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メルセデス ベンツ 280CE クーペ (C123) ドイツ 1980年
前述したように、W123にはセダン、クーペ、ワゴン(Tモデル)がありました。クーペは全長/ホイールベースが85㎜短い2ドアピラーレスハードトップで、セダンとほぼ同じ性能でした。メルセデス ベンツ初のワゴン(Touring and Transportの意でTモデルとも呼ぶ)は、後席が分割して畳める形式で、3列目に2人掛け後向き折畳みシートが付いた7人乗り仕様もありました。荷重に応じて車高を維持するために、リアサスペンションにはシトロエン特許のハイドロニューマチック式が採用されていました。Tモデルも性能はセダンとほぼ同じでした。
ちなみに1970年代以降のメルセデス ベンツの型式表記では最初のWがセダン、Cがクーペ、Sがステーションワゴン、Aがカブリオレ、Rがロードスター、Lが商用車を意味します。(Vはリムジーンですが、これはあまり使われなかったようです) W123は当初コンパクトクラスと呼ばれていましたが、1982年に小型の190(W201)が登場してからはミディアムクラスと呼ばれることになりました。 1985年に初代EクラスのW124にモデルチェンジしました。
ミニカーはミニチャンプス製で、1994年に発売されました。ミニチャンプスとしては初期の作品ですが、実車の雰囲気がうまく再現されていてかなり良い出来ばえです。前述したセダン/ワゴンもそうですが、ヘッドライトカバーの下には本来は丸形ヘッドライトがあるのですが、ミニカーでは大きな角形ヘッドライトのような感じにできているのがややリアルさに欠けます。(今見るとそう思いますが、購入当時は気になりませんでした) またクーペはピラーレスのはずですが、何故かBピラーが付いているのはミニチャンプスらしくないところです。以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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フォルクスワーゲン パサート (B2) ドイツ 1980年
フォルクスワーゲンの最上級車パサートの2代目が1980年に登場しました。初代と同様グループ内のアウディ 80をベースとしたハッチバック車でした。初代のデザインを引き継ぎながら、全体的に角が取れたスタイルをしていました。4気筒1.6/1.8L、5気筒2L(115HP)、4気筒1.6Lターボディーゼルエンジンを縦置きに搭載した前輪駆動車で、5段/3段自動変速 最高速188km/h(2L)の性能でした。当初は5ドアハッチバックのみで、1984年にバリアント(ワゴン)が追加されました。
1981年にはこの車をベースにしてノッチバックセダンのサンタナが登場しました。1984年にアウディ 80 クワトロのフルタイム4WDシステムを搭載したパサート シンクロも登場しました。1985年のマイナーチェンジでフロントグリルやバンパーなどが変更されました。1988年にパサート 3代目(B3)にモデルチェンジしました。ドイツ国内での生産台数は約330万台でした。(中国や中南米でも生産されました)
ミニカーは1980年に発売されたコンラート製の当時物です。コンラートはトラックや建機をモデル化しているドイツのミニカーメーカーです。1980年代にフォルクスワーゲンとアウディのプロモーション用の1/43ミニカーを製作していて、これもその1台でした。当時のドイツ製ミニカーの作風はいずれも似ているのですが、これもシュコー風の作風で当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。ボンネット/ドア/ハッチバックの開閉ギミック付です。同じ物がガマのブランドでも発売されていました。コンラートはバリアント(ワゴン)もモデル化していました。パサート 2代目の当時物ミニカーはこれぐらいしかなく、当時物以外ではブッシュ(BUSH)やユーロモデルの1/87などがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア(ハッチバック開閉)/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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アウディ UR クワトロ ドイツ 1980年
センターデフを使ったフルタイム4WD方式を採用したアウディ クワトロが1980年に登場しました。従来の4WDは悪路走破を目的としたパートタイム方式が一般的でしたが、道路状況に関係なく4輪を駆動するフルタイム4WD方式を採用したことは画期的なことでした。アウディ 80 2代目の2ドアをベースにした設計で、ハッチバッククーペのように見えますがリアエンドはトランクとなっています。アウディ 200用の5気筒2.2Lエンジンをインタークーラー付ターボで過給して200HPにパワーアップし、5段変速で最高速222km/hの性能でした。
エンジンは1987年に2.2Lに拡大され、1989年にはDOHC化されて220HPまでパワーアップされました。1983年のマイナーチェンジでシリーズ2となり、ヘッドライトが4灯式から2灯式に変わりました。この車をベースにしたラリー車は1981年の世界ラリー選手権(WRC)第2戦スウェーデンで初優勝し、その後1982と1984年にメイクスチャンピオンとなりました。この成績はラリーにおけるフルタイム4WDの有効性を証明しました。何度かマイナーチェンジされて1991年に生産中止となり、総生産台数は約1.1万台でした。アウディにはクワトロという名前を使ったモデルがいくつもあるので、初代クワトロはUR-クワトロと呼んでいます。(Urとは独語でFirstの意)
ミニカーは1982年に発売されたコンラート製の当時物です。コンラートはドイツの老舗玩具メーカーで、現在はトラックや産機などのミニカーを発売していますが、1980年代には1/43のダイキャスト製ミニカーも発売していました。(参照WEBサイト→CONRAD WEB SITE) 当時のコンラートのミニカーは同時期のシュコーと非常によく似た作風で、出来ばえも同等レベルでした。このクワトロも実車のイメージが良く再現されていて、前後のブリスターフェンダー形状やドアに付いているアウディのロゴなどの細部も当時としてはリアルな出来ばえでした。ボンネット/ドア/トランクが開閉するフルギミックです。バリエーションでラリー仕様もありました。これ以外の当時物ではこれと同じ型を流用しているガマのラリー仕様、ポリスティルの1/25、Bブラゴーの1/43と1/24、マッチボックスのラリー仕様、ソリドのラリー仕様などがありました。 最近の物ではミニチャンプス、オートアートの1/18、ビテス、トロフューなどからたくさんモデル化されてます。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームとリア/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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フォルクスワーゲン サンタナ ドイツ 1981年
前述したパサート 2代目(B2)のノッチバックセダン サンタナが1981年に登場しました。フォーマルな3ボックススタイルで、パサートより上級な車という扱いでした。パサートと同じ4気筒1.6/1.8L、5気筒2L(115HP)、4気筒1.6Lターボディーゼルエンジンが搭載され、性能的にも同等でした。フォルクスワーゲンの車名は風に由来したものが多いですが、このサンタナという名前も南アメリカの季節風の名前でした。
サンタナは南米、中国、日本でも生産されました。ブラジルではフォルクスワーゲン ド ブラジルで生産され、外観を変えて2000年代まで販売されました。中国ではフォルクスワーゲン上海で生産され、中国独自の改良版が開発され現在も販売されているほどポピュラーな車になっています。(上海ではタクシーの代表的な車でした)日本では1984年から日産自動車でライセンス生産されました。(1991年までの7年間で約5万台が販売されました) ドイツ本国では1984年まで生産され後継車はパサート 3代目に統合されました。
(実車画像→ 上汽フォルクスワーゲン サンタナ ビスタ 2012)
ミニカーは1982年に発売されたコンラート製の当時物です。コンラートはトラックや建機をモデル化しているドイツのミニカーメーカーです。1980年代にフォルクスワーゲンとアウディのプロモーション用の1/43ミニカーを製作していて、これもその1台でした。プロポーションが良くサンタナの雰囲気が良く再現された良い出来ばえです。同じ物がガマのブランドでも発売されました。サンタナの当時物ミニカーはこれしかありません。当時物以外ではウェリー(WELLY)の1/24、デルプラド製の国産名車コレクションのサンタナ 2000 (中国版)があります。なお中国でサンタナはポピュラーな車なので、中国版サンタナの中国メーカー製ミニカーは結構あるようです。(輸入されていないので詳細は不明ですが) 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア(トランク開閉)/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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フォルクスワーゲン ポロ II 86C ドイツ 1981年
フォルクスワーゲン ポロの2代目が1981年に登場しました。最初は商用バンのようなテールゲートを持つハッチバックだけで、あまり乗用車らしいデザインではありませんでした。4気筒1L/1.1L(50HP)/1.3L(60HP)エンジンを搭載し、5段変速で最高速153km/h(1.3L)の性能でした。1982年には4気筒1.3L(75HP)エンジンを搭載し、一般的なハッチバックスタイルをしたクーペが追加されました。先代同様にノッチバックの2ドアセダン ダービーも設定されましたが、1985年以降はポロ ノッチバック(又はポロ クラシック)という名前に変わりました。
1986年には1.3Lに「Gラーダー」と称するスクロール式スーパーチャージャーを装着し115HPにパワーアップした高性能版GT G40が追加され、この車はフォルクスワーゲンで初めて過給機を採用した車でした。同時に経済的な1.3Lディーゼルエンジンも追加されました。1990年の大幅なマイナーチェンジで後期型となり、角形ヘッドライトを採用してフロントのデザインが変更されました。1994年まで生産され、ポロ 3代目にモデルチェンジしました。
ミニカーは1981年に発売されたコンラートの当時物です。コンラートはトラックや建機をモデル化しているドイツのミニカーメーカーです。1980年代にフォルクスワーゲンとアウディのプロモーション用の1/43ミニカーを製作していて、これもその1台でした。初期型のハッチバックをモデル化しています。前述したパサートなどと同様にシャープな造形で良く出来ています。同じものがガマのブランドでも発売されました。コンラートはクーペもモデル化しています。これ以外のポロ 2代目の当時物ミニカーはシャバックの後期型のクーペとハッチバックがありました。最近の物ではGT G40をネオ(レジン製)が2013年にモデル化していますが、ポロのような地味な実用車は当時物以外ではあまりモデル化されません。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア(ハッチバック開閉)/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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