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日産 ブルーバード ハードトップ 2000 SSS-X 910型 日本 1982年
日産 ブルーバード 6代目(910型)が1979年に登場しました。先代よりさらにシンプルで無駄な飾りのないボディに、大型の角形2灯式ヘッドライトを組み合わせていました。国内仕様では610型から始まった6気筒エンジン搭載車を廃止し、4気筒1.6L/1.8L/2L(120HP)Z型エンジンを搭載し、3段AT/5MTで最高速は170Km/h(2L)の性能でした。当初は4ドアセダン、2ドアハードトップ、後にワゴン(バン)、4ドアハードトップが追加されました。なお廃止した6気筒エンジン版の後継車として1980年にレパードが登場しました。
ブルーバード 910型は6気筒エンジンを止めてブルーバードの基本に返った設計方針と品の良いデザインが評価されて、2年間ほどベストセラー車となりブルーバードとしては久々の大ヒットとなりました。1980年に1.8Lターボと2Lディーゼルが追加され、1982年のマイナーチェンジで内外装が変更され、同年に1.6L/1.8LエンジンがCA型に変更されました。この当時はターボ過給のエンジンに人気がありました。なおブルーバードの輸出仕様であるマキシマには6気筒2.4LのL型エンジンが設定されていました。1983年にブルーバード 7代目 U11型にモデルチェンジしました。
ミニカーは2009年に発売されたアシェット 日産 名車コレクション製で、メーカーはノレブで4ドアハードトップをモデル化しています。ヘッドライト/フロントグリルの造形が巧みで、フェンダーミラーやリアライトなどの細部もリアルで、雑誌付きミニカーながら良い出来ばえでした。(ただキャビン部分がやや小さめな感じもしましが) 当時物ミニカーではダイヤペットのクーペとトミカのセダンがありました。当時物以外では、アオシマの4ドアハードトップ(コールドキャスト製)、トミーテックのセダン(1/80)があります。なおシルエット フォーミュラーのレース仕様をトミカ リミッテド、エブロ、 TRUE SCALEがモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 プレーリー 日本 1982年
1982年に登場した日産 プレーリーは、現代のミニバンの元祖と考えられるユニークな車でした。高い車高と低い床で広い室内を確保し、そこに3列シート(回転対座シート付)を配して8人乗りを可能としながら、セダン並の操縦性でした。最大の特長はセンターピラーのないスライドドアを両サイドに採用し、後席への乗り降りを容易にしたことでした。これらの構造は、現在のミニバンに通じるもので、当時としては革新的な構造でした。
1981年にモデルチェンジしたオースタ/スタンザ 2代目(FF車)をベースにして開発され、4気筒1.5L/1.8L(100HP)エンジンを搭載し、3段ATと5/4段MT変速で、最高速160km/hの性能でした。1985年のマイナーチェンジで、ボディが補強され2Lエンジン搭載のパートタイム4WD仕様が追加されました。プレーリーのコンセプトは高く評価されたのですが、地味なデザインと重い車体ゆえの低い走行性能、センターピラーレス構造による車両剛性の不足などが災いし、商業的には成功しませんでした。1988年にプレーリー 2代目にモデルチェンジしました。プレーリーのコンセプトは良かったのですが、技術的/時代的に登場時期が早すぎたのでした。同じようなコンセプトで1984年に登場したフランスのルノー エスパスは商業的に成功しました。
ミニカーは1983年に発売されたダイヤペット製の当時物です。この頃のダイヤペットは基本的なプロポーションがきちんと出来ているものが多く、このプレーリーも高い車高の四角いデザインがよく再現されています。また昔のミニカーゆえにバックドアとスライドドアが開くので、この車のコンセプトがよく分かるミニカーになっています。ただヘッドライトがリアライトと同じ黄色なのはご愛嬌ですが。。これ以外の当時物ミニカーとしてはトミカ ダンディ、フランスのソリドの輸出仕様がありました。当時のソリドが日本製乗用車をモデル化したのは珍しいことで、この車のコンセプトが外国で高く評価された証拠でした。当時物以外ではトミカ リミッテドの1/64とハイストーリー(レジン製)があります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/バックドア開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 パルサー エクサ 日本 1982年
1978年に日産 チェリー F IIの後継車としてパルサー 初代(N10型)が登場しました。当初はファストバックの4ドアセダンのみでしたが、3ドアハッチバック/クーペ、バン、5ドアハッチバックが追加されました。4気筒1.2/1.4L(80HP)のA型エンジンを横置配置する前輪駆動車で、3段ATと5/4段MT変速、最高速160km/hの性能でした。(実車画像→ 日産 パルサー 1978)
1982年にパルサーは2代目(N12型)にモデルチェンジしました。3/5ドアハッチバック、4ドアセダン、2ドアノッチバッククーペの構成で、リトラクタブル ヘッドライトを持つクーペはエクサというサブネームがつけられました。スラントノーズに角ばった台形デザインのスタイルは当時の大衆車の流行に沿ったものでした。4気筒1.3/1.5L(95HP)のE型エンジンを横置配置する前輪駆動車で、3段ATと5/4段MT変速で、最高速165km/hの性能でした。1986年にパルサー 3代目(N13型)にモデルチェンジしました。3代目ではクーペのエクサがエクサ 2代目(KN13型)としてパルサー系列から独立しました。(実車画像→ 日産 パルサー 1988)
日産 パルサー 2代目はヨーロッパ市場にはチェリー、アメリカ市場にはクーペのエクサがパルサー NXの名前で販売され、さらにアジア市場など世界各国に輸出されました。また日産とアルファ ロメオとの技術提携により、アルファ ロメオ アルナ(ARNA)という名前でヨーロッパでも1983年に発売されましたが、結局この提携はうまくいかなかったようで、1986年にアルナは生産中止となりました。このからみで国内の5ドアハッチバックにミラノという名前のグレードがありました。(実車画像→ アルファ ロメオ アルナ 1983)
ミニカーは2009年に発売された日産名車コレクション製です。メーカーはノレブで、プロポーションがよく赤/黒の塗り分けも実車どうり、室内などの細部の仕上げもリアルで安価な雑誌付きミニカーとしてはかなり良い出来ばえです。パルサーのセダン系は実車が地味な為か、初代も2代目も2022年現在でミニカーが作られていないようです。見た目が派手なクーペのエクサはトミカとハイストーリー(レジン製)がモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ ランドクルーザー HJ60型 日本 1982年
前述したランドクルーザー 40系にはホイールベースが短い40と中間的な43と長い45の3タイプがありました。45には5ドアのステーションワゴンであるFJ45V(Vはハードトップ形式)がありましたが、この乗用車タイプの45型は1967年に55型となりました。55型は北米市場の要望に対応したモデルで、40系とは異なる乗用車的なデザインとなっていました。55型は1975年のマイナーチェンジで、エンジンが6気筒4.2L(2F型)に拡大されて56型となりました。(実車画像→ トヨタ ランドクルーザー 56型)
1980年に56型の後継車として60型が登場しました。ボディは大きくなり、独立した前フェンダーをなくしたことで、普通の乗用車ベースのステーションワゴン的なスタイルになりました。外観だけではなく内装も乗用車的に豪華になり、電動シートやオーバーヘッドコンソールなどが装備されました。ガソリンエンジンは56型と同じ6気筒4.2Lでしたが、6気筒4.0L(2H型)と4気筒3.4L(3B型)のディーゼルエンジンが追加されました。1984年のマイナーチェンジで、ガソリンエンジンが6気筒4L(3F型)に変更され、1985年にはディーゼルターボ(12H-T型)が追加されました。1987年のマイナーチェンジで、角形4灯式ヘッドライトに変わりました。 1989年に後継車の80系が登場し、1990年に生産中止となりました。
ミニカーは2012年に発売されたアシェット 国産名車コレクション製です。ディーゼルエンジン搭載のHJ60型 1982年式をモデル化しています。メーカーは表示されていませんがイクソです。(イクソの別ブランドのプレミアムXとTRIPLE 9で同じ車がモデル化されているので間違いないでしょう) プロポーションはまずまずで、フロントグリル/灯火類/室内などの細部もそこそこリアルで雑誌付きミニカーとしては良い出来ばえです。これ以外の60系のミニカーはダイヤペットの当時物、前述したイクソ プレミアムXとTRIPLE 9、国産名車コレクションの色違いであるFIRST 43、ハイストリー(レジン製)などがあります。55系のミニカーはトミカ リミッテド、トミーテックの1/150、GREAT LIGHTNING(レジン製)などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ セリカ リフトバック 1800GT ターボ A60型 日本 1982年
トヨタ セリカ 3代目が1981年に登場しました。先代のボディの曲面的なラインを直線的に変えたようなデザインになりました。リトラクタブル ヘッドライトはランボルギーニ ミウラ式に後方が立ち上がるものでしたが、あまりかっこよくない代物でした。(ヒラメ セリカとあだ名されました 実車画像→ セリカ 3代目 ヘッドライトを上げた状態) ノッチバックのクーペとリフトバックの2タイプがありました。同時期に発売された上級車セリカ XXが格段にかっこよかった為、XXではないただのセリカは影の薄い存在になりました。
エンジンは4気筒1.6L(115HP)2T-G、1.8L(100-105HP)1S/3T、2L(135HP)18R-Gで、4段AT/5段MTで、最高速は180km/h以上(2L)の性能でした。1982年にはDOHC 4気筒1.8Lターボ(160HP)の3T-Gエンジンが追加されました。1983年のマイナーチェンジで、通常のリトラクタブル ヘッドライトを採用して上級車のXX風の顔付になりました。この際に評判の良かった2T-G DOHC 4気筒エンジンは新設計の4A-Gに切り替わりました。1985年にセリカ 4代目にモデルチェンジしました。
実車の人気を反映しているのか、当時物で市販されたミニカーはありませんでした。紹介しているミニカーはトヨタが販促用ノベルティとして製作させたリフトバックのミニカー(メーカーは国産ですが不明)で、1983年にミニカー専門店で購入しました。プロポーション的には腰高ながらまずまずの造形ですが、特徴的なフロントの造形にしまりがないので、全体的には今ひとつの出来ばえです。ボンネットとドアが開閉するギミック付きです。同時期にこれ以外にも同じ販促用ノベルティとしてマーク IIやクレシーダもありましたが、何れも全体的にもっさりした造形で当時としてもあまり良い出来ではありませんでした。ボンネットとドアが開閉するギミック付きです。ただセリカ 3代目のミニカーは当時はこれしかなかったので、それなりに貴重なものでした。当時物以外ではトミカ リミッテドのクーペ、HI-STORY(レジン製)のクーペ、NEO(レジン製)のリフトバック、hpi racing(レジン製)のラリー仕様などがあります。(1/43のクーペが欲しいのですが、レジン製なので買いません) 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリアの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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