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ロータス エスプリ S1 イギリス 1975年
1975年にロータス ヨーロッパの後継車としてエスプリが登場しました。イタル デザインのG.ジウジアーロによる直線的なデザインは当時のスーパーカー的なスタイルで、車の性格も安価なスポーツカーという路線から高性能な高級スポーツカーに変わりました。バックボーン フレームにFRPボディという構造は継承され、ロータス自社製のDOHC 4気筒2L(160HP)エンジンをミドシップに搭載し、5段変速で最高速222km/hと高性能でした。1977年の映画「007 わたしを愛したスパイ」で、潜水艦に変化するボンドカーとして登場し有名になりました。
1978年のマイナーチェンジでS2(シリーズ 2)となり、1980年には2.2Lに排気量が拡大されさらにターボ仕様(210HP 最高速245km/h)が追加され、一段と高性能になりました。1981年にはこのターボ仕様の足回りをベースにしたS3(シリーズ 3)に発展し、1987年に丸みを帯びたボディデザインに変更されました。その後1993年に内外装を変更したS4(シリーズ 4)となり、1996年にはV型8気筒3.5L(350HP)エンジンを搭載したV8が追加され2004年まで生産されました。エスプリの総生産台数は約1万台でした。(実車画像→ ロータス エスプリ V8)
ミニカーは輸入商社であった朝日通商がスーパーカーブームに乗じて立ち上げたΣ(シグマ)143というブランド製で1978年に発売されました。当時の国産ミニカーとしては珍しい1/43サイズで、全体的なプロポーションがしっかりしていて、当時のミニカーとしてかなり良い出来ばえでした。フロントパネル/ドア/リアパネルが開閉するギミック付きで、エンジンが再現されていました。同時期のトミカ ダンディと良く似た作風ですので、関連があったのかもしれません。実際にこのブランドから出ていたフォルクスワーゲン ビートルはトミカ ダンディの型を流用していたようです。これ以外の当時物ミニカーとしては、コーギーの1/36の潜水艦タイプのボンドカー、エーダイ グリップの1/28(潜水艦仕様も有り)、トミカ、オートアートの1/43と1/18などがありました。当時物以外では、ミニチャンプス(潜水艦仕様も有り)、コーギーの再生産品 1/36、京商の1/64と1/72(潜水艦仕様)、イクソ、バンガーズ、スパーク(レジン製)などがあります。 以下はフロント/フロントパネル開閉の画像とリア/リアパネルを開いたエンジンルームの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ボルボ 66 DL スウェーデン 1975年
オランダのDAF社のDAF 30シリーズの上級車として850cc(34HP)エンジンを搭載したDAF 44が1966年に登場し、さらに1968年にルノー製の4気筒1.1L(46HP)エンジンを搭載したDAF 55が追加されました。1972年にDAF 55はフロントのデザインを変更しサスペンションを改良したDAF 66にモデルチェンジしました。ボディ形式は2ドアセダン/クーペと3ドアエステートがありました。同社の独自技術である無段変速機バリオマチックも改良され、最高速は135km/hの性能でした。エンジンを52HPにパワーアップした高性能版マラソン、さらに排気量を1.3L(57HP)に拡大した1300 マラソンがありました。
1975年にDAFは大型トラック製造に専念することとなり、乗用車部門をボルボに売却しました。それに伴いDAF 66はボルボ 66に名前が変わりました。ボルボ 66は衝撃吸収バンパーやドアのサイドインパクトビーム追加などボルボ流の安全対策が施されました。バリオマチックにも変速機をロックする駐車用のPレンジが追加されました。2ドアクーペは廃止されスタンダードはDL、高性能版(マラソン)はGLとなりました。1976年に後継車のボルボ 300シリーズが登場した後も、ボルボ 66は1980年まで生産されました。(ボルボ 66の総生産台数は約10万台でした) (実車画像→ ボルボ 340 1976)
ミニカーは1977年に発売されたオートピレン製の当時物です。この当時スペインのオートピレンはディンキー(仏)のミニカーを製造していて、それはスペイン ディンキーとして知られています。オートピレンの初期物は他社のコピーでしたが、ディンキーの技術を学んだことで1970年代後半にはレベルの高いミニカーを作るようになりました。このDAF 66も1970年代後半に作られたもので、ディンキー(仏)的な正確なプロポーションの造形で、当時のミニカーとしてかなり良い出来ばえでした。フロントグリルのボルボのロゴ、樹脂製衝撃吸収バンパーなどの細部も良く再現してあります。またこの当時のミニカーは安っぽいプラスチック製ホイールがほとんどでしたが、オートピレンは質感の高い金属製ホイールを使っていてその点も高く評価できます。さらにソリド流のスプリングを使った隙間が目立たないドア開閉ギミックも高評価です。これ以外のボルボ 66のミニカーはイクソ(ホワイトボックスとプレミアムX)とブレキナの1/87などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 ニュー シルビア S10型 日本 1975年
日産 シルビア 2代目が1975年に登場しました。高級スポーツカーであった初代とは異なり、北米をターゲットにした女性向けの小粋なスペシャルティカーとしてデザインされました。車名には敢えてニューを付けて新しさを強調していました。サニー B210型をベースにした設計で、ブルーバード用の4気筒1.8L(105HP)L型エンジンを搭載し、3段AT 5/4MT変速で最高速170Km/hの性能でした。北米での車名はダットサン 200SXで、4気筒2Lエンジンを搭載していました。
今見ると未来志向のデザインが目新しかったと思いますが、北米向けでアメリカ人が好む癖のあるデザインが当時の日本では受け入れられず、国内販売は芳しくありませんでした。1976年にエンジンがEGI(電子制御式燃料噴射)化され、1977年のマイナーチェンジで、フロントグリルのデザインが変更されました。1979年にシルビア 3代目にモデルチェンジしました。
ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製の当時物です。実車の雰囲気がうまく再現されていて当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。(ドアなどの立て付けはいまひとつですが) これは当時のダイヤペットの8番協力工場が製作していましたが、この工場はフェアレディ Z 2by2(型番G33)なども製作していてセンスの良い造形をしていました。ボンネット/ドア/トランクが開閉するギミック付きです。これ以外の当時物ミニカーとしてはトミカとトミカ ダンディがあり、どちらも良い出来ばえでした。当時物以外ではハイストーリー(レジン製)、国産名車コレクション 1/24がモデル化しています。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 セドリック 2800 SGL 330型 日本 1975年
1975年に日産 セドリックは4代目(グロリアは5代目)にモデルチェンジしました。コークボトルラインを取り入れた基本的なフォルムは先代をほぼ踏襲していましたが、前後のパネルがより抑揚の大きいアクの強いデザインになりました。4ドアセダン、4ドアハードトップ、2ドアハードトップ、バンが設定され、ワゴンは廃止されました。エンジンは先代の6気筒2.6Lが2.8L(145HP)となり、あとは6気筒2L、4気筒2L、4気筒2Lディーゼル(60HP)の4タイプで、50年排ガス規制対応で触媒/EGR(排気ガス再循環装置)/2次空気供給装置を組み合わせた排ガス浄化システム NAPS(NISSAN ANT-POLLUTION SYSTEM)が採用されました。
その後EGI(電子制御燃料噴射装置)を採用した6気筒2L L20E型(130HP)エンジンも追加されました。3段AT 5/4段MT変速で最高速180km/h(2.8L)の性能でした。1977年のマイナーチェンジで後期型となり最上級仕様としてブロアムというグレードが登場し、2.2Lディーゼルエンジンが追加されました。1979年に5代目のセドリック/グロリア 430型にモデルチェンジしました。
ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製の当時物です。プロポーションはまずまずで、フロント/リアの造形はオーバーなデフォルメでアクの強いフロントの顔付きを再現しています。(かなりやり過ぎですが) ボンネット/4ドア/トランクが開閉するギミック付きで、この4ドア開閉は当時としては意欲的なギミックでした。4ドアが開くことでよく見える室内の造形は当時として良い出来ばえでした。これ以外の当時物としてはトミカ、トミカ ダンディのセダンがありました。またトミカがグロリア 330型のバンをモデル化していました。当時物以外ではアンチモニーコレクションのセダン(グロリアもある)、アオシマ DISMのセダン(グロリアや西武警察のパトカーなど)、国産名車コレクション、トミカ リミッテドのセダン/パトカー/タクシーなどがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ ランドクルーザー FJ40V型 日本 1975年
1951年にトヨタは警察予備隊(現在の陸上自衛隊)への納入を目的として、ジープ形式の試作車を開発しました。最終的に警察予備隊が採用したのはウィリス ジープをライセンス生産した中日本重工業(三菱重工業の前身)のジープとなったので、トヨタの試作車は民間用として生産されることになりました。この車が1954年にランドクルーザーとして登場しました。小型トラックのはしご型フレームに4輪リーフリジット サスペンションを備えた4輪駆動車でした。なおランドクルーザーの型式名のJはジープが由来です。
1955年に登場したランドクルーザー J20型にはホイールベースの異なる3タイプがあり、エンジンは6気筒3.4L(85HP)B型と6気筒3.9L(105-125HP)F型の2種類で、ソフトトップ/ハードトップのジープ形式、ピックアップ、バンなど様々なボディ形式がありました。J20型は北米などへの輸出が行われ、好評だったそうです。1960年にJ40型にモデルチェンジし、1967年に乗用車的なデザインを採用したJ55/56型が追加されました。J40型は1984年まで長く生産されましたので、ランドクルーザーといえばこのJ40型が有名で、その耐久性と信頼性は世界中から高い評価を受けました。1984年にJ70型にモデルチェンジしました。
ミニカーは2003年に発売されたエブロ製で、FJ40V型をモデル化しています。ワイパーアームの支点がウィンドー下にあることから1975年以降の車をモデル化しています。実車の雰囲気が良く再現されていて、特徴的なフロントグリルや灯火類などの細部もリアルです。底板部分にはサスペンションやドライブシャフトなどもそこそこ良く再現されています。FJ40系の1/43量産ミニカーとしてはこのエブロ製が一番出来が良いと思います。ランドクルーザー 20/40系のミニカーはたくさんあります。当時物ミニカーではモデルペットの21型が1960年に発売され、トミカが1975年頃に40型を、ダイヤペットが1980年頃に1/30で40型を、トミカ ダンディが1982年頃に40型を、外国製ではポリスティルが1980年頃に40型を数種類モデル化しています。当時物以外ではエブロとよく似た出来ばえの国産名車コレクション(ノレブ製)の40型、国産名車コレクションの型を流用したFIRST43の40型、トミカ リミッテドの40型 1/60、ブッシュの40型 1/87などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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