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フォード マスタング II マッハ I アメリカ 1975年
1974年にマスタングの2代目マスタング IIが登場しました。初代がサイズを拡大して販売が低迷したことやアメリカ車全体の小型車化の流れから、2代目は初代に原点復帰したコンパクトなサイズとなりました。コンパクトカー ピントのシャーシを流用し、ボディは全長X全幅が4.45X1.78mと初代並みのサイズになりました。デザインはフォード傘下となったイタリアのギアによるもので、ノッチバッククーペ(ハードトップ)とハッチバッククーペがありました。ノッチバッククーペには豪華仕様のギア、ハッチバッククーペにはスポーツ仕様のマッハ Iがありました。(実車画像→ フォード ピント 1971)
当初のエンジンはピント用の4気筒2.3L(88HP)と高性能版マッハ I 標準のV型6気筒2.8L(105HP)で、1975年にV型8気筒4.9L(122HP)が追加されました。1976年にはブラックアウトしたグリルやスポイラーを装備してマッハ Iより高性能にチューンされたコブラ II(エンジンは全て選択可)が設定され、1978年にはコブラ IIの発展型であるキング コブラが設定されました。(実車画像→ フォード マスタング II コブラ II 1976)
当時オープンカーの転倒時の保安基準が強化され、マスタング IIにはフルオープンのカブリオレが設定されず、その代わりに1977年にTバー ルーフが設定されました。マスタング IIのコンパクトカー回帰は成功し、初年度に約38万台(初代とほぼ同等)を販売しました。マスタング IIはその後のアメリカ車全体の小型化の良い先例となり1978年まで生産され、1979年に3代目にモデルチェンジしました。(実車画像→ フォード マスタング 1979)
ミニカーはトミカ ダンディ製の外国車シリーズで1978年に発売された当時物です。スケールが1/45とやや小さめなのが今一つでしたが、プロポーションが良く当時の国産ミニカーとしては良い出来ばえでした。ボンネットとドアが開閉するギミック付きで、ボンネットを開くとエンジンが再現されていて、室内もそこそこ良く再現されていました。これ以外のマスタング II の当時物ミニカーとしてはダイヤペットのマッハ I 1/30、トミカのギア 1/63、マッチボックス Kシリーズのコブラなどがありました。当時物以外ではNEO(レジン製)の1/43、グリーンライトの1/18と1/43と1/64、ジョニーライトニングの1/64などがあります。マスタング 2代目/3代目/4代目のミニカーは実車の人気が低下したことから、初代に比べるとあまりミニカーがありませんでしたが、2010年以降に増えました。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリアの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


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フォード グラン トリノ GT アメリカ 1976年
フォード トリノはアメリカ フォードの中型乗用車で、トリノの初代は1968年にフェアレーンの上級車として設定されました。前述したようにトリノ 3代目は1972年に登場しました。1976年式はトリノ 3代目の最終モデルで、この当時のトリノは大衆車ながら一部はハイパワーエンジンを搭載したマッスルカーとしても知られていました。2ドアハードトップ、4ドアセダン、4ドアワゴンの設定がありました。高性能版グラン トリノのエンジンはV型8気筒(5.8L-7.5L(202HP))で、3段自動変速機で、最高速186km/h(7.5L)の性能でした。グラン トリノ 1976年式はTVドラマ「刑事スタスキー&ハッチ」に登場する赤い車として有名です。(実車画像→ フォード グラン トリノ 刑事スタスキー&ハッチ)
1974年にグラン トリノ スポーツのファストバックモデルが廃止され、その代わりにグラン トリノ エリートが設定されました。この車は当時人気のあったGM シボレー モンテカルロに対抗するために設定されたもので、フォード サンダーバードより安価なパーソナル ラグジュアリーカーでした。この車はトリノよりも売れるようになり、1976年にトリノの名前は廃止され、1977年に後継車としてLTD IIが登場しました。(実車画像→ フォード グラン トリノ エリート 1976、フォード LTD II 1977)
ミニカーは2012年に発売されたミニチャンプス製で、グラン トリノをモデル化しています。実車のサイズ全長5.43m全幅2m)を反映して、かなり大きなミニカーで、前後のオーバーハングが大きくてでかいこの車のプロポーションをうまくとらえていました。(ただタイヤがやや小さいような気もしますが) フロントやリアの造形はミニチャンプスらしいリアリティがある良い出来ばえでした。以前はやや大げさで目立っていたワイパーもあまり目立たなくなりました。ただこの頃からミニチャンプスの1/43サイズのミニカーは少しづつ仕上げレベルが低下していて、このトリノにもその兆候が感じられました。以前はドアのサイドウインドーが開いていたので、内装が良く見えました。しかしこのグラン トリノはサイドウインドーが閉じていましたので、彩色されたインパネやステアリングホイールがあまり良く見えません。このウインドーを閉じたことが、内装仕上げ簡素化の前兆だったと思います。(このグラン トリノの内装は簡素化されていませんが) これ以外のトリノのミニカーとしてはグリーンライトやM2 マシーンなどがあります。「刑事スタスキー&ハッチ」の赤い車もコーギーやグリーンライトがモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


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フォード リンカーン コンチネンタル MK V アメリカ 1977年
1969年にリンカーン コンチネンタル MK IIを引き継ぐコンチネンタル MK IIIが登場しました。コンチネンタル MK IIIという名前の車は1958年に既に登場していました。しかしこのコンチネンタル MK III 1958年式は、MK IIまでのコンチネンタルの路線(2ドア パーソナルカー)とは異なる4ドアセダン系にもMK IIIの名前を使っていたことから、正当なコンチネンタル MK IIIではなかったとされました。そんなわけでこの新しいコンチネンタル MK IIIは2ドアパーソナルカーのみで、スペアタイヤをリアにマウントした伝統のスタイルが復活しました。(実車画像→ フォード リンカーン コンチネンタル MK III)
コンチネンタル MK IIIはセダンのホイールベースを少し短くしたシャーシに豪華な2ドアハードトップボディを載せ、V型8気筒7.5L(365HP)エンジンを搭載していました。コンチネンタル 4ドア セダンより2割ほど高価なリンカーン ブランドの最上級車でしたが、MK IIのような限定生産車というわけではありませんでした。それでも人気が高く、ライバルであったGM キャディラック エルドラドと2ドア パーソナルカーとしての人気を二分していました。
1972年にコンチネンタル MK IVにモデルチェンジしました。デザインは先代のイメージを踏襲し、ハードトップに楕円形のオペラウインドーが追加されました。ボディは全長×全幅が5.7m×2mと大きくなり、アメリカ車がコンパクトになる前のでかくてかっこいいアメリカ車でした。コスト削減のため、サンダーバート 6代目とシャーシや部品を共用していたので、そのサンダーバードと雰囲気がよく似ていました。(実車画像→ フォード リンカーン コンチネンタル MK IV) 1977年にコンチネンタル MK Vにモデルチェンジしました。
MK VはMK IVと同じシャーシを使い外観もテールライト以外はほとんど同じでした。(デザインをややシャープにしていたらしいですが) 従来のV型8気筒7.5L(208HP)エンジンはオプションとなり、標準はV型8気筒6.6L(180HP)エンジンが搭載され、3段自動変速、最高速190km/hの性能でした。アメリカでは1971年頃からエンジン出力がグロス表示からネット表示に変わったので、どのメーカーも表示馬力が激減しました。1970年のV型8気筒7.5Lエンジンは345HPの表示だったのが、1979年には224HPに激減しています。(グロス表示馬力が過大すぎたのですが)
1980年にコンチネンタル MK VIにモデルチェンジしましたが、燃費対策で全長5.6mと一回りサイズダウンされました。(実車画像→ フォード リンカーン コンチネンタル MK VI) さらに1983年に登場したコンチネンタル MK VIIでは全長5.1mとずいぶん小さくなってしまいました。そんなわけでコンチネンタル MK Vはサイズダウンされる前の最後の大きくて派手だったコンチネンタル MK シリーズでした。
ミニカーは1978年に発売されたダイヤペット製の当時物で、コンチネンタル MK Vをモデル化しています。ダイヤペットは1970年代後半のスーパーカーブームに乗じて1977年頃から外国車を積極的にモデル化していましたが、これもその流れでモデル化されたダイヤペットの意欲作でした。プロポーションが良く大柄で派手なコンチネンタル MK Vがうまく再現されていて、ダイヤペットの外国車ミニカーの中では抜群に良い出来ばえでした。ボンネット/ドア/トランクの開閉、スライディングルーフの開閉、格納式ヘッドライトの開閉ギミックが付いていました。またこの型を流用して非常に凝った造りの和風霊柩車仕様が1980年に発売されました。これ以外のコンチネンタル MK IV/Vの当時物ミニカーはトミカのコンチネンタル MK IV、マッチボックスのコンチネンタル MK Vがありました。最近の物ではイクソのコンチネンタル MK V、NEO(レジン製)やBOS MODELS(レジン製)のコンチネンタル MK IV/V、AUTO WORLDのコンチネンタル MK V(1/64)などがあります。 以下はフロント/格納式ヘッドライト開閉の画像とリア/トランク開閉の画像です。ヘッドライトの開閉は底板のレバーで操作します。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)




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フォード プローブ GT アメリカ 1989年
1970年台の石油危機によるガソリン価格の上昇で、世界の自動車メーカーは燃費の良い小型車の開発を行いました。フォードには1970年に発売した小型車ピントがありましたが、その後継車として、フォード エスコート(北米版)が1981年に登場しました。エスコート(北米版)は欧州フォードのエスコート MK IIIをベースにして開発された3/5ドアハッチバック/5ドアワゴンでした。4気筒1.6L/1.9L(70HP)エンジンを横置き搭載した米国フォードとしては初の前輪駆動車でした。 姉妹車としてマーキュリー リンクスがありました。商業的には成功し、良く売れました。1982年に派生車として2人乗りの2ドア クーペ EXPが登場しました。 (実車画像→ フォード エスコート(北米版) 1983、フォード EXP 1982)
1990年に登場したエスコート(北米版) 2代目は当時の子会社であったマツダのファミリアをベースとした姉妹車となり、欧州のエスコートとは別物となりました。4ドアセダン、3ドア/5ドアハッチバック/5ドアワゴンがあり、4気筒1.9L(88HP)エンジンと高性能版GTにはマツダ製 DOHC4気筒1.8L(127HP)エンジンを搭載していました。 姉妹車としてマーキュリー トレーサーがありました。 1996年にエスコート(北米版) 3代目にモデルチェンジしました。 (実車画像→ フォード エスコート(北米版) 1997)
先代の派生車 EXPの後継車として1988年にプローブが登場しました。プローブはマツダ カペラ GD型をベースにした3ドアクーペで、フォード初のリトラクタブルヘッドライトを採用したスポーティなデザインでした。当初はマツダ製の4気筒2.2L(110HP ターボ140HP)エンジンを搭載し、1990年のマイナーチェンジでV型6気筒3L(140HP)エンジンに代わりました。1992年にプローブ 2代目にモデルチェンジしました。 (実車画像→ フォード プローブ 1994)
ミニカーは2024年に発売されたデアゴスティーニ製のアメリカンカー コレクションです。プローブ 初代の高性能版GTをモデル化しています。メーカーは明記されていませんがイクソです。イクソは2025年に型番CLC540Nでプローブ GTを発売しましたが、それはこのアメリカンカー コレクションの物とほとんど同じ物です。プロポーションが良く実車のスポーティなボディがうまく再現されていました。室内が彩色され、インパネのメーターも再現されていました。定価が2000円ほどの安価な雑誌付きミニカーながら、かなり良い出来ばえになっていました。なおアメリカンカー コレクションのミニカーはいずれもナンバープレートがリアルで、凝った仕上げになっています。このプローブのナンバープレートはワシントン DCの首都仕様となっています。プローブ 初代のミニカーはこれが初めてのモデル化で、それまではモデル化されていませんでした。プローブ 2代目のミニカーはNEO(レジン製)とAUTO WORLDの1/64があります。以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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フォード リンカーン タウンカー アメリカ 1996年
リンカーン タウンカーというモデル名はリンカーン コンチネンタルの最上級グレードとして1959年に初めて使用され、1969年まで継続された後に一時的に消えました。その後1981年にタウンカーはリンカーン ブランドの最上級グレードとしてコンチネンタルから独立したモデル名として復活しました。このリンカーン タウンカー 初代はリンカーン コンチネンタル 6代目をベースにした2ドア/4ドアセダンで、V型8気筒6L(130HP)エンジンを搭載していました。なおタウンカーという名称は1930年代の乗用車によくみられた運転席部分だけ屋根がないタイプの高級車 デビル (DE VILLE 仏語)の英訳で、そのデビルという名前は1956年からキャディラックが使っていました。(実車画像→ リンカーン タウンカー 1981)
リンカーン タウンカー 2代目が1990年に登場しました。リンカーン コンチネンタルは1988年に登場した8代目が前輪駆動方式を採用しましたが、タウンカーは古いフレーム構造の後輪駆動方式を踏襲しました。だだし外観は全体的に角がとれた曲面を採用したデザインとなり、4ドアセダンだけとなりました。当初のエンジンは先代と同じでしたが、すぐにV型8気筒4.6L(210HP)に変わりました。1994年のマイナーチェンジで、フロント/リアの意匠が変更されました。(実車画像→ リンカーン タウンカー 2代目 1990)
リンカーン タウンカー 3代目が1998年に登場しました。タウンカーは先代同様に古いフレーム構造の後輪駆動方式を踏襲しました。外観は曲面を多用した空力的なデザインとなりました。エンジンは先代と同じV型8気筒4.6L(220HP)でした。2001年にホイールベースを延長したタウンカー Lが設定され、2011年に後継車なしで生産中止となりました。タウンカーは昔ながらのフレーム構造でしたので、昔のアメリカ車の乗り心地を残していることで人気があり、またストレッチ リムジンや霊柩車などへの改造がやりやすいことでも需要があったそうです。 (実車画像→ リンカーン タウンカー 3代目 1998)
ミニカーは2015年に発売されたイクソ プレミアムX製です。タウンカー 2代目の後期型をモデル化しています。サイドビューを見るとキャビン部分がやや大きめな感じがして、プロポーション的には今一つのように思います。ただそれ以外はフロントグリルとその上のエンブレム、灯火類、室内などの細部がリアルで良い出来ばえでした。イクソはこの型を流用して別ブランドのホワイトボックスでもタウンカー(型番WB133 仕上げを簡素化している)を発売しています。これ以外のタウンカーのミニカーはネオ(レジン製)が初代のセダン/リムジンと2代目のセダンをモデル化していています。タウンカー 3代目はサンスターとビテス(サンスターの型を流用か?)のストレッチ リムジン、ラグジュアリー(LUXURY)があります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)







