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日産 ニュー シルビア S10型 日本 1975年
日産 シルビア 2代目が1975年に登場しました。高級スポーツカーであった初代とは異なり、北米をターゲットにした女性向けの小粋なスペシャルティカーとしてデザインされました。車名には敢えてニューを付けて新しさを強調していました。サニー B210型をベースにした設計で、ブルーバード用の4気筒1.8L(105HP)L型エンジンを搭載し、3段AT 5/4MT変速で最高速170Km/hの性能でした。北米での車名はダットサン 200SXで、4気筒2Lエンジンを搭載していました。
今見ると未来志向のデザインが目新しかったと思いますが、北米向けでアメリカ人が好む癖のあるデザインが当時の日本では受け入れられず、国内販売は芳しくありませんでした。1976年にエンジンがEGI(電子制御式燃料噴射)化され、1977年のマイナーチェンジで、フロントグリルのデザインが変更されました。1979年にシルビア 3代目にモデルチェンジしました。
ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製の当時物です。実車の雰囲気がうまく再現されていて当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。(ドアなどの立て付けはいまひとつですが) これは当時のダイヤペットの8番協力工場が製作していましたが、この工場はフェアレディ Z 2by2(型番G33)なども製作していてセンスの良い造形をしていました。ボンネット/ドア/トランクが開閉するギミック付きです。これ以外の当時物ミニカーとしてはトミカとトミカ ダンディがあり、どちらも良い出来ばえでした。当時物以外ではハイストーリー(レジン製)、国産名車コレクション 1/24がモデル化しています。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 セドリック 2800 SGL 330型 日本 1975年
1975年に日産 セドリックは4代目(グロリアは5代目)にモデルチェンジしました。コークボトルラインを取り入れた基本的なフォルムは先代をほぼ踏襲していましたが、前後のパネルがより抑揚の大きいアクの強いデザインになりました。4ドアセダン、4ドアハードトップ、2ドアハードトップ、バンが設定され、ワゴンは廃止されました。エンジンは先代の6気筒2.6Lが2.8L(145HP)となり、あとは6気筒2L、4気筒2L、4気筒2Lディーゼル(60HP)の4タイプで、50年排ガス規制対応で触媒/EGR(排気ガス再循環装置)/2次空気供給装置を組み合わせた排ガス浄化システム NAPS(NISSAN ANT-POLLUTION SYSTEM)が採用されました。
その後EGI(電子制御燃料噴射装置)を採用した6気筒2L L20E型(130HP)エンジンも追加されました。3段AT 5/4段MT変速で最高速180km/h(2.8L)の性能でした。1977年のマイナーチェンジで後期型となり最上級仕様としてブロアムというグレードが登場し、2.2Lディーゼルエンジンが追加されました。1979年に5代目のセドリック/グロリア 430型にモデルチェンジしました。
ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製の当時物です。プロポーションはまずまずで、フロント/リアの造形はオーバーなデフォルメでアクの強いフロントの顔付きを再現しています。(かなりやり過ぎですが) ボンネット/4ドア/トランクが開閉するギミック付きで、この4ドア開閉は当時としては意欲的なギミックでした。4ドアが開くことでよく見える室内の造形は当時として良い出来ばえでした。これ以外の当時物としてはトミカ、トミカ ダンディのセダンがありました。またトミカがグロリア 330型のバンをモデル化していました。当時物以外ではアンチモニーコレクションのセダン(グロリアもある)、アオシマ DISMのセダン(グロリアや西武警察のパトカーなど)、国産名車コレクション、トミカ リミッテドのセダン/パトカー/タクシーなどがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ ランドクルーザー FJ40V型 日本 1975年
1951年にトヨタは警察予備隊(現在の陸上自衛隊)への納入を目的として、ジープ形式の試作車を開発しました。最終的に警察予備隊が採用したのはウィリス ジープをライセンス生産した中日本重工業(三菱重工業の前身)のジープとなったので、トヨタの試作車は民間用として生産されることになりました。この車が1954年にランドクルーザーとして登場しました。小型トラックのはしご型フレームに4輪リーフリジット サスペンションを備えた4輪駆動車でした。なおランドクルーザーの型式名のJはジープが由来です。
1955年に登場したランドクルーザー J20型にはホイールベースの異なる3タイプがあり、エンジンは6気筒3.4L(85HP)B型と6気筒3.9L(105-125HP)F型の2種類で、ソフトトップ/ハードトップのジープ形式、ピックアップ、バンなど様々なボディ形式がありました。J20型は北米などへの輸出が行われ、好評だったそうです。1960年にJ40型にモデルチェンジし、1967年に乗用車的なデザインを採用したJ55/56型が追加されました。J40型は1984年まで長く生産されましたので、ランドクルーザーといえばこのJ40型が有名で、その耐久性と信頼性は世界中から高い評価を受けました。1984年にJ70型にモデルチェンジしました。
ミニカーは2003年に発売されたエブロ製で、FJ40V型をモデル化しています。ワイパーアームの支点がウィンドー下にあることから1975年以降の車をモデル化しています。実車の雰囲気が良く再現されていて、特徴的なフロントグリルや灯火類などの細部もリアルです。底板部分にはサスペンションやドライブシャフトなどもそこそこ良く再現されていました。FJ40系の1/43量産ミニカーとしてはこのエブロ製が一番出来が良いと思います。ランドクルーザー 20/40系のミニカーはたくさんあります。当時物ミニカーではモデルペットの21型が1960年に発売され、トミカが1975年頃に40型を、ダイヤペットが1980年頃に1/30で40型を、トミカ ダンディが1982年頃に40型を、外国製ではポリスティルが1980年頃に40型を数種類モデル化しています。当時物以外ではエブロとよく似た出来ばえの国産名車コレクション(ノレブ製)の40型、国産名車コレクションの型を流用したFIRST43の40型、トミカ リミッテドの40型 1/60、ブッシュの40型 1/87などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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マツダ コスモ AP (RX-5) 日本 1975年
マツダ コスモ 2代目は北米市場を見据えた高級スペシャリティーカーとして、1975年に登場しました。ルーチェをベースにしたシャーシに、特徴的なセンターウインドウを持つピラード ハードトップを載せ、フロントはいかにもアメリカ向けの顔付でした。このスタイルは国内でも人気を呼び、性能的にも優れていたので1975年のカー オブ ザ イヤーを受賞しています。エンジンは12A型(125HP)/13B(135HP)ロータリーエンジンと4気筒2L(110HP)/1.8L(100HP)レシプロのエンジンで、何れも排ガス規制対応のAP(Anti Pollusion)と称する低公害エンジンでした。(車名のAPの由来です) 3段AT/5段変速で最高速195km/hの性能でした。
1979年のマイナーチェンジで、丸型4灯ヘッドライトを角形2灯に変え、テールライト形状も変更した後期型となりました。1977年にはランドウトップというノッチバックのレザー張りハードトップを持つコスモ Lが追加されました。豪華なスペシャリティーカーでありながら、発売して半年で2万台以上が売れるほど大ヒットしました。1978年に発売されたトヨタ セリカ XXなどに代表される、高級なスペシャリティーカー市場を開拓した車でした。1981年にコスモ 3代目にモデルチェンジしました。
以下は1975年に発売されたダイヤペット製の当時物です。前期型のモデル化で、プロポーションが良く特徴的なセンターウインドウなど実車の雰囲気がうまく再現されていて当時のダイヤペットとしてはかなり良い出来ばえでした。ボンネット/ドア/トランクが開閉するギミック付きです。ダイヤペットはこの前期型とそのワンタッチオープン仕様(ボタンを押すとバネ仕掛けでドアが開くギミック付)と後期型、さらに1/30の前期型もモデル化していました。実車の人気を反映して、コスモ 2代目のミニカーはたくさんあります。当時物ではトミカの前期型と前期型コスモ L、トミカ ダンディの前期型(1/47)がありました。当時物以外ではトミカ リミッテドの前期型、コナミの前期型、ハイストーリー(レジン製)の前期型、国産名車コレクション 1/24などがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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三菱 ランサー セレステ 日本 1975年
1975年に三菱 ギャラン クーペ FTOの後継として登場したのがランサー セレステで、ランサーをベースにしていました。アメリカ車風のスポーティなデザインでしたが、ランサーより動力性能は大人しく、見た目重視のスペシャリティカーでした。4気筒1.4L/1.6L(110HP)のサターンエンジンを搭載し、5段変速で最高速160km/h(1.6L)の性能でした。
1976年のマイナーチェンジでテールランプが逆L字型から横長型に変更されフロントグリルとバンパーも変更されました。1977年のマイナーチェンジで角形2灯式ヘッドライトに変わりました。1979年には2L(105HP)の高性能エンジン搭載の2000GTが追加されました。1981年にセレステは生産中止となり、セレステはこの1代限りでした。国内ではあまり売れなかったようですが、アメリカでは業務提携していたクライスラーからプリムス アロー(ARROW)という名前で販売されました。アメリカでは若い女性層に人気があって結構売れたそうです。そういわれると確かにこの車のスタイルはプリムス風で、もともとアメリカ市場をにらんだ車だったのかもしれません。(実車画像→ クライスラー プリムス アロー 1977)
ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製の当時物です。ダイヤペットの12番工場(製造委託先)製で、当時のミニカーとしてはプロポーションが良く、実車がうまく再現されていました。フロントグリルや灯火類も結構リアルに仕上げてありました。ボンネット/ドア/ハッチバックが開閉するギミック付きです。当時の三菱自動車はダイヤペットのミニカーを実車販促用ノベルティとしてよく使っていました。あまり人気がなかったセレステがモデル化されたのは、販促用ノベルティとして使われたからだと考えます。そんな訳で、最近までこの車のミニカーはこれしか有りませんでしたが、2010年に国産名車コレクションがモデル化し、2014年にはLA-Xがレジン製でモデル化しました。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/ハッチバック開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)