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日産 スカイライン ハードトップ GT パサージュ ツインカム 24 R31型 日本 1985年
1985年に日産 スカイライン 7代目(R31型)が登場しました。先代のデザインをややおとなしくしたようなデザインとなりました。当初は4ドアセダン/ハードトップのみで、1986年にワゴンと2ドアクーペが追加されました。エンジンは6気筒2L(DOHCターボ 210HP/SOHCターボ 170HP)、6気筒2Lディーゼル、4気筒2Lなどで、4段AT/5MTで最高速は180Km/hでした。最上級グレードには世界初の4輪操舵システムが設定されていました。
大人しいイメージになったスカイラインは、同じ車台を使うローレルやレパードとの違いがあやふやになり、販売が低迷しました。そこで1986年にはクーペに高性能版のGTSを追加するなどの対策が行われました。1987年のマイナーチェンジでは、外観をクーペ系のデザインに統一し、グループAのホモロゲーションモデル GTS-Rが限定販売されました。(実車画像→ 日産 スカイライン GTS-R) 販売が低迷した7代目はスカイラインで初めての失敗作であると評価されています。当時の日産車がどれも似たり寄ったりのデザイン/性能だったのが一番の原因だったと思います。1989年にスカイライン 8代目にモデルチェンジしました。
ミニカーは1986年に発売されたダイヤペット製の当時物です。最上級グレードのパサージュ ツインカム 24をモデル化しています。ダイヤペットの協力会社の12番工場製で、プロポーションが良く全体的な雰囲気はうまく再現されているのですが、黒いフロントグリルとヘッドライトの枠が目立ちすぎるのが今一つです。ボンネット/ドア/トランクが開閉するギミック付きです。これ以外の当時物としてはダイヤペットのクーペ GTS、トミカのクーペ GTSとそのレース仕様などがありました。当時物以外では京商のクーペ GTS(1/43、1/64)、エブロのGTS レース仕様、アオシマのクーペ GTS、イグニションモデル(レジン製)のクーペ GTS、ハイストーリー(レジン製)のセダンとワゴンなどたくさんあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームとリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ タウンエース 4WD ロイヤルラウンジ 日本 1985年
1967年にパブリカの空冷2気筒800㏄エンジンを搭載するキャブオーバーの商用車ミニエースが登場しました。当初はトラックだけでしたが、1968年にハイエースの小型版としてワンボックスのバンが追加されました。1970年にミニエースの後継車としてライトエース 初代(4気筒1.2L/1.3Lエンジン搭載)が登場しました。1976年にはライトエースの上級車としてタウンエース 初代(4気筒1.2L/1.6L、後に1.3L/1.8Lエンジン搭載)が登場しました。この時点でトヨタの商用車のラインナップはハイエース、タウンエース、ライトエースとなりました。
(実車画像→ トヨタ ミニエース 1968) (実車画像→ トヨタ ライトエース ワゴン 1970) (実車画像→ トヨタ タウンエース ワゴン 1976)
当初のタウンエースは商用車が主体でしたが、3列シートのワゴンは徐々に乗用車的要素が充実していきました。1982年にタウンエース 2代目(4気筒1.6L/1.8Lと4気筒1.8Lディーゼルエンジン搭載)が登場しました。乗用車系のワゴンは見た目だけでなく、冷温蔵庫やカラーTVなど装備が高級化し、トラック系はライトエースと共通化されました。1983年に4気筒2Lエンジンを追加し、1985年のマイナーチェンジでは開閉脱着可能なガラス製サンルーフが設定され、パートタイム式4WD仕様が追加されました。1987年のマイナーチェンジで外観が丸みを帯びたデザインに変更されました。1992年にはライトエースの乗用車系がタウンエースと共通化されました。1996年にタウンエース 3代目にモデルチェンジし、ワゴン系はタウンエース ノアとなりました。
ミニカーは1987年に発売されたダイヤペット製の当時物です。ダイヤペットの協力工場の14番工場製で、タウンエース 2代目の最上級仕様の4WD ロイヤルラウンジをモデル化しています。当時のミニカーとしてはプロポーションが良く、実車に即した4WDのロゴ(紙シール)が貼られているなど、かなりリアルに出来ていました。(デカールでナンバープレートまで付いていました) ただし縮尺1/32の中途半端なサイズでモデル化されているのが今一つでした。スライドドアとテールゲートが開閉するギミック付きです。このタウンエースのミニカーは、当時のタウンエースがファミリーユースの乗用車として人気があったことを示すものでした。ダイアペットはバリエーションで救急車やパトカーもモデル化していました。これ以外のタウンエースのミニカーはトミカ リミッテドが初代を数種類モデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像とテールゲート開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ カリーナ ED G リミッテド T160型 日本 1985年
1985年にトヨタ セリカ 4代目の姉妹車としてコロナ クーペとカリーナ EDが登場しました。カリーナ EDはセリカの4ドア仕様といった性格の車で、ピラーレスハードトップを採用した小さなキャビンで車高を低くしていました。これは実用性を犠牲にして見た目のかっこよさを最優先したデザインでした。当時の自動車デザイン専門誌ではワーストデザインだと酷評されましたが、一般ユーザーには好評で大ヒットしました。(今見てもシンプルでかっこいいです。最近はクーペ風4ドアセダンが流行っていますが、この車のデザインはその先駆けとも言えます)
当初のエンジンは4気筒1.8L/DOHC 4気筒2L(140HP)で、1987年には2Lがハイメカツインカム方式DOHC(1本のカムシャフトで吸排気カムを駆動する実用的なDOHC)に変わり、1988年には1.8Lもハイメカツインカム方式でDOHC化されました。1987年のマイナーチェンジでフロントグリルにフォグランプが内蔵され、EDのロゴがライトと連動して点灯する「ブライトエンブレム」と称するギミックが採用されました。1989年に2代目カリーナ EDにモデルチェンジしました。
ミニカーはCAM製(レジン製)で、2018年に発売されました。私はレジン製ミニカーは基本的に買わないのですが、今までモデル化されていなかったカリーナ EDのミニカーが欲しかったので買いました。ミニカーの出来ばえとしては普通に良く出来ていると思います。ただし特別に目新しいところがあるわけではなく、とても定価11880円に見合ったミニカーではありません。高額なことを別にして最大の不満点はタイヤが回転しないということです。なぜ最近のレジン製ミニカー(全部ではないですが)はタイヤを固定式にするのか理由がわかりません。タイヤを回転させる構造は実に簡単ですし、自動車というものはタイヤが回転して動くのですから、その基本的な機能を無視するやり方は理解できません。別に転がして遊ぶわけではないですが、普通のミニカーコレクターはこのような不自然な構造を望んでいないはずです。これ以外のカリーナ EDのミニカーはMARK43(レジン製)があります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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マツダ サバンナ RX-7 FC3S型 日本 1985年
大成功したマツダ サバンナ RX-7(SA型)の後継車サバンナ RX-7(FC型)は本格派スポーツカーとして1985年に登場しました。簡素だった内装が豪華になり、電子制御式可変ダンパー/速度感応式パワーステアリングなど先進装備が設定されました。マルチリンク式後輪独立懸架サスペンション、ベンチレーテド4輪ディスクブレーキなど足回りが強化され、ロータリーエンジンも電子制御式13Bツインターボ(185HP)で大幅にパワーアップされ、4段AT/5段MTで最高速210km/h以上(輸出仕様)と高性能でした。
デザインはポルシェ 924を真似たといわれましたが、それだけスポーツカーらしいスタイルとなりました。1989年のマイナーチェンジで、エンジンが205HPにパワーアップし、リアライトが丸型6灯にかわりました。1987年にはフルオープンで2シータのカブリオレが追加されました。(実車画像→ サバンナ RX-7 カブリオレ) 1991年にRX-7 3代目(FD)にモデルチェンジしました。
RX-7(FC)は高性能になった分かなり高価格(当時約200-330万円)でしたが、RX-7(FC)の登場を待っていた私はすぐにRX-7(SA)から乗り換えました。この車でパワーウインドー、パワーステアリング、ドアミラーなど初めて経験することになりましたが、走りを初めとしてRX-7(SA)とは全く別物の車でした。メータナセルについたクラスタースイッチなど独特のコクピット周りも懐かしく思い出します。
ミニカーは1986年に発売されたダイヤペット製の当時物です。当時のダイヤペット製ミニカーとしてはリアルな造形で、実車の雰囲気が良く再現されていて、かなり良い出来ばえです。実車に忠実な形状のホイールやプレスドア、室内など細部も良く再現されています。なおドアミラーとテールスポイラーがボディ同色となったのは正確には1989年のマイナーチェンジ後なのですが、ミニカーではそれを先取りした形となっていました。リトラクタブルヘッドライト/ボンネット/ドア開閉ギミック付きです。当時物ミニカーはこのダイヤペット、トミカ、トミカ ダンディがありました。2000年以降にトミカ リミッテドSでトミカ ダンディのリメイク版、トミカ リミッテドの1/64、Mテックの後期型、京商の後期型、アオシマDISMの前期/後期型などが発売されました。最近のレジン製ではハイストーリー、MARK43、イグニッションモデルなどがあります。また最近までカブリオレのミニカーがなかったのですが、2021年にハイストーリーがレジン製でモデル化しました。 以下はフロント(ヘッドライト開閉)/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ホンダ アコード エアロデッキ 日本 1985年
アコードの2代目が1981年に登場します。初代のイメージを踏襲し、より直線的なデザインになりました。姉妹車のビガー(角形4灯式ヘッドライト)も同時に発売されました。ボディ形式は4ドアセダンと3ドアハッチバックで、エンジンは4気筒1.6L/1.8L(98HP)が搭載され、5段変速/4段自動変速 最高速173km/h(1.8L)の性能でした。オプションで前後荷重に応じて車高を調整するサスペンションやガスレート式ジャイロを使った世界初のカーナビが装備されました。1983年のマイナーチェンジで、逆スラントだったフロントがスラントノーズに変わりました。
1985年にアコードの3代目が登場します。当時流行だったリトラクタブルヘッドライトを採用した低いフロントが特徴です。4ドアセダンとエアロデッキと称するワゴンのような長いテールを持つハッチバックの構成で、エアロデッキは人気がありました。(欧州向けはセダンは角形4灯、エアロデッキはリトラクタブルヘッドライト) 前輪駆動車として初の4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションを採用したのも特徴でした。エンジンは4気筒1.8L(110HP)と新開発のDOHC 4気筒1.8L/2L(137HP)でした。1987年のマイナーチェンジで、欧州向けセダンと同じヘッドライトのCAが追加され、1988年には北米で製造された左ハンドルの2ドアクーペが国内発売されました。1985年の日本 カー オブ ザ イヤーを受賞しています。
2代目アコードのミニカーは国産品ではモデル化されておらず、マジョレットの1/59のセダンがあるだけのようです。 3代目アコードも何故か国産ではモデル化されておらず、最近までリーツェの1/87のエアロデッキぐらいしかありませんでした。画像は2013年にモデル化されたNEOのものです。画像はNEOのWEBサイトから借用しました。画像を見る限りでは、良く出来ているようです。NEOはあまりモデル化されていない車種を選んでモデル化しているので、気になるミニカーが多いのですが、レジン製では買う気になりません。
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