ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

 

GM BUICK MODEL 35 1912 USA

GM BUICK MODEL 35 画像をクリック/タップすると画像が変わります
ERTL 5 1/43 90mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 4気筒 2.7L 23HP 3段変速
性能: 最高速70km/h
データーベースでGM ビュイックのミニカー検索

 

GM ビュイック モデル 35 アメリカ 1912

 

 「ビュイック モーター」社はイギリス系アメリカ人 デイヴィット ダンバー ビュイックが1903年に設立しました。1904年に2気筒エンジン搭載のモデル Bを販売しましたが業績は芳しくなく、馬車製造会社を経営するウイリアム C デュラントに援助を求めました。デュラントの采配でビュイック社は業績が回復しましたが、創業者のビュイックは会社を去りました。フォード社と売上げを競うほどに成長したビュイック社を土台にして、デュラントは1908年にGM(ジェネラル モータース)社を設立しました。GM社はキャディラック、オールズモービル、オークランド(ポンティアック)などを買収して、アメリカ 3大メーカーの一つとなっていきました。

 

 1912年に登場したビュイック モデル 35は、4気筒2.7L(23HP)エンジンを搭載する中型車でした。当時のエンジンは吸排気バルブをピストン側面に配置したサイドバルブ方式が一般的でしたが、ビュイックは現在では当たり前のバルブをピストンの上に配置したOHV方式を採用していることが特徴で、このモデル 35もOHV方式でした。シートは本革張り、タイヤはまだカーボンを使っていない天然ゴムの白タイヤ、ホイールは木製、ヘッドライトは電気式ではなくアセチレンガスを使うランプでした。この車は当時のビュイックのベストセラーカーで、約6000台が売れたそうです。

 

 

 ミニカーは1987年頃に発売されたアメリカのアーテル(ERTL)製です。自動車黎明期のアメリカ車を数点ほどモデル化したアーテルの「VINTAGE VEHICLES」シリーズの1台です。この時代のアメリカの実用車のミニカーはあまりありませんので、その点で貴重なモデルです。時代に合わせた白タイヤやBUICKロゴの付いたフロントグリルなど、スケールモデル的な造形で、結構良く出来ています。ただその白タイヤは箱の中で同じ状態で保管されていたので、タイヤ接地面が扁平に変形しています。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

GM BUICK MODEL 35 1
GM BUICK MODEL 35 2

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PACKARD VICTORIA MODEL 1-48 1912 USA

PACKARD VICTORIA MODEL 1-48 画像をクリック/タップすると画像が変わります
FRANKLIMINT RP90N 1/24 205㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5m
エンジン 変速機: 6気筒エンジン 8.6L 74HP 3段変速
性能: 最高速128km/h
データーベースでパッカードのミニカー検索

 

パッカード ビクトリア モデル 1-48 アメリカ 1912

 

 アメリカを代表する戦前の車といえばパッカードです。1897年に設立されたウィントン(Winton)社はアメリカで自動車の製造/販売を初めて行いました。この会社の初期の車をオハイオ州の電気商ジェームズ ウォード パッカードが購入しました。パッカードは車の故障にきちんと対応してくれないウィントン社に対抗して、ウィントン社の技術者を引き抜いて自分用の車を1899年に完成させました。これがパッカード社の創業に関する逸話ですが、ランボルギーニ社の創業などこれと似たような話はいくつかあります。ちなみにウィントン社は1900年代にアメリカ国内のレースで活躍しましたが、販売不振で1924年に自動車生産から撤退しました。その後はGM傘下の船舶用ディーゼルエンジンメーカーとして存続しているようです。

 

 パッカードの最初の車は単気筒エンジン搭載の小型車でしたが、エンジンの点火時期自動進角装置やアメリカ初の円形ハンドルなど先進的な技術が採用されていました。1903年には4気筒エンジンを搭載したモデル Kが登場しました。当時のパッカードはすべての部品を自社生産し、極めて高い品質を確保していました。1912年に6気筒エンジンを搭載した高級車 ドミナント シックス 48(Dominant Six 48 後に1-48シリーズとも呼ばれた)が登場しました。1915年には量産車初のV型12気筒エンジンを搭載したツイン シックスが登場し、このモデルはライバル車を圧倒しパッカードの名声を決定的なものとしました。

 

 

 ミニカーは大スケール(1/24)のクラシックカーを得意としていたフランクリン ミント製で、1990年頃に発売されました。6気筒エンジンを搭載した1-48シリーズのビクトリアという名前の車をモデル化しています。フランクリン ミントのクラシックカーは当時もっとも精密なミニカーで、ドアやボンネットが可動し、エンジンやサスペンションなどのメカ部分もリアルに再現されていました。(ハンドルで前輪の操舵可能) このパッカードも本物の木材を使ったダッシュボードをはじめとして、ラジエーターグリル/ヘッドライト、各種の金具類がリアルに再現され非常に素晴らしい出来ばえです。なおパッカードの初期のモデルは、マッチボックスやミニオールもモデル化しています。以下はフロント グリル/エンジン部の拡大画像とダッシュボード/キャビン部分の画像です。6気筒エンジンはかなりリアルにできています。またリアシートの前に毛布のようなものがありますが、それはご婦人用のひざ掛けで、これもリアルで粋なアクセサリーです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

PACKARD VICTORIA MODEL 1-48 1
PACKARD VICTORIA MODEL 1-48 2

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PACKARD MODEL 18 1912 USA

PACKARD MODEL 18 画像をクリック/タップすると画像が変わります
MINIALUXE 2 1/43 88mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 4気筒 4.4L 18HP 3段変速
性能: 
データーベースでパッカードのミニカー検索

 

パッカード モデル 18 アメリカ 1912

 

 1907年に発表されたパッカード モデル 30は4気筒7L(30HP)エンジンを搭載し、パッカードの高級車としての地位を確立したモデルでした。1912年型パッカードのミニカーはフランクリン ミントの1/24、マッチボックス、ラミー、ミニオールなどからも出ています。フランクリン ミントの1/24は6気筒エンジン搭載車ですが、それ以外はモデル 30の小型版であったモデル 18をモデル化していると思われます。この当時のアメリカ車がミニカー化されるのは珍しいことですが、これは当時のパッカードの名声が高かったことを示しています。

 

 ミニカーはフランスのミニオール(MINIALUXE)製で、材質はプラスチックで1960年代に発売されました。独立した客室部分を持つボディを架装していて、たぶんヨーロッパで発売されたパッカードをモデル化していると思われます。昔のミニカーとしては出来の良いミニオール製ですが、プラスチック製の車体が経年変化で変形して弓なりにそってしまっています。(作られてから約50年以上経過していますが、まだ年を経るごとにひどくなっています)

 

 

 以下は1960年代に発売されたフランスのラミー(RAMI)のパッカード ランドレー(型番13)の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

PACKARD 1912 3
PACKARD 1912 4

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SIMPLEX 50HP 1912 USA

SIMPLEX 50HP 画像をクリック/タップすると画像が変わります
MATCHBOX Y09 1/48 93mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.5m 全幅約1.8m
エンジン 変速機: 4気筒 10L 50HP 4段変速
性能: 最高速 不詳
データーベースでシンプレックスのミニカー検索

 

シンプレックス 50HP アメリカ 1912

 

 ニューヨークで輸入車代理店を営んでいた義理の兄弟スミスとマブレーは1904年にスミス-マブレー製作会社(Smith and Mabley Manufacturing Co.)を設立し、輸入したメルセデスの部品を使ってS-M シンプレックスという名前の4気筒エンジン搭載車を発売しました。(多分メルセデス ジンプレックスをお手本にしたのでしょう) 1906年にこの会社は倒産して1907年に資産がシンプレックス オートモービル カンパニーに移管され、それを輸入業者のハーマン ブレーセル(Herman Broesel)が買い取りました。彼はS-M シンプレックスをベースにして欧州の高級車に対抗できるモデル 50HPを開発させました。

 

 モデル 50HPはシンプレックスとして一番有名なモデルで4気筒10Lエンジンを搭載した大型車でした。大型の高級車でしたが高性能でもあり、レース仕様車がアメリカの国内レースで活躍したそうです。シンプレックス社は1915年にクレーン モーターカー(Crane Motor Car)を買収し、クレーン シンプレックス社と改名しました。1915年に6気筒9.2Lエンジンを搭載した新型車が登場しましたが、同社の自動車は当時最も高価な大型高級車でしたので、販売は芳しくなかったようです。1916年に航空機会社に買収され航空機エンジン製造に業種転換し1917年にシンプレックス車は消えました。

 

 

 ミニカーは1968年に発売されたマッチボックス製です。マッチボックスのクラシックカーは型番からYシリーズと呼ばれています。Yシリーズは専門ブランドが作っていたマニアックなクラシックカーのミニカーを、造形を簡略化することで手ごろな値段にしたものでした。このシンプレックスも当時の定価は950円と安価でしたが、縮尺が1/48と中途半端で、コストダウンでヘッドライトとフロントグリルを一体成型しているなど本格的なクラシックカーとしては物足りない出来ばえでした。ただ実車の雰囲気はまずまず再現されていて値段相応に細部が再現されていたので、当時のミニカーとして良く出来ていたといえます。Yシリーズには車種的に貴重なミニカーがたくさんありました。このシンプレックスも2020年現在で量産ミニカーはこれしかないので、車種的に貴重なミニカーです。 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

SIMPLEX 50HP 1
SIMPLEX 50HP 2

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CHRISTIE FRONT DRIVE FIRE PUMPER 1912 USA

CHRISTIE FRONT DRIVE FIRE PUMPER 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DEL PRADO 3 1/43 125mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5m
エンジン 変速機: 4気筒 4.5L 60HP 
性能: 最高速 不詳
データーベースで戦前の消防車のミニカー検索

 

クリスティ 前輪駆動 消防ポンプ車 アメリカ 1912

 

 アメリカ人の技術者で発明家でもあったJ.W.クリスティ(John Walter Christi)は自動車創世記に各種の発明で馬車から自動車への転換に寄与した人物でした。彼は前輪駆動方式の自動車の設計を行いその車でレースに参戦するなど宣伝活動を行っていましたが、彼の前輪駆動方式は時期尚早で成功しませんでした。その後第一次大戦が勃発し彼は陸軍関係の車両開発を行うようになり、彼の考案したクリスティー式サスペンションは第二次大戦中の戦車に採用されました。

 

 1912年にクリスティは彼の考案した前輪駆動方式を使った消防車を製作しました。この消防車は馬で牽引していたトレーラー(蒸気機関で駆動する放水用ポンプを積載)に、馬の代わりに4気筒4.5L(60HP)のガソリンエンジンを搭載したトラクターを接続する構造となっていました。車両後部の銀色の煙突がついた筒が蒸気ボイラーで、その前方にあるのが放水用ポンプ(アーレンス フォックス製)です。この消防車はニューヨーク市消防署に採用され、その後国内の消防署に展開され600台以上が製造されたそうです。

 

 

 ミニカーはデルプラド(DEL PRADO)社のミニカー付雑誌「世界の消防車コレクション」の1台で2003年に発売されました。1912年に製作されたクリスティ消防車をモデル化しています。特徴的なトラクター、灯火類、ボイラー、消防用備品など実車を忠実にモデル化してあり良く出来ています。メーカーは不明ですが、これとほとんど同じ物をロードチャンプスが作っているのでそれを流用していると思われます。同じデルプラド製の「世界の名車シリーズ」は安価故にあまりぱっとしないミニカーが多いのですが、この「世界の消防車コレクション」のクラシックな消防車は面白い車種がありいずれも結構良く出来ていました。これ以外のクリスティ消防車のミニカーは上述したロードチャンプス、フランクリン ミントの1/24があります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

CHRISTIE FRONT DRIVE STEAMER 1
CHRISTIE FRONT DRIVE STEAMER 2

 以下は各部の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
CHRISTIE FRONT DRIVE STEAMER 3
CHRISTIE FRONT DRIVE STEAMER 4

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GM CADILLAC MODEL 30 TOURER 1913 USA

GM CADILLAC MODEL 30 TOURER 画像をクリック/タップすると画像が変わります
MATCHBOX Y06 1/48 85mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 4気筒 5994cc 48HP 3段変速
性能: 最高速95km/h
データーベースで戦前のキャディラックのミニカー検索

 

GM キャディラック モデル 30 ツアラー アメリカ 1913

 

 フォード自動車の創立者のヘンリー フォードは個人的な趣味として自宅で自動車を製作していました。彼が33歳の1898年に製作した自動車にほれ込んだ地元の材木商のウイリアム H マーフィーは、1899年に「デトロイト自動車」社を創立し、ヘンリー フォードを主任技術者に雇いました。この会社は1901年に「ヘンリー フォード」社に変わり、この会社に精密機械エンジニアのヘンリー リーランドが雇われました。高級車を目指していたヘンリー リーランドと大衆車を目指していたヘンリー フォードは意見が対立し、ヘンリー フォードは会社を辞めてしまいました。その後会社は「キャディラック自動車」社に改名され、1902年にキャディラック モデル A(→モデル A 実車画像)が登場しました。(「キャディラック」とはデトロイトの町をひらいた人の名前) なおヘンリー フォードは1903年に現在まで続く「フォード モータ」社を設立しています。

 

 精密機械エンジニアのヘンリー リーランドが率いるキャディラック社は高い製造品質の自動車を製造しました。1908年には3台の車を分解し部品をバラバラに混ぜあわせてから組立て直して走行させることで部品の互換性を実証する試験を行い有名になりました。1909年にはキャディラック社はGM傘下となり、GMの最上級車となりました。なおヘンリー リーランドはGM首脳とそりが合わなくなり、1917年にGMを退社し「リンカーン モーター」社を設立しています。(フォードの最上級車リンカーンの前身です)

 

 

 ミニカーがモデル化しているのはキャディラック モデル 30 1913年式のスポーティな2ドア ツアラーです。1909年に登場したモデル 30は4気筒エンジンを搭載したキャディラックとしては最後のモデルで、この1913年式には4気筒6L(48HP)エンジンが搭載されていました。またこの車には世界初の電気式スターターとライトが標準装備となっていました。特に電気式スターターは自動車の取り扱いを極めて簡便にしました。

 ミニカーは1968年に発売されたマッチボックス製です。1960年-1980年代に発売されたマッチボックスのクラシックカーは型番がYから始まるのでY シリーズと呼ばれ、それまで専門メーカーが作っていたマニアックなクラシックカーのミニカーを手ごろな値段で一般向けに提供したものでした。その為ライト等の細部の造形が簡略されていますが、クラシックカーらしくないカラフルなカラーリングで比較的安価(1970年代当時の値段は約1000円)であったのでマニア以外にも結構売れました。Yシリーズは本格的なクラシックカーとしてはやや物足りない出来ばえでしたが、車種的には貴重なモデルがたくさんありました。この初期のキャディラックも車種的には貴重なモデルです。ライトがフロントグリル横から生えているなど細部がマッチボックス流で簡略化されていますが、ボディ全体のプロポーションは実車を良く再現しています。 以下はフロント/リアの拡大画像とキャビン/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

CADILLAC 1
CADILLAC 2

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MERCER TYPE 35 RACEABOUT 1913 USA

MERCER  TYPE 35 RACEABOUT 画像をクリック/タップすると画像が変わります
MATCHBOX Y07 1/46 81mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.7m 全幅約1.6m
エンジン 変速機: 4気筒 4.8L 55HP 3段変速
性能: 最高速 140km/h
データーベースでマーサーのミニカー検索

 

マーサー タイプ 35 レースアバウト アメリカ 1913

 

 開通当時世界最長の吊橋であったニューヨークのブルックリン橋の建設に貢献した富豪ローブリング家のワシントン A.ローブリング II (Washington A. Roebling II)は自動車に興味を持っていました。彼の友人W.ウォルター(William Walter)は「ウォルター自動車」を設立しニューヨークで高性能な自動車を少量生産していました。ウオルターはローブリング IIの勧めで工場をニュージャージー州トレントンに移しました。1908年にウォルター自動車が経営難となったので、ローブリング IIはウォルターの会社を買い取って再建し、1909年に会社名をマーサー自動車(MERCER MOTOR CARS)としました。マーサーとは工場があったニュージャージー州マーサー郡に由来したものでした。

 

 マーサーの代表的なモデルで当時の高性能スポーツカーとして知られているタイプ 35 レースアバウトは1911年に登場しました。ドアのない開放的な2人乗りロードスターで4気筒4.8L(55HP)エンジンを搭載し3段変速で最高速140km/hと高性能でした。レースアバウトのレース仕様車は当時同じような仕様でライバルであったスタッツ ベアキャットと競い合い、1913年のインディ 500で2位、1914年のアメリカGPで優勝するなど大活躍しました。ただしレースアバウト以外はあまり売れなかったようで1919年には他社に買収され、その会社も買収され1925年にマーサー車は生産中止となりました。

 

 

 ミニカーは1961年に発売されたマッチボックス製です。歴史的に有名なクラシックカーをモデル化しているYシリーズ(Yesteryear Series)の1台です。1960年代に作られたビンテージ ミニカーですので金属パーツが多い素朴な作りですが、実車の雰囲気がうまく再現されていて当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。Yシリーズは造りを簡素化することで安価となっていましたが、縮尺が一定していないことがコレクションには不向きでした。このマーサーも縮尺1/46と中途半端に小さいので、1/43サイズと並べるとやや貧弱な感じに見えます。なおマーサーの量産ミニカーは2020年現在でもこれ以外にはないようなので、その点ではこのミニカーはかなり貴重です。以下はフロント/リアの拡大画像とコクピット周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

MERCER RACEABOUT 1
MERCER RACEABOUT 2

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FORD T SEDAN 1915 USA

FORD T SEDAN 画像をクリック/タップすると画像が変わります
CORGI 9012 1/43 85㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.5m
エンジン 変速機: 4気筒 2895cc 20HP 2段半自動変速
性能: 最高速70km/h
データーベースでフォード T型のミニカー検索

 

フォード T型 セダン アメリカ 1915

 

 T型フォードは1908年に発売され、基本的なモデルチェンジなしで1927年まで生産され、総生産台数は約1500万台でした。この記録を凌ぐのはフォルクスワーゲン ビートルのみで、総生産台数は約2100万台でした。ただし生産期間は1941年から2003年までとT型フォードより長期間でした。

 1920年代頃には世界中で生産される自動車の半分はT型フォードでした。発売当初の生産台数は年間1万台ほどでしたが、1913年には年間10万台を超え、1922年には100万台を超えました。レールで移動させる台車に車体を載せて作業する流れ作業方式は1912年頃に始まりました。(エンジン単体などもベルトコンベアによる流れ作業で生産されました) これにより1台を完成させるのに必要な時間が初期の12時間から1.5時間に短縮されました。

 

 一台当たりの作業時間が減り生産台数が飛躍的に増えることで、T型フォードの価格は低下していきました。標準的なセダンは発売当初850ドルでしたが、1925年には290ドルまで低下しました。この290ドルは現在の価格に換算すると、約100~150万円ぐらいになるようです。ちなみにフォードの生産工場での作業者の日給は5ドルで、これは年収1000ドル以上となり、当時はかなりの高給だったようです。(ただし単純作業の連続できつい職場だったそうです)

 

 

 T型フォードのミニカーはたくさんあります。ここでは1960年代のイギリスの老舗ミニカーブランドであったコーギーとディンキーの物をまとめてみました。コーギーのT型フォードは1964年に発売されました。コーギーの型番9000番台はクラシックス シリーズと呼ばれ、種類は少ないですが、マニア向けの本格的なクラシックカーをモデル化していました。これもそのひとつで1915年式T型セダンのモデル化です。ラジエータグリル形状や運転席部分へ繋がるボンネット後部形状などがきちんとその年式どおりに再現され、クラシックカーのミニカーとしてかなり良い出来ばえです。さらにいかにもそれらしい服装をしたフィギュアを乗せているのは、コーギーらしい遊び心が感じられます。バリエーションとして実車とおなじ黒一色のものと幌を立てた状態のものがありました。 以下はフロント/リアの拡大画像とフィギュアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FORD T 1
FORD T 2

 以下は同じ型を使ったバリエーションでT型 幌閉(1/43 型番9011)とT型 幌開(1/43 型番9013)の画像です。型番9011には本来は型番9012と同じフィギュアが付いているのですが、欠品しています。型番9013にはフィギュアは付いていません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FORD T 3
FORD T 4

 以下は1964年に発売されたディンキーのT型 ロードスター(1/43 型番475)の画像です。クラシックカーのミニカーとしてはやや大ざっぱなつくりですが、ボディカラーを明るくし当時の服装をしたフィギュアを追加する事で楽しいミニカーに仕立てています。現在と違って1960年代にミニカーを買っていたのはほとんどが子供(大人もいましたが)でしたので、T型のような地味なクラシックカーのミニカーは買ってもらうためにこんな具合に工夫していました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FORD T ROADSTER 1
FORD T ROADSTER 2

 以下はフロント/リアの拡大画像とフィギュアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FORD T ROADSTER 3
FORD T ROADSTER 4

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STUTZ BEARCAT ROADSTER 1916 USA

STUTZ BEARCAT ROADSTER 画像をクリック/タップすると画像が変わります
RENWAL 139 1/43? 93㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.2m 全幅約1.7m
エンジン 変速機: 4気筒 6.4L 60HP 3段変速
性能: 最高速100km/h
データーベースでスタッツのミニカー検索

 

スタッツ ベアキャット ロードスター アメリカ 1916

 

 アメリカのハリー C スタッツ(Harry Clayton Stutz)が友人と共同で1911年に「IDEAL MOTOR CAR」社を設立しました。同社が製作したスタッツ 1号車は1911年のインディ 500に出走し11位となり、翌年のインディ 500でも4、6位となるなど活躍しました。1913年に会社は「スタッツ モーターカー」社に改名されました。スタッツのレーシングチームは1915-1916年にもインディなどのアメリカのレースで活躍し高い評価を確立しました。

 

 そのレーシングカーをベースにした市販車ベアキャットが1914年に発売されました。フロントウィンドーやドアがなく、シャシーの上にバケットシート、ガソリンタンク、スペアタイヤを備えただけの硬派仕様のロードスターに人気がありました。小さな丸いフロントウィンドーや一般的なドアを設けたロードスターもありました。エンジンは4気筒6.4L(60HP)が標準で、オプションで6気筒6.5Lエンジンもあったようです。スタッツ ベアキャットは同時代のマーサー レースアバウトを真似たものだったので非常によく似ており、両車は当時のスポーツカー市場を2分する人気がありました。ベアキャットはボディやエンジンの改良などが行われて1924年まで生産されました。1919年に創業者のC.スタッツが会社を去って経営者が変わり、1925年に8気筒エンジンを搭載した高級車スタッツ バーティカル エイトが登場しました。

 

 

 ミニカーは1980年代に購入したレンウォール(RENWAL)製です。レンウォールはアメリカのプラモデル メーカーで、これはプラモデル完成品として販売されたものでした。最も人気のあった硬派仕様のロードスターをモデル化しています。プラモデルの完成品ですので、細かいところまでリアルに再現されていてかなり良い出来ばえです。ただプラスチック製ですので、軽くて安っぽいのと細かいパーツが壊れ易いのが難点です。これ以外のスタッツ ベアキャットのミニカーはフランクリン ミントの1/24、マッチボックスなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像とコクピット周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

STUTZ BEARCAT 1
STUTZ BEARCAT 2

 以下は1969年に発売されたマッチボックス製のスタッツ ロードスター 1914 (1/48 型番Y08)の画像です。1960年-1990年代に発売されたマッチボックスのイエスタイヤー シリーズ(Yesteryear Series)は型番がYから始まるのでY シリーズと呼ばれ、それまで専門メーカーが作っていたマニアックなクラシックカーのミニカーを手ごろな値段で一般向けに提供したものでした。ドアの付いたキャビンを持つややおとなしい仕様のスタッツ ロードスターをモデル化しています。フロントグリル横から生えるヘッドライトなどマッチボックス流の簡素化がされていますが、まずまずの出来ばえです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
STUTZ ROADSTER 1
STUTZ ROADSTER 2

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REO TOURING 1917 USA

REO TOURING 画像をクリック/タップすると画像が変わります
SIGNATURE 32305 1/32 143m

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.6m 全幅約1.7m
エンジン 変速機: 6気筒 5L 45HP 3段変速
性能: 最高速 不詳  
データーベースでレオのミニカー検索

 

レオ ツーリング アメリカ 1917

 

 アメリカの技術者ランサム E オールズ(Ransom Eli Olds)はオールズ モーター ビークル社を1897年に設立しました。同社は1899年に別の会社に買収され、その経営者とオールズはそりが合わず会社を離れることになりました。1905年にオールズは新たにレオ自動車会社を設立しました。会社名のレオ(REO)は自分の名前の頭文字をつなげたものでした。最初の車は単気筒/2気筒エンジンを搭載したオールズモービル カーブド ダッシュによく似た車でした。レオ社は順調に業績を上げて1907年には販売台数で業界3位となりました。しかし1908年以降は他社の追い上げでシェアは低下していきました。

 

 1910年にはトラックの製造部門が追加され、カナダに製造工場を建設しました。1915年に登場した商用車レオ スピードワゴンは現在のピックアップの元祖のような車として知られています。1930年代になると大恐慌による不況で自動車販売台数が減少し、GMとフォードによる市場寡占化が進みました。1931年に登場した8気筒エンジンを搭載した高級車レオ ロワイヤルは流線形ボディをいち早く採用し、流線形ボディが流行するきっかけとなった車でした。1936年に販売不振でレオは乗用車市場から撤退し、トラックなどの商用車に特化することになりました。第2次大戦後もレオは商用車を生産し、1957年に同業のホワイト社の子会社となりました。(実車画像→ レオ スピードワゴン 1915) (実車画像→ レオ ロワイヤル 1931)

 

 

 ミニカーは2006年頃に発売されたシグネチュアー製です。1917年に登場した6気筒エンジンを搭載したモデル M ツーリングをモデル化しています。このシグネチュアーの1/32シリーズは定価約3500円ほどの比較的安価なミニカーでしたが、マニア向けの本格的な出来ばえになっていました。このレオ ツーリングも実車の雰囲気がうまく再現され、フロントグリルとその上のレオのエンブレムをかたどったマスコット、室内の造形などがリアルに再現されています。またボンネットが開閉可能でエンジンが再現されていて、床下部分のシャーシ/サスペンションもそこそこ再現されています。開閉2タイプの幌が付いているのもクラシックカーのミニカーとしては本格的です。レオの乗用車のミニカーはこれ以外にはないようで、商用車や消防車などが十種類ほどモデルされています。 以下はフロント(マスコット部拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

REO TOURING 1
REO TOURING 2

 以下はボンネットを開いたエンジンルームの画像と室内/床下部分の画像です。室内は運転席背後に折りたたんだ補助席2座がある7人乗りです。前輪は操舵できますが、ステアリングホイールと連動はしていません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
REO TOURING 3
REO TOURING 4

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