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ホンダ CR-X 1.6i 日本 1989年
1987年にCR-X 2代目が登場しました。初代はバラード CR-Xでしたがサブネームのバラードは外れました。デザインは先代を踏襲してさらに低く幅広くなり洗練されました。リアエンドパネル上部に後方視界を確保する窓が追加されたことが特徴でした。先代同様のアウタースライド式サンルーフに加えてガラス製ルーフのグラストップが設定されました。エンジンは16バルブ4気筒1.5L(105HP)とDOHC 4気筒1.6L(130HP)の2種類で、5段MT/4段ATで最高速180km/hと高性能でした。サスペンションは全輪ダブルウィッシュボーン式となり操縦性が向上しました。
1989年のマイナーチェンジで、ボンネット形状やヘッドライト形状などの変更が行われ、全長が3.8mとなりました。同年に可変バルブタイミング/リフト機構VTECを採用したDOHC 4気筒1.6L(160HP)エンジンを搭載し、前輪ブレーキを強化した高性能のSiRが登場しました。このエンジンは排気量1Lあたり100HPと当時の市販車としては驚異的な性能でした。アメリカ向け輸出仕様(CIVIC CRX)には先代と同様の超低燃費仕様CRX HF(4気筒1.5Lエンジン シティモードで20.3km/L)がありました。1992年にCR-X 3代目 デルソルにモデルチェンジしました。
ミニカーは1996年頃に発売されたミニチャンプス製です。輸出仕様の高性能版1.6i(国内版のSiR相当)をモデル化しています。全体的により平べったくデフォルメされているようで、実車のイメージと少し外れている気がします。(特に正面から見たヘッドライト周りの形状がそうです ミニチャンプスはたまにこのようにデフォルメをやり過ぎることがあります) なお室内やリアエンドなどの細部はミニチャンプスらしくリアルに出来ています。CR-X 2代目も当時物ミニカーは無いようです。これ以外のミニカーはエブロ、JOHNNY LIGHTNINGの1/64、OTTO MOBILE(レジン製)の1/18、MARK43(レジン製)などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ホンダ NSX (NA1) 日本 1990年
ホンダが技術の粋を集めた日本初のスーパーカー NSXが1989年に登場しました。フェラーリ 328を上回る走行性能を目指して開発がすすめられ、当時参戦していたF1のドライバー(A.セナなど)が走行テストに参加したそうです。スーパーカーの定番であるエンジンを横置きミドシップ配置したデザインですが、NSXはリアのオーバーハングが長くリアスポイラーの付いた伸びやかなスタイルは個性的でした。この長いテールは高速走行の安定性とトランクの実用性向上をもたらしていました。ボディはオールアルミ製のモノコック、エンジンはDOHC VTEC(可変バルブタイミング) V型6気筒3L(274HP)、Wウイッシュボーンの4輪独立サスペンション、4輪ABS/トラクションコントロールなど先進装備を備えていました。
1992年に装備の簡略化で軽量化しスポーツ性を高めたタイプRが追加されました。1995年のマイナーチェンジでタルガトップ仕様のタイプTが追加されました。1997年のマイナーチェンジでII型となり、6段AT追加、MT仕様の3.2Lエンジン追加、タイプS(タイプR後継はタイプS-ZERO)の追加がありました。2001年のマイナーチェンジでIII型となり、ヘッドライトが固定式に変更され、2002年にタイプR(NSX-R)が復活しました。NSX 初代は2005年に生産中止となりました。発売当初はバブル景気でしたので、800万円という値段でも予約が殺到しました。(私も一度買う気になりましたが、身分不相応と思いやめました) 海外でも評判が高く約18000台が生産されました。2016年にNSX 2代目が登場しました。
ミニカーは静岡の模型メーカー ロッソ株式会社(1992年に倒産)製で1991年に発売されました。プラスチック製で塗装がされていないプラモデルの完成品で、正確なプロポーションでスケールモデル的な良い出来ばえでした。ドア開閉などのギミックはありませんが、エンジンやサスペンションなどのメカ部分が実にリアルに再現されてます。室内もリアルに造形されていますが、現在の感覚では彩色されていない点がやや惜しいところです。 これ以外のNSX 初代のミニカーはダイヤペットの当時物 1/40、トミカの当時物 1/59、京商の当時物 1/18、オートアートの1/18、エブロの1/43と1/24、ホビージャパンの1/64、タルガ タッカーの1/64、国産名車コレクション、アイドロン(レジン製)、イグニッションモデル(レジン製)の1/43と1/18などたくさんあります。特にエブロはI型からIII型までレース仕様も含めて90種類ほどモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ホンダ プレリュード 日本 1991年
1991年にホンダ プレリュード 4代目が登場しました。大ヒットした先代のノッチバックスタイルから細長いヘッドライトを持つダイナミックなファーストバックのクーペスタイルに変わりました。ボディは車幅が70㎜広くなりましたが全長は短くなり、エンジン排気量が2Lを超えて3ナンバー車となり、性格的にはスペシャリティカーからスポーティカーに変わりました。可変バルブタイミングリフト機構(VTEC)付DOHC4気筒2.2L(200HP)/VTECなしDOHC4気筒2.2L(160HP)エンジンを横置き搭載する前輪駆動車でした。サスペンションは全輪ダブルウィッシュボーン式の独立懸架で、変速機は5段変速/4段自動変速でした。更に先代で世界初採用された4WS(4輪操舵)は電子制御式に進歩しました。
1993年のマイナーチェンジで、ヘッドライト回りの意匠が変更され、運転席/助手席エアバッグやABSなど安全装備がオプション設定されました。本格的なスポーツカーになったのですが、日本ではバブル崩壊によりスポーツカーの需要が衰退したことなどから、先代のようには売れませんでした。1996年にプレリュード 5代目にモデルチェンジしました。その5代目も2001年に生産中止となり、プレリュードはインテグラに統合されて名前が消えました。(実車画像→ ホンダ プレリュード 1996)
ミニカーは1992年に発売されたダイヤペット製の当時物です。ダイヤペットの協力工場の11番工場製でやや車高が高いのが今一つですが、プロポーションが良く特徴的なヘッドライト/リアライトなど細部もリアルで、当時のダイヤペット製ミニカーとしては良い出来ばえでした。ボンネットとドアが開閉するギミック付きです。当時物のミニカーはこのダイヤペットしかありません。当時物以外ではミニチャンプスの輸出仕様、MARK43(レジン製)、ネオ(レジン製)の輸出仕様などがあります。なおプレリュード 5代目のミニカーは、実車の人気がなかったことを反映してか? 2022年現在でもTOPMARQUES(レジン製)とホットホイールの輸出仕様ぐらいしかありません。以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ホンダ ビート 日本 1991年
エンジンをミッドシップ配置した軽自動車のフルオープン スポーツカー ホンダ ビートが1991年に登場しました。小さいながらセンスの良いボディデザインはピニンファリーナの元デザイナーが関与していたといわれています。エンジンはトゥデイ用をチューンした3気筒656ccでターボ過給なしで自主規制上限の64HP(高回転域)を達成していました。サスペンションは4輪独立懸架、4輪ディスクブレーキ、前後輪で異なるサイズのタイヤ採用など足回りも拘っていました。長めに設定されたホイールベースや実用回転域でのアンダーパワーで、比較的安定した操縦性だったようです。
当時の軽スポーツカーにはマツダ AZ-1やスズキ カプチーノがありました。いずれも2シーターで居住性はミニマム、性能に多少の違いはありましたが似たようなものでした。それらの価格は約140万円と軽としては高価でしたので、約170万円で買えた普通車のオープンカー マツダ ロードスターに客を取られ、軽スポーツカーはあまり売れませんでした。ビートは1996年まで生産され総生産台数は約34000台で、一番実用的(まとも?)だったのか、軽スポーツカーでは最も多く売れていました。マツダ AZ-1の総生産台数は約4000台、スズキ カプチーノは約26000台でした。
ミニカーはエブロ製で、2005年に発売されました。エブロらしいリアルな造形で全体的な雰囲気がうまく再現されていて、とても良く出来ています。実車同様に前後ホイールのサイズが変えてあるなど細部にもこだわっています。幌は取り外し可能で、室内もそこそこ良く再現されてます。当時物ミニカーとしてはダイヤペットとトミカがありました。当時物以外では、京商のJ-コレクション、国産名車コレクション、インターアライド(HOTWORKS)、MAKEUP(ホワイトメタル製)、MARK43(レジン製)などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と幌を開いた室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ホンダ CR-X デルソル SiR 日本 1992年
1992年にホンダ CR-X 3代目のCR-X デルソルが登場しました。先代は4人乗りのハッチバック クーペでしたが、3代目は「トランストップ」と称するトランク内にルーフを電動で格納する機能を持つ2人乗りのオープンカーとなりました。(電動格納ではない手動仕様もありました) サブネームのデルソル(Del Sol)とはスペイン語で太陽の意味で、太陽の光を浴びるオープンカー機能を意味しているようです。SOHC 4気筒1.5L(130HP)/DOHC 4気筒1.6L(170HP)エンジンを搭載する前輪駆動車で、1.6Lエンジン搭載のSiRは5段変速で最高速210km/h(輸出仕様)の性能でした。(実車動画→ CR-X 電動格納式ルーフの動作)
1995年のマイナーチェンジで、フロントの小さな丸い補助灯が廃止され、SOHC 1.5Lエンジンが1.6Lに拡大されました。先代はバブル景気である程度売れましたが、バブルがはじけた1990年代後半にはこの類の2人乗りオープンカーの市場は小さくなりました。同じようなジャンルにはマツダ ロードスターという手ごわいライバルがいたこともあり、CR-X デルソルの国内販売は芳しくなく、1997年に生産中止となりCR-Xの名前も消えました。(北米仕様のCR-Xも自社のシビック クーペと競合したようです)
ミニカーは2012年に発売された国産名車コレクション製でメーカーはイクソです。プロポーションが良く実車のイメージがうまく再現されていて、安価な雑誌付きミニカーながら良く出来ています。室内も無彩色ながらそこそこ良く再現されています。同じ型の色違いがFIRST43ブランドでも販売されていて、イクソの別ブランドのトリプル9では室内の仕上げレベルを少し向上させた物が販売されました。イクソ以外のCR-X デルソルのミニカーはミニチャンプスの輸出仕様、ネオ(レジン製)の輸出仕様、ハイストーリー(レジン製)などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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