ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

FERRARI DINO 246 GTS 1971 ITALY

FERRARI DINO 246 GTS
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FERRARI DINO 246 GTS


BANG 7133 1/43 98㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.23m 全幅約1.7m エンジン 変速機: DOHC V型 6気筒 2.4L 195HP 5段変速
性能: 最高速235km/h  データーベースでフェラーリ ディノ 206/246のミニカー検索

フェラーリ ディノ 246 GTS イタリア 1971年

 

 1968年に登場したディノ(ディーノ)はフェラーリの市販車としてエンジンを初めてミドシップ搭載した車でした。フェラーリは12気筒エンジンが基本であったので、V型6気筒エンジンを搭載したこの車にはディノという新しいブランド名(フェラーリ ディノでは無く単にディノ)を与えました。初期モデルのディノ 206 GTのボディは総アルミ製で車重900kgと軽く、排気量2Lながら185HPのハイパワー、5段変速で最高速235km/hと高性能でした。ミドシップ エンジン方式故に、その操縦性は市販車としては並外れたものだったそうです。

 

 ディノ 206 GTは150台ほどで生産中止となり、1969年に2.4L(195HP)エンジンを搭載したディノ 246 GTに切り替わりました。246GTは206 GTに比べるとホイールベースが少し延長され全長が85㎜大きくなり、ボディは量産しやすいスチール製となりました。その為車重も重くなりましたが、エンジンのパワーアップで動力性能はほぼ同じでした。当初は固定ルーフのGTクーペのみで、1971年にオープンルーフの246 GTSが追加されました。1974年まで生産され総生産台数は約3600台(GTSが約1300台)でした。後継車は1973年に登場したディノ 308/208 GT4でした。

 

 

 ミニカーは1996年頃に発売されたバン製です。バンはディノ 206と246をモデル化していましたが、どちらも実車の雰囲気が実にうまく再現されています。また灯火類や室内などの細部もリアルに仕上げられ、ディノの1/43量産ミニカーとしてはベストの出来ばえといって間違いないでしょう。ディノ 206と246はリアクオーターパネルのデザインが異なり全長も少しだけ違います。全長の違いは1/43サイズのミニカーでは2㎜ほどになりますが、バンの206と246のミニカーは同じ型を流用していて、さすがにその違いまでは再現していません。寸法が測り易いホイールベースをノギスで正確に測ってみると54.5㎜で、246のホイールベース寸法(2340㎜)で統一しているようです。同じ型を使っているので206と246の出来ばえは同じですが、この246 GTSは屋根が開いているので、リアルに再現されたインパネなどが良く見えます。以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FERRARI DINO 246 GTS 1
FERRARI DINO 246 GTS 2

 以下は室内周りの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FERRARI DINO 246 GTS 3
FERRARI DINO 246 GTS 4

  ディノ 246の当時物ミニカーはノレブのJET CARシリーズ、トミカ ダンディ、サクラのスーパーカーシリーズなどがありました。当時物以外ではビテス、マッチボックス ディンキー、バン(BANG)など、最近では京商、イクソ、マテル(1/18)、アイドロン(レジン製)、トミカ リミッテド(1/64)などでモデル化されています。以下は1973年頃に発売されたノレブのJET CARシリーズの当時物 ディノ GTS (1/43 型番824)の画像です。ノレブのディノは最初はプラスチック製(型番186)でしたが、これはその型を流用してダイキャスト製に変更した物でした。JET CARシリーズは廉価版ミニカーでしたので、プロポーションはまずまずなのですが、ホイールが安っぽいなど細部の仕上げが今一つです。またドアが開くのですが、ドアの3角窓がフロントAピラーに固定されているといった具合に仕上げが簡素化されています。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FERRARI DINO 246 GTS 5
FERRARI DINO 246 GTS 6

 以下は1991年頃に発売されたマッチボックス傘下で復活したディンキー製のディノ GTS (1/43 型番DY024)の画像です。このマッチボックス ディンキー製のミニカーはマニア向けの復刻版的なシリーズでしたので、1990年代初めのミニカーとしてはややレトロな作風となっていました。実車の雰囲気がそこそこうまく再現されていますので、当時のミニカーとして良い出来ばえでした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FERRARI DINO 246 GTS 7
FERRARI DINO 246 GTS 8

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FERRARI 365 GTC/4 1971 ITALY

FERRARI 365 GTC/4
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FERRARI 365 GTC/4


MEBETOYS A50 1/43 107㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.57m 全幅約1.78m エンジン 変速機: DOHC V型 12気筒 4.4L 340HP 5段変速
性能: 最高速260km/h  データーベースでフェラーリ 365 GTCのミニカー検索

フェラーリ 365 GTC/4 イタリア 1971年

 

 2+2シーターのファラーリ 330 GT 2+2の後継車として、リトラクタブルヘッドライトを採用してデザインを一新した365 GTC/4が1971年に登場しました。前述した365 GTB4 デイトナに+2の後部座席を追加した豪華仕様のクーペといった位置づけでした。(ただし後席は狭く子供か荷物用でしたが) デザインはピニンファリーナでデイトナに比べると柔らかい曲線で構成され大人しいシックな感じになっていました。

 

 デイトナと同じV型12気筒4.4L(340HP)エンジンを搭載し、5段変速で最高速260km/hとやや大人しいチューンで、その分だけスムーズで静粛性も高かったそうです。デイトナでは変速機が後輪デフと一体化したトランスアクスルを採用していましたが、365 GTCでは変速機はエンジンと一体化していました。 派手なデイトナの陰であまり目立たず、たった1年半の期間しか生産されなかった短命車でした。総生産台数は約500台でした。後継車は実用的な4シーターとして設計された365 GT/4でした。

 

 

 ミニカーは1972年に発売されたメーベトイ(マテル グラントロス)製の当時物です。アメリカのマテル傘下で「マテル グラントロス」ブランドとなったメーベトイ後期の物で、シャープな造形で実車のデザインがうまく再現されていました。(ただキャビンから上が少し大きめですが) ボンネット/ドア開閉ギミック付で、室内も当時のミニカーとしては良く再現されていました。なおこのミニカーは発売当時からあまり日本国内に出回らず、入手が難しかったレアなミニカーでした。実車が短命で人気が無かった為か、365 GTC/4のミニカーは2008年にイクソがモデル化するまでこのメーベトイ製しか量産ミニカーがありませんでした。イクソ以外ではレジン製でルックスマートとテクノモデルがモデル化しています。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリアの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FERRARI 365 GTC/4 1
FERRARI 365 GTC/4 2

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MASERATI BORA 1971 ITALY

MASERATI BORA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
MASERATI BORA


DIAPET 120-1421 1/40 110㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.33m 全幅約1.77m エンジン 変速機: DOHC V型8気筒 4.7L 310HP 5段変速
性能: 最高速280km/h  データーベースでマセラティ ボーラのミニカー検索

マセラティ ボーラ イタリア 1971年

 

 マセラティは1968年にシトロエン傘下となりました。シトロエンの意向でマセラティは同社初のミドシップエンジンの2シータースポーツカーを開発し、1971年にボーラとして発表しました。デザインはギブリと同じイタルデザインのG.ジュージアーロで、ギブリのイメージをミドシップエンジン車として進化させたスタイルでステンレス製のルーフが特徴でした。ギブリ用のV型8気筒4.7L(310HP)エンジンを搭載し、マセラティ市販車初の全輪独立懸架サスペンションを採用し、シトロエンのハイドロニューマティック方式油圧システムがブレーキ制御/ヘッドライト開閉などに使われていました。

 

 1973年にアメリカ排ガス規制対策で、アメリカ向けはエンジンが4.9L(300HP)に変更されました。1976年には4.9L(320HP)エンジンが標準になりました。フェラーリのミドシップスポーツカーは12気筒エンジンを搭載しており、8気筒エンジンのボーラは性能的に見劣りがしました。また外観的にも派手さが足りなかったのかボーラの販売は芳しくなく1978年に生産中止となりました。総生産台数は約500台でした。

 

 

 ミニカーは1977年に発売されたダイヤペット製の当時物です。1970年代後半の日本はスーパーカーブームの真っ只中で、これはそのブームに乗じて作られました。現在的な見方ではいまひとつの出来ばえに見えますが、当時の国産品ミニカーとしては結構良い出来ばえでした。プロポーションは悪くないのですが、車高が高いので不格好に見えます。ボディを少し押し下げてやると見ばえが良くなります。リトラクタブルヘッドライト開閉、フロントトランク/ドア/リアエンジンカバー開閉のギミック付です。これ以外の国産当時物ミニカーではトミカ ダンディ、サクラのスーパーカーシリーズ、エーダイのグリップ(1/28)などがありました。国産品以外の当時物ではマッチボックスやメーベトイなどがありました。当時物以外ではミニチャンプスやイクソなどがあります。 以下はフロント(リトラクタブルヘッドライト開閉)/フロントトランクを開いた画像とリア/リアエンジンカバーを開いたエンジンルームの画像です。なお室内の助手席の前に見える赤い球の付いたレバーは、手前に押し込むとフロントのトランクが開くようになっていました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

MASERATI BORA 1
MASERATI BORA 2

 以下は1973年に発売されたメーベトイ製の当時物 マセラティ ボーラ (1/43 型番A72)の画像です。メーベトイとしては後期の物で廉価版ミニカーの類でしたので、コストダウンで灯火類の塗装処理などが省略されていました。プロポーションが良く実車のイメージがうまく再現されていました。ただし安っぽいフリーホイールがその良い出来ばえを台無しにしていました。ドアが開閉するギミック付きです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
MASERATI BORA 3
MASERATI BORA 4

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
MASERATI BORA 5
MASERATI BORA 6

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DE TOMASO PANTERA 1971 ITALY

DE TOMASO PANTERA
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA


MATTEL MEBETOYS 6627 1/43 100mm
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.25m 全幅約1.8m エンジン 変速機: V型8気筒 5.8L 330HP 5段変速
性能: 最高速265km/h  データーベースでデ トマソ パンテーラのミニカー検索

デ トマソ パンテーラ イタリア 1971年

 

 デ トマソはエンジンをミドシップ搭載したことを売り物にしてマングスタを販売していましたが、ランボルギーニやフェラーリがミドシップを採用するようになったことで新しい戦略を打ち出しました。それはフォードと提携しフォードの販売網を使ってミドシップ スポーツカーを量販するというものでした。この為に開発されたのがパンテーラで、1971年に登場しました。量産性を考慮してバックボーンフレーム構造がモノコック構造に変えられましたが、基本的なところはマングスタがベースとなっていました。

 

 パンテーラはフォード製V型8気筒5.8L(330HP)エンジンを搭載し、5段変速で最高速は265km/hでした。マングスタに比べるとやや大人しくなったデザインはジウジアーロの後任トム ジャーダーによる物で、カロッツェリア ギアが製作しました。1973年にはエンジンを350HPにパワーアップして最高速を280km/hに向上させたGTSが追加されました。オイルショックの影響でフォードでの販売は1973年まででしたが、その間に約6000台が販売されました。その後も1980年にオーバーフェンダーを追加したGT4やGT5などが追加され、1992年まで少量ながら生産が続けられました。

 

 

 デ トマソ社は1975年にマセラティやイノチェンティを買収して事業を拡大しました。デ トマソとしては4ドアサルーンの高級車ドーヴィル、2ドアクーペのロンシャンなど、マセラティではビトルボ、イノチェンティではミニ デ トマソなどを販売していました。2003年に創業者のアレハンドロが亡くなり、デ トマソ社は2004年に解散しました。2011年にデ トマソ ブランドは復活し、2019年にP72というスーパーカーを発表しています。(実車画像→ デ トマソ ドーヴィル) (実車画像→ デ トマソ P72)

 ミニカーは1972年に発売されたマテル傘下のメーベートイ製の当時物です。当時のメーベトイの作風はシャープで、このパンテーラも当時のミニカーとしてはなかなか良い出来ばえでした。マテル傘下となって当時流行りであった走行性重視のフリーホイールを採用していますが、見た目が安っぽいタイプではないのでこの車の雰囲気を壊していません。フロントパネル/ドア/リアパネルが開閉するギミック付きです。当時の日本はスーパーカーブームの最中でしたので、パンテーラはダイヤペット、サクラ、エーダイ(永大)、シンセイなどの国産メーカーが競ってモデル化していました。海外ではノレブ、ポリトーイなどの当時物ミニカーがありました。当時物以外では京商の1/18、ミニチャンプス、VISION(レジン製)、スパーク(レジン製)などがあります。 以下はフロント/フロントパネルを開いた画像とリア/リアパネルを開いたエンジンルームの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

zgazou
DE TOMASO PANTERA 1
DE TOMASO PANTERA 2

 以下は1977年に発売されたサクラ製のスーパーカーシリーズの当時物 デ トマソ パンテーラ GTS (1/43 型番12)の画像です。高性能版のGTSをモデル化しています。キャビン周りの造形にやや違和感がありますが、当時の国産ミニカーとしてはまずまずの良い出来ばえでした。赤/黒のカラーリングとボディサイドのPANTERA GTSのロゴは実車に忠実に出来ていました。リトラクタブルヘッドライト/ドア/リアパネルが開閉するギミック付きです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA 3
DE TOMASO PANTERA 4

 以下はフロント/リトラクタブルヘッドライト開閉の画像とリア/リアパネルを開いたエンジンルームの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA 5
DE TOMASO PANTERA 6

 以下は1973年に発売されたノレブ製の当時物 デ トマソ パンテーラ (1/43 型番829)の画像です。ノレブのJET-CARシリーズの1台でどちらかというと廉価版ミニカーの類でしたが、プロポーションが良くこれも当時物ミニカーとしては良い出来ばえでした。フロントパネル/リアパネルの開閉ギミック付です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA 7
DE TOMASO PANTERA 8

 以下はフロント/フロントパネルを開いた画像とリア/リアパネルを開いたエンジンルームの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA 9
DE TOMASO PANTERA 10

 以下は2019年に発売されたアシェット製のルマン24時間レース カーコレクションのデ トマソ パンテーラ ルマン 1972 (1/43 No.20)の画像です。1972年のルマンで16位となった#32をモデル化しています。車体全体の細かなデカール、ホイールなどがリアルに再現されていて良く出来ています。室内も無彩色ながら、良く再現されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA LE MANS 1
DE TOMASO PANTERA LE MANS 2

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DE TOMASO PANTERA LE MANS 3
DE TOMASO PANTERA LE MANS 4

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INTERMECCANICA INDRA 1971 ITALY

INTERMECCANICA INDRA
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INTERMECCANICA INDRA


AUTOPILEN 343 1/43 102㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.52m 全幅約1.77m エンジン 変速機: V型8気筒 5.4L 230HP 4段変速 3段自動
性能: 最高速250m/h  データーベースでインターメカニカのミニカー検索

インターメカニカ インドラ イタリア 1971年

 

 インターメカニカ社はイタリアのトリノでフランク ライスナー(Frank Reisner)が1959年に起業した自動車会社でした。当初は小型車のチューンナップキットを手掛けていました。最初の車は小型車シュタイア プフ(500㏄)をベースにした2シータークーペのスポーツカー インターメカニカ プフ IMPでした。ただこの車はオリジナルより高性能だったので、フィアットから部品供給を断られ20台ほどしか生産できませんでした。(実車画像→ インターメカニカ プフ IMP

 

 1966年にイギリスのTVRと共同開発したプリムス製V型8気筒エンジンを搭載したグリフィス GT(GRIFFITH GT)が登場しました。TVRの事業停止でこの車は製造権がアメリカのスティーブ ワイルダーに移管されフォード製V型8気筒エンジンを搭載し名前がオメガに変わりました。1967年に製造権がインターメカニカに戻り、オメガはトリノ(後にイタリア)という名前に変わり、1972年まで生産されました。1967年にはフォード製V型8気筒エンジン搭載でワゴンタイプのムレナが少量生産されました。
(実車画像→ インターメカニカ グリフィス GTインターメカニカ ムレナ) 

 

 

 1971年にオペルと共同開発で、シボレー コルベットのV型8気筒5.4L(230HP)エンジンを搭載したインドラが登場しました。ノッチバッククーペ、ファーストバッククーペ、カブリオレの3タイプがありました。1973年にGMの意向でコルベットのエンジンが使えなくなりオペルの6気筒2.8L(180HP)エンジンに変わり、1975年まで生産されました。総生産台数は125台でした。1975年からインターメカニカ社はアメリカに移りポルシェ 356などのレプリカを生産、1981年にカナダに移り現在もポルシェ 356のレプリカを生産しています。

 ミニカーは1975年頃に発売されたオートピレン製の当時物です。インドラのノッチバッククーペをモデル化しています。初期のオートピレンのミニカーは他社のコピーや部分改良版でしたが、その後金型製作の腕を上げて自社製オリジナルを作るようになりました。このインドラはオートピレン オリジナルの型で、シャープな造形で当時のミニカーとして良くできていました。ドア/ボンネット/トランクが開閉するギミック付きで、可動部の建付けも隙間が小さくうまく仕上げてあります。インドラのノッチバッククーペのミニカーはこれしかないようで、ファーストバックはBOS MODELSのレジン製があります。これ以外のインターメカニカのミニカーは、プフ、ムレナ、イタリアがレジン製でモデル化されています。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

INTERMECCANICA INDRA 1
INTERMECCANICA INDRA 2

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