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ブガッティ T41 No.41111 ロワイヤル エズデール (2号車) フランス 1932年
ブガッティ T41 2号車はパリの富豪アルマン エズデール(Armand Esders)に1932年に販売されました。この2号車に最初に載せられたボディはエットーレ ブガッティの長男ジャンがデザインした2シーターのロードスターでした。全長6mの大柄なボディながら2シーターという贅沢なデザインで、夜間は運転しないということでヘッドライトが付いていませんでした。この車の名前「エズデール」はオーナーの名前にちなんだものでした。
この車は3年ほどでエズデールから、フランスの政治家のレイモンド パトノートル(Raymond Patenotre)の所有となりました。新しいオーナーは1938年頃に2号車のボディを前述した1号車クーペ ナポレオンに似せたクーペ デビル(COUPE DE VILLE)というボディに載せ替えました。その後この車はルーマニアの国王が購入することになったそうですが、その国王が第2次大戦で失脚したので引き渡されないままパリの下水道に隠されて戦火を逃れ、戦後になってアメリカのハラーコレクションに収められました。現在はブガッティのブランドを持つフォルクスワーゲン社が所有しているそうです。(実車画像→ ブガッティ T41 クーペ デビル 1938)
なお2号車の最初のエズデール ボディはブガッティのコレクターで1号車と4号車を保有していたシュルンプ兄弟がブガッティ工場に残っていた部品を使ってレプリカ作成に着手しましたが未完成でした。最終的にはシュルンプ兄弟のコレクションを引き継いだフランス国立自動車博物館が1990年にレストアを完成させました。現在もフランス国立自動車博物館が保存しているようです。
ミニカーはフランスのミニカー付雑誌「VOITURES CLASSIQUES」のNo1として2005年頃に発売された物で、当方はオークションで入手しました。メーカーはイクソで、イクソは同じ物(細部の仕上げが多少違う)を型番MUS004で2006年に発売しています。復元された2号車の実車を忠実に再現してあり、鮮やかなツートンカラーの魅力的なカラーリング(実車のフェンダーは青ではなく緑なので色合いが異なるが)や室内の造形など良く出来ています。これ以外のエズデールのミニカーはフランクリン ミントの1/24、ウエスタンモデルのハンドメイド品(ホワイトメタル製)があります。 以下はフロント(マスコット拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ブガッティ T41 ロワイヤル No.41141 コーチ ケルネル (5号車) フランス 1932年
ブガッティ T41 ロワイヤル 5号車はパリのコーチビルダー ケルネル(KELLNER)社が2ドアセダンボディを架装したので、コーチ ケルネルとして知られています。この車は顧客からの注文があって製作されたのではなく、1932年のロンドン モーターショーの展示車として製作されました。ロールス ロイスの3倍もする高価格の為に5号車は売れ残り、その後はブガッティ家が所有していました。
1950年のルマンに参戦したアメリカ人の起業家でレーシングドライバーでもあったブリックス カニンガム(Briggs Cunningham)がブガッティ家を訪問し、同家に保管してあったこの5号車と6号車を格安の価格で購入しました。カニンガムは5号車と6号車を整備し、6号車は1952年にアメリカのコレクターに売却されました。5号車は彼が設立したブリックス カニンガム博物館に展示されました。カニンガム博物館は1986年に閉鎖され、5号車は1987年にオークションにかけられスウェーデンのハンス チューリン氏が落札し、その後も所有者が転々とし1990年代に日本人でメイテック(株)の元社長の関口房朗氏が所有していたこともありましたが、最終的に現在の所有者がだれなのかは不詳だそうです。
この車は最近までミニカーがありませんでしたが、2008年ごろにフランスのミニカー付雑誌「VOITURES CLASSIQUES」のNo.45でモデル化されました。画像はその「VOITURES CLASSIQUES」のWEBサイトから拝借しました。メーカーはイクソで、同社のクラシックカーはいずれも良い出来ばえでしたので、このブガッティ T41 5号車のミニカーもかなり良い出来ばえであるはずです。実物を入手したいのですが、国内のオークションに出てくることなどは無いようですので、イクソがカタログモデル化してくれるのを待ちます。(2023年現在でカタログモデル化されていないので、たぶんもう発売されないでしょう)
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ブガッティ T50 クーペ フランス 1932年
前述したブガッティ T44とT41 ロワイヤルの間を埋める車としてT46が1929年に登場しました。T46はホイールベースが全長約4.5m(ホイールベース 約3.5m)の大型車で当時のブガッティの最高級車となりました。(T41は別格の超高級車でしたので) エンジンはT44用のSOHC8気筒3Lエンジンを5.4L(140HP)に拡大して搭載していました。4ドアセダン/リムジンや2ドアクーペ/カブリオレなどのボディが架装され、3段変速で最高速136km/hほどの性能でした。1930年にスーパーチャージャーを追加して160HPにパワーアップしたT46Sが追加されました。T46は1936年まで生産され総生産台数は約400台でした。
1931年にT46のホイールベースを約3.1mに短縮したスポーツ仕様のT50が登場しました。T50はDOHCを初めて採用した新設計のスーパーチャージャー付DOHC 8気筒5L(225HP)の高性能エンジンを搭載していました。ボディはスポーティな2ドアクーペが架装されたものが多く、創業者エットーレ ブガッティの長男ジャンがデザインした極端に寝かされたフロントスクリーンが特徴的なクーペが有名でした。3段変速で最高速175km/hほどの性能でした。ツーリングカー仕様のT50T、470HPにパワーアップされたレースカー仕様のT50Bがありました。T50は約65台が1934年までに生産されました。
ミニカーは1972年に発売されたリオ製です。T50では一番有名な極端に寝かされたフロントスクリーンを持つクーペをモデル化しています。実車の独創的なデザインが誇張したデフォルメでかっこよく再現されていて良く出来ています。特に側面からみるとこのデザインの独創性がよく分かります。赤/黒の派手なカラーリングも実車に即していますが、昔のミニカーなので赤と黒の塗り分け部分があまりきれいでは無いのが惜しいです。またミニカーのホイールベースは90㎜で1/43で換算すると約3.9mになりますので、1/43サイズとしてはかなり大きめに出来ています(実際には縮尺1/35ぐらいとするのが正しいでしょう) ボンネットを取り外すとエンジンが再現されていて、ドアが開閉し室内もリアルに再現されています。これ以外のT46/T50のミニカーはウエスタンモデル(ホワイトメタル製)のT46、ルックスマート(レジン製)のT50、マトリックス(レジン製)のT46などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ブガッティ T41 ロワイヤル No.41131 リムジン パークウォード (4号車) フランス 1933年
ブガッティ T41 4号車はイギリス人のカスバート W フォスター (Cuthbert W. Foster)大佐が1933年に購入しました。イギリスのコーチビルダー パークワード(Park Ward)社がイギリス的な落ち着いた雰囲気のリムジーンボディを架装しましたので、フォスターカー又はパークウォード リムジンと呼ばれています。実車の写真ではフロントグリル上にブガッティ T41のシンボルである象のマスコットが付いていますが、フォスター大佐は以前に所有してお気に入りであったロールス ロイスと同じフライイング レディのマスコットを付けていたとも言われています。
1946年にイギリスのブガッティのディーラー ジャック レモン バートン(Jack Lemon Burton)に売却されました。その後1956年にアメリカのブガッティ コレクターであるジョン シェイクスピア(John Shakespeare)に売却され、彼のブガッティ コレクションの1台となりました。その後財政難に直面したシェイクスピアは、1963年に彼の車のコレクションを同じブガッティ コレクターであるフリッツ シュルンプ(Fritz Schlumpf)に売却しました。現在は「シュルンプ コレクション」としてフランス国立自動車博物館に1号車 クーペ ナポレオンと一緒に展示されているそうです。
この車は最近まではミニカーがありませんでしたが、2008年ごろにフランスのミニカー付き雑誌「VOITURES CLASSIQUES」シリーズのNo.48でモデル化されました。画像はその「VOITURES CLASSIQUES」のWEBサイトから拝借しました。メーカーはイクソで、同社のクラシックカーはいずれも良い出来ばえでしたので、このブガッティ T41 4号車のミニカーもかなり良い出来ばえであるはずです。実物を入手したいのでイクソのカタログモデルが発売されるのを待っているのですが、2020年現在でまだ発売されていないようです。(2023年現在でもカタログモデル化されていないので、たぶんもう発売されないでしょう)
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ブガッティ T59 フランス 1933年
1920年代の傑作レーシングカー ブガッティ T35の後継車として、T51が1931年に登場しました。T51のエンジンはT35BのOHC 3バルブ8気筒2.3Lスーパーチャージャー(138HP)エンジンをDOHC 2バルブに変えて160-180HPにパワーアップしたものでした。外観的には、T51はT35とほぼ同じでした。1931年に排気量を4.9L(250HP以上)に拡大し、ホイールベースを延長したT54が登場しました。なおT51/T54は単座ではなく助手席の付いた2座のマシンでした。
1934年から始まった750㎏フォーミュラー(現在のF1)に向けて、ブガッティ最後のグランプリカーとなったT59が開発されました。T59は改良したT54のシャーシにDOHC 8気筒2.9Lスーパーチャージャー エンジンを搭載していました。1933年のスペイン GPに参戦し結果は4位とリタイアでした。1934年には排気量を3.2L(250HP)に拡大し、フランスGPで4位となっています。T59は美しいデザインのマシンでしたが、メルセデス ベンツ GPなどの強いドイツ勢に対して総合的な競争力で劣っていました。
そこで単座化などでシャーシを軽量化し、T50用の8気筒5Lエンジンをベースとする4.7L(402HP)/4.4L/3L(275HP)エンジンを搭載した改良型T59/50Bが1936年に開発されました。(外観も大幅に変わっていました) ただ基本設計が古いシャーシでは、このハイパワーを生かすことができませんでした。当時のブガッティは財政的に困窮しており、レースの予算は主にT57G(タンク)を有するスポーツカーレースに向けられてました。その為T59はこれ以上改良されることはなく、あまり活躍できませんでした。(実車画像→ ブガッティ T59/50B)
ミニカーは1981年頃に発売されたブルム製で、T59をモデル化しています。このミニカーがどのレースの参戦車をモデル化しているのかは明確ではないのですが、1933年式となっているのでたぶんスペイン GPに出場した車をモデル化しているのだと思われます。この型番R042は再生産された際には1934年 フランスGP #14(これも実車不明)に変更されました。ブルムの初期のミニカーは時代考証が適当なものが多いです。時代考証は今一つですが、ホイールやインパネのリアルな造形などは1981年当時のミニカーとして良くできていました。ブルムは10種類ほどのバリエーションを作っています。これ以外のT59のミニカーはBブラーゴの1/18などがあります。T51のミニカーはマッチボックスの1/35があり、T54はミニチャンプスのロードスターがあります。以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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