しています。派手な赤と黒のツートンのカラーリングが実車のイメージに良く似合っていました。デューセンバーグのマスコットが付いたフロントグリル、ワイヤースポークホイール、リアのスぺアタイヤ カバー、ナンバープレートなどがリアルで、とても良く出来ていました。また室内のインパネも良く再現されていて、インパネの上に付いている丸い物はバックミラーのようです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


以下はフロント(マスコット部拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=324
STUDEBAKER PRESIDENT ROADSTER 1931 USA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
スチュードベーカー プレジデント ロードスター アメリカ 1931年
スチュードベーカー社の前身は19世紀から馬車製造を行っていた歴史のある会社で、19世紀後半には世界最大の馬車メーカとなっていました。1904年に他社のガソリンエンジン車の販売を開始し、1911年にスチュードベーカー社を設立し1914年から自社ブランドの自動車を発売しました。当初は4気筒エンジンと6気筒エンジン搭載車があり安価であったので良く売れたそうです。1920年代には6気筒エンジン搭載車が3車種あり、1925年には10万台以上を生産していました。1928年には高級車メーカーのピアス アロー社を吸収合併しました。
最上級モデルであった6気筒5.8Lエンジンを搭載したプレジデントに8気筒5.1Lエンジンが1928年に追加されました。同時期に6気筒エンジン搭載車はディクテーター(DICTATOR 独裁者)とコマンダー(COMMANDER 司令官)という名前になりました。どちらも大げさな名前で、プレジデントは大統領車だったわけではありません。1931年にプレジデントののエンジンは8気筒5.5L(122HP)に拡大され、スチュードベーカーの最上級車であることを示す為に楕円形のヘッドライトが採用されました。当時のプレジデントはGM キャディラックやパッカードと同等レベルの高級車でした。
ミニカーはこの時代のアメリカ車を多くモデル化していたイギリスのブルックリン製です。ブルックリンのミニカーは全てホワイトメタル製でハンドメイドの少量生産品です。少量生産なのでほとんどのパーツが金属製で、手に持つとずっしりと重く存在感があります。(個人的な好みですがこのような重量感のあるミニカーが好きです) ホワイトメタル製ミニカー独特のごつい感じの造形ですが、プロポーションは良く、フロントグリルや楕円形のヘッドライトもうまく再現されています。またフロントグリル上の鳥のマスコットや室内などの細部もそれらしく再現されています。この当時のスチュードベーカーのミニカーはほとんどないのでその点で貴重なミニカーです。 以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
当サイト掲載記事の無断転載を禁じます。
Copyright(C) 2004-2025 MINIATURECAR MUSEUM All rights reserved.