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MASERATI A6G 2000 SPIDER 1952 ITALY |
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![]() IXO 141817 1/43 97㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ A6G 2000 スパイダー イタリア 1952
マセラティ社はイタリアのマセラティ兄弟によって1919年に設立されました。エンジンのチューニングが専門で、ディアット社でレースカーの製作を始め1926年からマセラティのブランドを立ち上げています。第1号車がタルガ フロリオでクラス優勝し、その後も1930年に登場した8C 2500などで当時のGPレースで活躍しています。戦前のマセラティは競争力のあるレーシングカーを開発し、そのレプリカを販売するといった商売をやっていました。
戦後の1947年になって初めて一般向けのスポーツカーが市販されました。ピニンファリーナなどが架装する特注ボディに、直列6気筒1.5L (65HP)エンジンを搭載したA6 1500で、4段変速で最高速150km/hの性能でした。画像の車は、カロッツェリア フルア(FRUA)製のスパイダーで、5台しか製作されなかったということです。 1951年には2L(100HP)にエンジンを強化したA6G 2000が追加され、1954年にはエンジンをDOHC化して150HPにパワーアップしたA6GCS/54に発展しています。
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ミニカーはマセラティ創立90周年記念として2005年にイタリアの出版社が企画した「La MASERATI modelli che hanno fatta la storia(マセラティ 歴史的なモデル)」というシリーズ物の一つで、製造元ははイクソのようです。A6GCSはバンなどが何種類かをモデル化しています。 |
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MASERATI 3500GT 1957 ITALY |
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![]() MERCURY 24 1/43 108㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ 3500GT イタリア 1957
1957年に250FでGPレースのタイトルを獲得したマセラティは財政難からワークス活動から撤退し、量産車の販売に本腰をいれました。その年に発表された3500GTはGPカー譲りのDOHC6気筒3.5L(225HP)エンジンを、カロッツェリア トゥーリング製の2+2座クーペ ボディに搭載した高級車で、4段変速で最高速230km/hの性能でした。
1960年にフロント ディスクブレーキが採用され、1962年にルーカス製のダイレクトインジェクション式エンジン(235HP)と5段変速を採用した3500GT MK IIに発展しました。3500GTは1964年までに約2000台が生産されて大成功し、マセラティの財政状況を回復させました。
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ミニカーは当時物としてはこれしかないマーキュリー製の傑作モデルです。マーキュリー流のダイナミックなデフォルメで実車のプロポーションから少し外れていますが、実車の持つ迫力を感じさせる出来映えとなっています。 |
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MASERATI 250F 1957 ITALY |
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![]() BRUMM R092 1/43 100㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ 250F イタリア 1957
前述したスポーツカー A6をベースにしたレーシングカー A6GCMが1951年に登場します。1952年と1953年のワールドチャンピオンシップはエンジン排気量2Lのフォーミュラ2(F2)で行われており、DOHC 6気筒2L(160HP)エンジンを搭載したA6GCMはこのF2用のマシンでした。
1954年に2.5Lエンジンのフォーミュラ1が施行され、それに対応した250Fが登場します。250FはA6SSGをベースにしたマシンで、デビュー戦の1954年アルゼンチンGP(ドライバー J.M.ファンジオ)で優勝しています。1955年から1957年にかけて250Fは大活躍し、1957年にはマセラティ初のワールドチャンピオンシップを獲得しています。ただこの1957年をもってマセラティはF1から撤退しました。250Fはエンジンをフロント搭載したF1の最高傑作とされています。
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ミニカーはブルム製で、1983年頃に発売されました。1957年のドイツ GP優勝車(ドライバー J.M.ファンジオ)をモデル化しています。ノーズが少し尖りすぎのような気がしますが、当時のミニカーとしては良くできています。ブルムはV型12気筒エンジンのテスト車など10種類ほどのバリエーションを出しています。それ以外ではソリドの1/43、ポリスティルの1/43、1/16、CMCの超精密1/18などがあります。 |
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MASERATI TIPO 61 'BIRDCAGE' 1960 ITALY |
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![]() MINICHAMPS 400601266 1/43 89㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ ティーポ 61 ’バードゲージ’ イタリア 1960
1957年にマセラティはF1から撤退しましたが、その後もレーシングカーの開発を続けていました。A6GCSの後継車として150S(DOHC 4気筒1.5L)/200S(DOHC 4気筒2L)が1955年に登場 同じ頃に300S(6気筒3L)、350S(6気筒3.5L/V型12気筒4.5L)、450S(V型8気筒4.5L)と排気量の異なるレーシングカーが開発されており、各種レースで活躍しました。
1959年に鋼管スペースフレーム構造で軽量化と高剛性を両立させた独特のボディ(バードゲージ(鳥籠)と称された)で有名なティーポ 61が登場しました。ティーポ 61はデビューレースで優勝し、1960-1961年のニュルブルクリング優勝、1960年ルマン出場(リタイア)など活躍しました。ティーポ 61にはティーポ 60/63/64/65の派生車があり、60は4気筒2Lエンジン搭載、63から65は4気筒やV型8/12気筒エンジンをミドシップ搭載していました。
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ミニカーはミニチャンプス製で、2008年に発売されました。バハマのナッソーにあるサーキットで行われた1960年のナッソー トロフィ出場車(ドライバー J.ホール)をモデル化しています。ミニチャンプスの絶頂期に作られたモデルで、特徴のバードゲージ構造を再現したコクピット、精緻なワイヤースポークホイールなど非常に気合いの入った素晴らしい出来ばえです。(ただし通常品価格の約1.5倍と高かった) ミニチャンプスは1/18も含めて数種類のバリエーションを出しています。それ以外ではプロゲットKの1/43や鋼管スペースフレーム構造を完全に再現したCMCの1/18超精密モデルなどがあります。また150Sから450SのミニカーはBANGやJOLLY MODELなどがモデル化しています。 |
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MASERATI 3500GT SPYDER VIGNALE 1961 ITALY |
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![]() MINICHAMPS 400123230 1/43 105㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ 3500GT スパイダー ヴィニャーレ イタリア 1961
1959年にミケロッティのデザインでカロッツェリア ヴィニャーレがボディを架装したスパイダー ヴィニャーレが登場します。ホイールベースがクーペよりも100mm短く、ボンネットやトランクリッドはアルミ製で軽量化されていました。
最高速はクーペと同じ230km/hでしたが、加速性能が向上しています。1961年にクーペと同じインジェクション式エンジンに変更され、1964年までに約250台が生産されました。
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ミニカーはミニチャンプス製で、1/43ではスパイダーはこれしかモデル化されていないようです。ミニチャンプスらしい手堅い出来映えで、フロントグリルの3本の矛のエンブレム、サイドから引き回した排気管、内装など良く再現してあります。 |
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MASERATI MISTRAL 1963 ITALY |
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![]() SOLIDO 139 1/43 105㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ ミストラル イタリア 1963
3500GTの上級車としてV型8気筒5L(350HP)エンジンを搭載した5000GTが1959年に発表されましたが、これは少量生産でした。3500GTの後継としては、2+2座のセブリングと2座のミストラルが、1963年に登場します。基本設計は3500GT スパイダーと同じで、ミストラルはさらにホイールベースが100mm短くなっていました。
エンジンは当初3.5Lでしたが、すぐに3.7L(245HP)に代わり、5段変速で最高速はどちらも245km/hの性能でした。ピエトロ フルアがデザインしたミストラルには少数ですが、スパイダーもありました。排気量が4Lまで拡大され、1970年までに両車で約1500台ほどが生産されました。
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ミニカーはソリドの当時物です。バンパー、グリル、ホイールがまだ金属で作られている昔のミニカーですが、非常に良くできています。セブリングのミニカーについてはポリトーイの型番501が3500GTという名前になっていますが、セブリングをモデル化しているようです。 |
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MASERATI QUATTROPORTE 1966 ITALY |
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![]() POLITOYS 541 1/43 114mm
実車諸元 画像参照
マセラティ クワトロポルテ イタリア 1966
最上級車5000GTの後継として、1963年にクワトロポルテが登場しました。クワトロポルテとはイタリア語で「4ドア」という意味で、まさしくその名前どうりの4ドアセダンで、ピエトロ フルアのデザインでした。DOHC V型8気筒4.1L(260HP)エンジンを搭載し、4輪ディスクブレーキ、5段変速で最高速は210km/hの性能でした。
内装は豪華で、パワステ、パワーウィンドウ、エアコンが標準装備され、ジャガーなどに匹敵する高性能サルーンとされました。1969年に排気量を4.7Lに拡大し、1971年までに約700台が生産されました。
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ミニカーはポリトーイの当時物です。ヘッドライトが角形から丸型4灯に変わった後期型をモデル化しています。4ドア開閉ギミックのせいでキャビン周りの出来が良くありません。またボディ全体のプロポーションもあまり実車に似てないので、人気のないミニカーとなっています。実車はもっと優雅なデザインです。 |
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MASERATI GHIBLI 1966 ITALY |
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![]() AUTOPILEN 507 1/43 102mm
実車諸元 画像参照
マセラティ ギブリ イタリア 1966
セブリングとミストラルの上級車として、メキシコとギブリが登場します。メキシコはミケロッティのデザインでヴィニャーレ製の2+2座ボディにDOHC V型8気筒4.7L(290hp)エンジンを搭載し、最高速240km/hの性能でした。内装は豪華でエアコン、パワーウインドウが標準装備で、ラジオ、自動変速機などがオプション設定されていました。1966-1973年の期間で約400台が生産されました。
ギブリはメキシコと同じ構造ながら、ホイールベースが短い2座のクーペで、ジウジアーロによる直線基調のデザインとなっています。またエンジンも330HPにチューンされており、最高速265km/hと当時のフェラーリ デイトナなどと張り合う高性能車でした。ギブリにはスパイダーも設定され、1970年には排気量を4.9Lに拡大したギブリ SSに発展し、1973年までに約1300台が生産されました。
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ミニカーはオートピレン製で、ポリトーイの型番591をベースにしているようですが、オリジナルよりもホイールなどの見栄えが良くなっています。またオートピレンがよく使うこの赤いメタリックカラーもこの車には良く似合っています。なおメキシコの方はいまのところ、量産品としてはモデル化されていないようです。 |
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MASERATI INDY 1969 ITALY |
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![]() SOLIDO 185 1/43 110mm
実車諸元 画像参照
マセラティ インディ イタリア 1969
メキシコ/ギブリの上級車としてインディが1969年に登場します。ギブリのようなクーペ スタイルで大人4人が乗れるというのがコンセプトでした。名前のインディはマセラティがインディ 500を1939年から2連覇したことにちなんだものでした。DOHC V型8気筒4.2L(260HP)エンジンを搭載し、5段変速で最高速250km/hの性能でした。
大容量のラゲッジスペース、パワーステアリング、総革張りの豪華な内装など、居住性に配慮した高級なGTカーに仕上げられていました。ギブリに似たクーペ スタイルながら落ちついた雰囲気も感じられるのは、ミケロッティのデザインだからでしょうか。1970年に4.7L(290HP)エンジンを追加、1973年に4.9L(330HP)エンジンに切り換え、1975年までに約1100台が生産されました。
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ミニカーはソリドの当時物です。ソリドらしい非常にシャープな仕上がりで、素晴らしい出来映えです。現在のミニカーに比べると細かなパーツが付いていないですが、これぐらいシンプルなのも悪くないと思います。 |
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MASERATI BORA 1971 ITALY |
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![]() DIAPET 120-1421 1/40 110㎜
実車諸元 画像参照
マセラティ ボーラ イタリア 1971
マセラティは1968年にシトロエン傘下となりました。シトロエンの意向で、マセラティは同社初のミドシップエンジンの2シータースポーツカーを開発し、1971年にボーラとして発表します。デザインはギブリと同じイタルデザインのG.ジュージアーロで、ギブリやインディのイメージをミドシップエンジン車として進化させたスタイルとなっています。(ステンレス製のルーフが特徴です) ギブリ用のV型8気筒4.7L(310HP)エンジンを搭載し、マセラティ市販車初の全輪独立サスペンション、シトロエンのハイドロニューマティック方式油圧システムがブレーキ制御、ヘッドライトのアップ/ダウン、シートのアジャストなどに使われました。
1973年にアメリカ排ガス規制対策で、アメリカ向けはエンジンが4.9Lに変更されました。(この際にフロントフードにグリルが追加され、1976年には4.9Lが標準になりました) フェラーリなどのミドシップスポーツカーは12気筒エンジンを搭載しており、8気筒エンジンのボーラは性能的に見劣りがしました。また外観的にも派手さが足りなかったのか、ボーラの販売は芳しくなく1978年に生産中止となりました。(総生産台数は約500台)
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ミニカーはダイヤペットの当時物です。1970年代後半の日本はスーパーカーブームの真っ只中で、これはそのブームで作られました。現在の基準ではおもちゃに見えますが、当時の国産品ではそこそこ良い出来でした。プロポーションはそんなに悪くないのですが、車高が高いので不格好に見えます。ボディを少し押し下げてやると見栄えが良くなります。これ以外の当時物国産品ではトミカ ダンディ、サクラのスーパーカーシリーズ、エーダイのグリップ(1/28)などがありました。国産品以外の当時物ではマッチボックスやメーベトイがあります。最近ではミニチャンプスやイクソなどがあります。 |
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