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マック AC タンク トラック アメリカ 1920年
アメリカのトラック専業メーカーのマック トラック社は1902年にマック ブラザーズ社(THE MACK BROTHERS COMPANY)として起業しました。最初はバスを製造し、1907年に最初のトラックを製造しました。同社は全ての部品を自社開発して品質管理を徹底することで、信頼性と耐久性を確保していました。その為1914年に登場したマック AB型トラックは故障が少ないことでヒットしました。(実車画像→ マック AB型トラック)
1916年に登場したAC型は、マックの名前を有名にした優れたトラックでした。AC型の最大の特徴はラジエーターをエンジンとキャビンの間に配置したことでした。この配置は当時のルノーも採用していましたが、跳ね石などによるラジエータの破損を防ぐことができました。またデフユニットをフレーム内に内蔵し後輪をチェーン駆動していました。この方式は過大な負荷がかかった時にチェーンが破損することで、それ以上の破損を防ぐことができました。当時のトラックはオフロードなど過酷な環境で使われており、故障の少ないマック トラックは頑丈であるという定評を築きました。AC型は1938年まで長く生産されました。
1922年にマック トラック社となり、ブルドッグが同社のシンボルとなりました。1930年代になると大型のBシリーズとFシリーズ(キャブオーバー)と中型のEシリーズが主流となり、市場で高く評価されました。1938年に大型ディーゼルエンジン(6気筒8.5L)を自社開発しています。1940年にはLシリーズが登場し、1950年代までマックの代表的なトラックとなりました。 (実車画像→ マック Bシリーズ マック Lシリーズ)
ミニカーは1995年に発売されたマッチボックス製のマニア向けYシリーズの1台です。マック AC型のタンク トラック (タンクローリー) 'TEXACO' をモデル化しています。実車の雰囲気がうまくく再現されていて、黒と赤のカラーリングがきれいでした。キャブ手前のラジエータ(金色)、タンクのバルブ関係、後輪のチェーン駆動部などがうまく仕上げてありました。(ただ縮尺が1/60と中途半端なのが、今一つでしたが) マッチボックスはAC型の消防車やボックスバンなど約10種類をモデル化していました。古いマック トラックはフランクリン ミントやヤトミンでもモデル化されています。 以下はフロント/リア(チェーン駆動部拡大)の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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レイヤ エリカ (プロペラ推進自動車) フランス 1921年
レイヤ社はフランスの自動車メーカーで、フランス人のマルセル レイヤ(Marcel Leyat)が1919年に創立しました。マルセル レイヤは航空機の技術者で、1921年のパリ モーターショーで公開された同社初の4輪自動車エリカ(HELICA フランス語でプロペラの意)は「翼のない飛行機」として知られていました。「翼のない飛行機」と呼ばれるだけあって、主翼が付いていない航空機といった外観をしていました。なおレイヤ社はエリカ以前にも同じような構造の3輪車のプロトタイプ(ヘリコサイクル)も開発していました。
エリカは前後2列シートの3人乗り(前列はドライバーのみ)で、後席背後には荷物を置くスペースがありました。水平対向2気筒(8HP)エンジンで駆動するプロペラで推進し、前輪にブレーキがあり操舵は後輪で行いました。車体全体がアルミパネルで出来ていて重量はわずか250kgでした。この車は資金不足で量産出来ませんでしたが、1926年頃までに約30台が生産されたそうです。生産車は画像のようなセダンだけではなく、屋根のないカブリオレもありました。マルセル レイヤはエリカの改良/実験を続け、1927年には18HPエンジンを搭載したエリカの実験車がモンテリ サーキットで170km/hの速度記録を達成しました。その後マルセル レイヤは第2次世界大戦までに約30種類の航空機の設計/製造を行いました。彼は航空機創世期のパイオニア技術者でもありました。
ミニカーは1978年頃に発売されたリオ製です。1921年に公開されたエリカをモデル化しているようです。(実車は様々なボディが架装されていたようですが) 飛行機のような特徴的なボディ、空冷2気筒エンジン、プロペラ、簡素な車輪など実車がリアルに再現されていました。(プロペラは回転できます) ミニカーではボディは頑丈そうに見えますが、実車はアルミパネル製の簡素なボディでした。(実車動画→ レイヤ エリカ 1921) リオは自動車初期の変わった形状のレーシングカー ジェネラル グランプリをモデル化していましたが、このレイヤ エリカも自動車初期にはこんな車があったのだという歴史的な事実を知らしめるミニカーでした。(見た目の面白さからモデル化されたということでもありますが) リオはこのミニカーのカラーリングを変更したリファイン版を2013年と2021年に再販しています。なおレイヤ エリカの量産ミニカーはこのリオ製しか無いようです。 以下はフロント(プロペラ回転 エンジン部拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


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ブガッティ ブレシア (T13) フランス 1921年
1881年にイタリアのミラノで芸術家の家系に生まれたエットーレ ブガッティ(Ettore Bugatti)は美術学校で教育を受けましたが、10代から自動車技術に関心を持つようになりました。彼は芸術的な才能を自動車設計に生かし、1898年に最初の自動車(T1と呼ばれる)を開発しました。その後も自主的に自動車開発を続け、1902年に設計したT2は自動車博覧会で評価され自動車メーカーから注目されました。1909年にフランスのアルザス地方に工場を構えブガッティ社を設立しました。会社設立後の最初のモデルは小型のスポーツカー T13で、当初はOHC 4気筒1327㏄(15HP)エンジンを搭載していました。
1914年以降にT13のエンジンはOHC 1368cc 16バルブ(30HP)に改良されました。当時の高性能車は大排気量エンジンが主流でしたが、小型車ながら高性能小型エンジンを搭載し操縦性が優れたT13は評判となり大ヒットしました。その後T13のボディを拡大したT15(後に改良されてT22)、ツーリングカー仕様のT17(後に改良されてT23)など改良版が登場しました。第1次世界大戦の影響で一時的に販売中止となり、1921年に販売が再開されました。1921年のイタリアのブレシアで行われた小型車レースではT22が1-4位を独占しその後もレースで活躍しました。それ以後T13とそのシリーズはブレシアと呼ばれるようになりました。T13は1925年まで生産されました。
ミニカーは1981年に発売されたブルム製です。ブレシアのレース仕様をモデル化していていますが、具体的にどのレースの車をモデル化しているのかは分かりません。ブガッティの特徴である独特の楕円形のラジエータグリルなど、実車の雰囲気がうまく再現されていて当時のミニカーとしては良く出来ていました。(なお初期のT13のラジエータグリルは6角形だったそうです) ブルムはブレシアのミニカーを数種類ほどモデル化しています。なおブルム以外のブレシアの量産ミニカーは2024年現在でも見当たりません。(少量生産品ならホワイトメタル製などいくつかあるようです) 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)




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フィアット 520 スーパーフィアット イタリア 1921年
1910年代にフィアットは大衆車量産に力を注ぐようになりましたが、それ以前のタイプ 4/5/6に相当する高級車のラインナップも残していました。1919年に小型車501を発表した際には4気筒2.3Lエンジン搭載の中級車 505と6気筒3.5Lエンジン搭載の中級車 510も同時に発表しました。1921年にはロールス ロイスやイスパノ スイザなどと競合するV型12気筒エンジンを搭載する大型超高級車520 スーパー フィアットを発表しました。
520 スーパー フィアットはアメリカ市場向けに開発されたといわれています。全長約5.3m 全幅1.74m ホイールベース 3860㎜ 車重2.3tの大型車で、V型12気筒6.8L(130HP)エンジンを搭載し3段変速で最高速120km/hの性能でした。油圧サーボ付全輪ブレーキなど先進技術も採用されていました。ただロールス ロイスのような超高級車はフィアットにはふさわしくなかったようで、520 スーパー フィアットはわずかしか製作されておらず商業的には失敗作でした。その後1922年にフィアットは自社の最高級車として6気筒4.8Lエンジンを搭載した519を登場させました。なお1927年にはスーパー フィアットではない6気筒2.3Lエンジンを搭載した中級車520(1928年から521に変更)が登場しました。
ミニカーは1978年に発売されたリオ製です。残されていた実車の写真に基づいてスーパー フィアットのタウンカー仕様をモデル化しています。全長は実車のデータより少し大きめですが、ホイールベースは正確に1/43(3860㎜÷43≒90㎜)で出来ていましたので、リアのスペアタイヤの分が大きめになっているのが原因のようです。後傾したフロントウィンドーやツートンカラーの塗分けなど実車の写真に忠実に作られていました。超高級車の証として運転手に指令を伝える伝声管が運転手背後のガラス仕切りに付いていました。リオのクラシックカーはシャーシやサスペンションなどのメカ部分まで再現しているのが特徴ですが、この520もボンネットを外すとV型12気筒エンジンが再現され、シャーシ、変速機、ドライブシャフト、前後サスペンションも再現されていました。スーパーフィアットの量産ミニカーはこのリオ製しかありません。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)




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ロールス ロイス シルバー ゴースト イギリス 1922年
ロールス ロイスは1907年からシルバー ゴーストだけを作り続け、1925年までに6000台以上を販売し、その高い信頼性で「The Best Car of the World」の名声を確立しました。シルバー ゴーストは高価でしたので、顧客は王侯貴族などがほとんどで日本の皇室も1920年に2台を購入しています。
シルバー ゴーストは製造していた19年間に以下のような改良が加えられました。
1909年 オーバードライブ付の4段変速を3段変速に変更(当時はあまり変速せずに運転できるのが高級車らしかったとのことで変更)
1910年 エンジン排気量を7.5Lに拡大
1913年 変速機がオーバードライブ無しの4段変速となった
1914年 アセチレンガス式ヘッドライトを電気式に変更
1919年 スターター(電気モーター)を標準装備
1921年 木製スポークのホイールをワイヤースポークに変更
1923年 メカニカルサーボ式ブレーキを全輪に採用
初期はオープン ボディの4座セダンだけでしたが、その後密閉式のキャビンを持つセダンなども架装されました。1925年に後継車のファントム I が登場しました。
ミニカーはフランクリン ミント製の1/43クラシックカーシリーズの1つで、1990年頃に発売されました。シルバー ゴーストとしては後期のオープンカーをモデル化しています。同社の1/43のクラシックカーはややレトロな作風で独特の雰囲気があり、当時のミニカーとしては良く出来ていました。4ドアが開閉しボンネットを取り外すと6気筒エンジンが再現されています。フロントグリル上の有名なマスコット フライング レディ(The spirit of Ecstasy)は形状がわかるよう、かなりオーバースケールで再現されていました。ボディサイドのスペアタイヤの白いカバーやリアのトランクに付いたRRの赤いロゴが目立つアクセントになっていました。 以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)



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