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アルビス 4.3L 4ドア ツアラー イギリス 1938年
技術者T.G.ジョン(Thomas George John)が1919年に設立した「TG John and Co. Ltd」は当初はエンジン、キャブレターを製作していました。同社は1920年にアルビス 10/30HPという名前の4気筒1.5Lエンジンを搭載した2シーターの小型車を発表し、1921年に社名を「Alvis Car and Engineering Company Ltd」に変更しました。アルビス 10/30HPを改良して1923年に登場した12/50HPは、レースで活躍してアルビスの名前を有名にしました。1927年に6気筒1.9Lエンジンを搭載した14.75HPが登場し、この車には前輪独立懸架サスペンション、世界初のオールシンクロメッシュ変速機が採用されました。1925年にはイギリス初の前輪駆動車を発表しており、当時のアルビスは先進的な自動車メーカーとして知られていました。1930年代には6気筒エンジンを搭載したスピード20、スピード25、4.3Lがありました。1936年に社名を「Alvis Ltd」に変更しました。
第2次大戦中は航空機エンジンや装甲車の生産を行いました。戦後は戦前の4気筒エンジン搭載車をベースにしたTA14を生産しましたが、戦前の高性能なイメージは失われていました。1950年にTA14がモデルチェンジされ6気筒3Lエンジンを搭載したTA21が登場しました。その後も6気筒エンジン搭載車を生産していましたが、あまり売れなかったようです。1965年にローバー社に吸収合併され、そのローバー社も1967年にBL(ブリティシュ レイランド)傘下となり、アルビスの歴史は終わりました。
ミニカーは1990年に発売されたフランクリン ミント製です。フランクリン ミントの1/24のクラシックカーのシリーズは現在のオートアートなどの大スケールミニカーの先駆けで、シャーシ/エンジン/サスペンションなどのメカ部分が金属製パーツで再現されドアやボンネットが全て可動する当時最も精密なミニカーでした。これは1937年に登場したアルビス 4.3L 4ドア ツアラーをモデル化しています。アルビス 4.3Lは6気筒4387cc(137HP)エンジンを搭載した戦前のアルビスの最上級車でした。前輪独立懸架サスペンション、フルシンクロメッシュ変速機などの先進技術が採用され、最高速160km/hは当時のイギリスでは最速の車だったそうです。
ミニカーはメッキ仕上げされたボンネットとブリティッシュグリーンのカラーリングが綺麗で、スポーティな高級車であったアルビスが見事に再現されています。フロントグリルの赤い3角のロゴやマスコット(鷲)、灯火類、ワイヤースポークホイール、室内のインパネなどの細部も良く再現されています。ボンネット/4ドア/トランクが開閉し、エンジン/サスペンションもリアルに再現され、前輪はステアリングホイールと連動して操舵できます。さらにフロントスクリーンは前方に倒すことができ、幌は立てた状態と畳んだ状態の両方が付いていました。 これ以外のアルビスのミニカーはディンキー(英)のビンテージ当時物、オックスフォードの1/76、マトリックス(レジン製)などがあり、ソリドやディンキー(英)の装甲車もあります。 以下はフロント(マスコット拡大)とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ラゴンダ LG6 ドロップヘッド クーペ イギリス 1938年
アメリカ人のウィルバー ガン(Wilbur Gunn)はイギリスに渡り、バイクの製造から始めて自動車製造に進出しラゴンダ社を1906年に創立しました。初期には3輪のサイクルカーを手掛け、1907年に6気筒エンジン搭載の4輪車を製作しました。その車は1910年のモスクワ-サンクトペテルブルク 耐久レースで優勝しました。その後1913年に発売した先進的な構造で安価な4気筒1.1Lエンジン搭載車が主力モデルとなりました。1926年にはビンテージ期のラゴンダとして有名なDOHC 4気筒2Lエンジン搭載の高性能な14/60HPが登場しました。その後 6気筒2Lエンジンの16/80HPや4気筒DOHC 4気筒1.1Lエンジンのレイピアなどが登場しました。
1935年には販売不振から車種をイギリスのメドウズ(MEADOWS)社製 6気筒4.5Lエンジン搭載車に絞り、この車のレース仕様 M45R ラピードはルマンで優勝しました。その後ロールス ロイスから移籍してきたベントレー社の創業者 W.O.ベントレーが、6気筒エンジン搭載車をLG45に改良し1938年には前輪独立懸架のLG6に発展させました。またV型12気筒4.5Lエンジンも開発しそれを搭載したV12 ラピードが1939年に登場しました。1946年に実業家 デビット ブラウンはアストン マーチン社を買収し、翌年にはラゴンダ社も買収し、アストン マーチン社はアストン マーチン ラゴンダ 社となりました。1961年にはアストン マーティンの4ドア版としてアストン マーチン ラゴンダ ラピードが登場し、ラゴンダの名前が一時的に復活しました。(実車画像→ アストン マーチン ラゴンダ ラピード)
ミニカーは2005年頃に発売されたフランスのミニカー付き雑誌「VOITURES CLASSIQUES」のNo22です。ラゴンダ LG6 ドロップヘッド クーペ(カブリオレのイギリス式呼び名)のロングホイールベース版をモデル化しています。メーカーはイクソで、イクソのカタログモデルでは型番MUS039で発売されました。(イクソの別ブランド ホワイトボックスでも型番WB113で色違いが発売されています)「VOITURES CLASSIQUES」シリーズのクラシックカーは雑誌付きの安価なミニカーながらいずれも良く出来ていましたが、このラゴンダも実車の雰囲気がうまく再現されています。フロントグリル/灯火類とその下のトランペットホーン、カバー付スペアタイヤとそこに付いた小さなサイドミラー、室内などの細部も良く再現してあります。(ホワイトリボンタイヤが付いているのでアメリカで使用された車をモデル化しているようです) イクソはルマンで優勝したラゴンダもモデル化しています。これ以外のサラブレッド期のラゴンダのミニカーはディンキーのビンテージ物、マッチボックス、ウエスタンモデルなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ロールス ロイス ファントム III クーペ デビル イギリス 1939年
前述したようにロールス ロイス ファントム IIIには前輪独立懸架が採用されました。ロールス ロイスに限ったことではありませんが、前輪独立懸架の採用は車のスタイルを大きく変えました。エンジンが前輪車軸上に搭載できるようになったことでエンジン搭載位置が前進し、ボンネットが短くなりラジエータが前車軸より前に移動しました。その結果全長に対するキャビン部分の比率が大きくなり、近代的なプロポーションとなりました。ファントム IIIのサイドビューをビンテージ期のファントム Iのサイドビューを較べてラジエータと前輪の位置関係をみるとそのことが良く分かります。
1939年に第2次世界大戦が始まるとロールス ロイスは乗用車の生産を止め、その技術と生産力をドイツ空軍とイギリス空軍の戦闘「Battle of Britain」に勝利した戦闘機スピットファイアーの航空機エンジン(マリーン V型12気筒)に注ぎ込んだ為、ファントム IIIは700台ほどしか作られていません。ファントム IIIはロールス ロイス社が戦前の自動車技術の集大成を丹念に作り込んだ素晴らしい車でした。後継車のファントム IV/Vは1950年に登場しました。
ミニカーは1978年に発売されたソリド製です。前述したダンバリー ミント製のロールス ロイス ファントム III クーペ デビルと同じクーペ デビルをモデル化しています。ただしこちらはリアのトランク部分の形状がイギリス車特有の鋭いナイフで削ったような形状の「レザーエッジ」デザインになっています。ソリドのクラシックカーは比較的安価でしたが、老舗ブランド故にプロポーションなど基本的な部分はきちんと押さえて作ってあり、いずれも良い出来ばえでした。(ただ同時期のリオの高価なクラシックカーほど凝った作りではありませんが) このロールス ロイス ファントム IIIは渋いツートンのカラーリングで、上品な高級車の雰囲気に仕上がっています。フロントグリル周りの灯火類とその上のマスコットや室内なども値段相応にうまく仕上げてあります。 以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トライアンフ ドロマイト ドロップヘッド クーペ イギリス 1939年
自転車販売から出発したトライアンフ サイクル社(Triumph Cycles company)は1901年にバイクを開発し大ヒットさせました。1923年に最初の4輪車10/20(1.4Lエンジン搭載)を発売し、1927年に発売したスーパー セブン(4気筒832㏄エンジン搭載)は、オースチン セブンの成功に触発されて開発された小型車でした。(実車画像→ トライアンフ スーパー セブン 1930) この車がヒットしモンテ カルロ ラリーなどで活躍したことでトライアンフ社の名声が確立しました。1930年に社名をトライアンフ モーター社(Triumph Motor Company)に変えました。
1932年にスーパー ナイン(4気筒1Lエンジン搭載)、1934年にグロリア(GLORIA 4気筒1L/6気筒1.5Lエンジン搭載)が登場しました。1934年にDOHC 8気筒2L(140HP)スーパーチャージャーエンジンを搭載した高性能スポーツカー ドロマイト(プロトタイプ)が数台開発されレースに参戦しました。このドロマイトと同じ名前で4気筒1.7Lエンジンを搭載するドロマイト セダンが1937年に登場しました。このドロマイトには1938年にオープンカーが追加され、4気筒1.5L/6気筒2Lエンジンが追加されました。
トライアンフ モーター社は財政悪化で2輪車部門を身売りし、1936年に別会社のトライアンフ社(Triumph Engineering Co)となりました。残った4輪車部門も1939年には管財人管理下となり、戦後の1944年にスタンダード モーター社に吸収合併され、トライアンフ スタンダード社となりました。なお1970年代にドロマイトの名前を復活させた トライアンフ ドロマイトが登場しています。
ミニカーはマッチボックス傘下で一時的に復活したディンキー製で1990年頃に発売されました。このマッチボックス傘下のディンキーのミニカーは、往年のディンキーのファンだったマニア向けとして作られたようで約40車種ほどがありました。昔のマニア向けでしたので、1990年代のミニカーとしてはややレトロな作風でした。このトライアンフ ドロマイト ドロップヘッド クーペはプロポーションが良く、独特の丸みのあるフロントグリルとボンネットサイドのモールなどがリアルに再現されていて、なかなかの良い出来ばえでした。リアのランブルシート(折畳み式補助席)が開閉するギミックが付いているのも昔のミニカー流です。これ以外の戦前のドロマイトの量産ミニカーはないようですが、REPLICARSなどホワイトメタル製の少量生産ミニカーがあるようです。 以下はフロントの拡大画像とリア/ランブルシート開閉ギミックの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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AEC リージェント III RT ロンドン 2階建てバス イギリス 1939年
イギリス ロンドンの公共交通機関としてロンドン 2階建てバスは有名です。最初の2階建てバスはディムラー製で1904年に登場しました。(実車画像→ 最初の2階建てバス 1904) 2階建てバスのメーカーはディムラー、AEC(Associated Equipment Company)、レイランドなど数社がありました。一番有名なのは戦後のAEC ルートマスターですが、AECの前身であるLGOC(LONDON GENERAL OMNIBUS COMPANY 1912年からはAEC)は1909年から2階建てバスを製造していました。戦前の主要なモデルとしては1920年代のタイプ S、1930年代のタイプ Q(エンジンを車体中央に配置)などがありました。 (実車画像→ AEC タイプ S 2階建てバス) (実車画像→ AEC タイプ Q 2階建てバス)
1929年にAEC リージェントが登場し、そのリージェントをベースにしてロンドン トランスポート(交通局)と共同で開発したリージェント III RTがロンドン バスとして採用され1939年に登場しました。リージェント III RTは第2次大戦で生産が中止されましたが、戦後の1946年から生産が再開されました。RTには全長が長いRTLや幅が広いRTW(レイランド タイタン仕様)などのバリエーションがありました。RTシリーズは1954年まで生産され、1970年代初めまで使われました。なお戦後のロンドンでは背の低い(4.1m) AEC リージェント III RLHも使われました。リージェント III RTの後継車としてAEC ルートマスターが1958年に登場しました。なおRTシリーズの総生産台数は約7000台で、ルートマスターの2倍以上でした。
ミニカーはトミカ ダンディ製で、1978年に発売されました。AEC リージェント III RTの戦前型を1/43でモデル化しています。大きなバスを1/43でモデル化したことにトミカ ダンディの意気込みが感じられ、当時はその大きさ(全長185㎜)に感心したものでした。当時のダンディとして標準的な良い出来ばえでしたが、現在の感覚では室内の造形などの細部はやや物足りない感じがします。(ただし40年前のミニカーを現在の感覚で評価することは正当ではないですが) 運転席横のスライドドアとボンネットが開閉し、簡単ですがエンジンも再現されています。なお当時の定価は2200円で、大きさを考えるとそれほど高価ではありませんでした。 以下はフロント/リアの拡大画像とほぼ同じ縮尺のロンドンタクシー(コーギー製 1/47)と並べてみた画像です。ロンドン バスの大きさが良くわかります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変わります)
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