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レイランド アトランティアン 2階建てバス イギリス 1972年
ロンドンバスとしては前述したルートマスターが有名ですが、それ以外にも2階建てバスのメーカーはありました。ルートマスターとほぼ同時期に登場したレイランド社のアトランティアンは、エンジンを後方に配置し車両の前部に出入り口があります。この構造は料金の精算を運転手が行うことが出来ることから、車掌のいないワンマン運行が可能となりました。全長が9.1m(又は10m)とルートマスターよりも長く、その分定員が78人と多くなっていました。初期のアトランティアン (PDR型)はレイランドのO.600型ディーゼルエンジン(6気筒 9.8L 125HP)を搭載し、最高速50km/h程の性能でした。
2階建てバスとしては他にブリストル社のフリートラインとディムラー社のVRがありましたが、これら3社は1968年にブリティッシュ レイランド社として統合されました。アトランティアンは1986年までに約15000台が生産され、様々な車体が架装されました。
1980年に後継車のレイランド オリンピアン(OLYMPIAN) 2階建てバスが登場しました。オリンピアンはレイランド社による最後の2階建てバスでした。1992年にはその後継車としてボルボ社のオリンピアン 2階建てバスが登場しました。ボルボ社のオリンピアン 2階建てバスはその後も新型にモデルチェンジして継続し、2019年現在はB8L 2階建てバスが生産されています。(実車画像→ レイランド オリンピアン 2階建てバス)
ミニカーは1973年に発売されたディンキー(英)製の当時物です。1972年に登場したアトランティアン 2代目のAN68型(全長9.4m O.680型ディーゼルエンジン搭載)をモデル化しています。このバスは最後部の出っ張った部分にエンジンが横置き搭載されていました。アトランティアン 2代目の直線的で近代的なボディがうまく再現されていて良く出来ていました。これのボディカラーは伝統的な赤でなく、ボディ全面を「YELLOW PAGES」(日本のイエローページのような会社)の広告にした派手なカラーリングになっていました。なお同じ型でカラーリングの違うバリエーションが数種類ありました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トライアンフ ドロマイト スプリント イギリス 1972年
トライアンフ 1300は前輪駆動車ということもあって、スポーティな車を好むヘラルドのユーザー層を取り込めませんでした。新型車を開発する余裕の無かったBL(ブリティッシュ レイランド)は、1300を後輪駆動に変更した1300の廉価版トレドを1970年に登場させました。このトレドの上級車として4気筒1.85L(97HP)エンジンを搭載したドロマイト 1850HLが1972年に登場しました。トレドをベースにしてヘッドライトを4灯式にし、トランク部分を延長していました。4段変速で最高速は160km/hと高性能でした。(実車画像→ トライアンフ トレド)
1973年にはDOHC 4気筒2L(127HP)エンジンを搭載し最高速192km/hという高性能版スプリントが追加され、BMW 2002などのライバルよりも安価であったので人気がでました。この人気を利用すべく、1976年からはトレドと1500もドロマイト1300、ドロマイト 1500に改名されました。1980年の生産中止までに約10万台が生産されました。なおドロマイトという名前は1930年代の高性能スポーツカー ドロマイトの名前を復活させたものでした。
当時技術提携していたホンダのバラードをベースとしたトライアンフ アクレイム(1981年登場)がドロマイトの後継車となったので、ドロマイトはトライアンフ自社設計としては最後の車となりました。さらに1984年にはアクレイムが生産中止となり、トライアンフという名前の車がなくなりました。1994年にはBLのローバー グループがBMWに売却され、現在トライアンフ ブランドはBMWが保有しています。(実車画像→ トライアンフ アクレイム)
ミニカーは2004年に発売されたバンガーズ製です。バンガーズはイギリスの老舗コーギーのブランドで、2000年頃から主に昔懐かしいイギリス車をモデル化しています。最近のミニカーなのですが、ラインストーン(ダイヤカットガラス)を使ったヘッドライトや塗装で表現したテールライトなど1960-1970年代のコーギー風のレトロな作風が特徴です。またエッチングパーツのワイパーやユーザーが取り付けるドアミラーが添付されているなど細部にこだわった今風の部分もあります。このドロマイトはブラック アウトされたグリルやレザートップなど高性能版のスプリントをモデル化しています。タイヤが少し小さめで車高が高めな感じですが、実車の雰囲気がうまく再現されていて良く出来ていました。これ以外のドロマイトのミニカーはスパーク(レジン製)があります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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BLMC ミニッシマ イギリス 1973年
シティカーのコンセプトカー ミニッシマは1973年のロンドン モーターショーで公開されました。アストンマーチン ラゴンダを設計したことで有名なカーデザイナーのウイリアム タウンズ(William Towns)の設計で、ミニをベースにしていました。全長はミニより75cm短い2.3mで歩道上に直角に駐車できるように設計されていました。サイズは小さいですが4人乗りで、後席の2座は向かい合わせの対面シートになっていて、乗り降りはリアのドアから行います。この車のデザインは現在でも魅力的で、こんなスタイルの小型の電気自動車があれば欲しいです。
この車は数年後に、車椅子利用者がリアドアからスロープを使って乗り降りする障害者用プロトタイプとして再度発表されました。その際に通常のドアを追加するなどの設計変更がされました。このデザインは自転車メーカー エルスウィック社(ELSWICK)が権利を購入し、エルスウィック エンボイ(ENVOY)として1981年から1987年まで少数が販売されました。(実車画像→ エルスウィック エンボイ)
ミニカーは1975年に発売されたコーギー製の当時物です。縮尺が中途半端な1/36で「Whizzwheels」と称する良く回ることが取り柄の安っぽいフリーホイールがやや目障りですが、それ以外はかなりリアルにモデル化されていました。リアドアが開閉し、室内もある程度再現されています。ビンテージ物のコーギーとしては後期のミニカーで、あまり人気がなかったようですが、それでも約16万台が売れました。なおミニッシマのミニカーはこれしかありません。 以下はフロント/リアの拡大画像とリアドア開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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BL (モーリス) プリンセス 1800HL イギリス 1975年
バンデン プラ プリンセスの後継車として1975年に登場したプリンセスは発売当初はオースチン/モーリス/ウーズレーの3ブランドの名前が付いていましたが、すぐにブランド名無しのプリンセスという名前に統一されました。(この時点でウーズレー ブランドが消滅) このプリンセスという名前はオースチンの高級車プリンセスを継承したものでしたが、実質的にはオースチン 1800(ADO17)の後継車でした。エンジンやサスペンションはオースチン 1800と同じで、4気筒1.8L(84HP)/6気筒2.2L(110HP)エンジンを搭載し、4段変速(3段AT)で最高速170km/h(2.2L)の性能でした。
個性的なウエッジ シェィプのボディは、似たイメージのトライアンフ TR7をデザインしたハリス マンによるもので、賛否両論がありました。もともと5ドアハッチバックだったのを、一般受けするトランク付に変えたらしいですが、このクラスの車としては大胆なデザインでした。 1978年にプリンセス 2に発展し、1982年にはサイドウィンドーを6ライト化して5ドアハッチバックにボディを一新し、オースチン アンバサダー(AMBASSADER)と改名して1984年まで生産されました。当時のBL車は製造品質の問題があり、この車も商業的にはさほど成功しませんでした。(実車画像→ オースチン アンバサダー )
ミニカーは2006年に発売されたヴァンガーズ製です。ヴァンガーズはイギリスの老舗コーギーのブランドで、主に古き良き時代のイギリス車をモデル化しています。1/43のダイキャスト製でミニチャンプス並みのリアルな造形ながら値段はリーズナブル(当時の定価4000円ほど)なので、個人的に好きなブランドです。このプリンセスは丸型4灯式ヘッドライトなので4気筒エンジンを搭載したモーリス版のプリンセスをモデル化しています。プロポーションが良く細部の仕上げも丁寧で、かなり良い出来ばえでした。ヴァンガーズは角形ヘッドライトのオースチン版もモデル化していました。当時物のミニカーはディンキー(英)しかありませんでしたが、当時物以外ではこのヴァンガーズや、オックスフォードがモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ベントレー T1 ベルリーナ イギリス 1975年
1965年にベントレー S3はロールス ロイス シルバー シャドウの兄弟車として、ベントレー T1にモデルチェンジしました。これ以前のベントレーはロールス ロイスよりも少しスポーティという違いがありましたが、この世代から性能的な違いはなくなり、ロールス ロイスとベントレーの違いはフロントグリルとそこに付くエンブレム(マスコット)だけとなりました。実質的な性能の違いが無くなったので、それまではスポーティだったベントレーの生産台数の方が多かったのですが、T シリーズではシルバー シャドウの1/5以下となってしまいました。なおこの頃にはロールス ロイス内製の標準ボディが採用されるようになり、コーチビルダーが特注ボディを架装することはほとんどなくなりました。
1971年にベントレー T1の2ドアサルーンとコンバーチブルは内装を豪華にしてコーニッシュの名前で発売されました。同時にロールス ロイスでもロールス ロイス コーニッシュが発売されました。1977年のマイナーチェンジでシルバー シャドウはII型となり、全自動エアコン、フロントのエアダム スカート、安全基準対応の5マイルバンパーを標準装備するようになりました。ベントレーにも同じ変更が行われてT2となりました。1980年にロールス ロイス シルバー シャドウがシルバー スピリットへモデルチェンジし、ベントレー T2はミュルザンヌにモデルチェンジしました。ベントレー Tシリーズの生産台数は約2400台でした。(実車画像→ ロールス ロイス シルバー スピリット)
ミニカーは1981年に発売されたエリゴール製です。プロポーションが良いリアルな造形で、特別に凝ったところはありませんが、当時のミニカーとしては良く出来ていました。室内も簡素ですがうまく再現されています。右ハンドルながらヘッドライトはフランス車仕様で黄色になっています。ボンエット/トランクが開閉するギミック付きです。エリゴールは同じ型を流用してフロントグリルを変更したロールス ロイス シルバー シャドウ(型番1047)もモデル化していました。なお初期のエリゴールのミニカーはノレブのプラスチック製ミニカーの型を流用したものが多いのですが、これもノレブのロールス ロイス シルバー シャドウ (型番33)の型を流用したものだと思われます。(ただしこのエリゴールはダイキャスト製です) これ以外のベントレー Tシリーズのミニカーはコーギーの当時物 T1、オックスフォードのT2 1/76、スパーク(レジン製)のT1/T2などがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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