ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

 

FIAT F2 (130HP) 1907 ITALY

FIAT F2 (130HP) 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU 4 1/43 90㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.8m
エンジン 変速機: 4気筒 16.3L 130HP 4段変速
性能: 最高速160km/h
データーベースで戦前のフィアットのミニカー検索

 

フィアット F2 (130HP) イタリア 1907

 

 フィアット 75HPの解説に記載したように、当時の自動車メーカーは宣伝の為にレースや速度記録挑戦に熱心でした。フィアットが総力を挙げて製作したフィアット 130HPは、1907年の3大レース イタリアのタルガ フロリオ、カイゼル プライス(ドイツ GP)、フランス GPを全て制覇する偉業を達成しました。ドライバーは3レース全てフェリーチェ ナッザーロ(Felice Nazzaro)でした。このレースカーは4気筒16.3L(130HP)の巨大なエンジンを搭載し、1907年のフランス GP(サーキット10周770㎞)では平均時速113.612km/hで優勝しています。なお名前のF2はこの車に付けられたゼッケン番号のことで、当時はどのレースでも同じゼッケン番号を使っていたようです。

 

 1908年にフランス GPが中止になり欧州のレースは下火になり、レースの中心は一時的にアメリカのレースになりました。このアメリカのレースでもフィアットは活躍しました。アメリカのレース用として開発されたフィアット S61はツインプラグの4気筒10L(115HP)エンジンを搭載し最高速は160km/h以上でした。S61は1911年のインディ 500で3位となり、1911年と1912年のサンタ モニカ GP(アメリカ GP)で優勝しました。また1911年のフォーミュラー リブレ(ツーリングカー改造車のレース)で行われたフランス GPでも優勝しました。フィアットはその後も第一次大戦前までレースカーを製作していますが、あまり成功しませんでした。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたクラシックカーの専門ブランドのドゥグー製です。ドゥグーは大人のマニア向けのミニカーで、イタリアのビスカレッティ自動車博物館に保存されている実車を忠実にモデル化していました。このフィアット F2も本革製のボンネットの固定ベルト、サイドの布張り、リアの燃料タンク上の銅製の配管、後輪を駆動するチェーンなど凝った作りで、実車を忠実に再現したドゥグーの傑作ミニカーでした。特に後輪を駆動するチェーンはスケールモデル的にはオーバースケールなのですが、このサイズで実際に可動するのは秀逸でよく作ったものだと思います。(実物とはサイズが違いますが実際に動くのは面白いです) なおドゥグーのミニカーには合成ゴムのタイヤに含まれる可塑剤(有機溶剤)がプラスチック製ホイールを溶かすという問題があり、このF2もホイールが溶けてしまったので、ホイールを別のミニカーの物に交換してあります。(ホイールを交換してない物の画像はこちらにあります。→ ミニカーの魅力 フィアット F2) これ以外のフィアット F2のミニカーはブルムの物があり、ブルムはフィアット S61もモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT F2 (130HP) 1
FIAT F2 (130HP) 2

 以下はコクピット周りと底板の後輪駆動チェーンの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT F2 (130HP) 3
FIAT F2 (130HP) 4

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット F2 1907 (1/43 型番R016)の画像です。ブルム初期の物ですが、たぶん上記ドゥグー製をお手本にしていると思われ、ドゥグー製と同じぐらいの素晴らしい出来ばえです。ドゥグー製のF2と較べると、リアにスペアタイヤが追加されていて、その関係で燃料タンクが後方に移動しています。ビスカレッティ自動車博物館に保存されている実車はスペアタイヤが付いているのでブルム製のほうが実車に忠実なようです。後輪駆動チャーン部など、スケールモデル的な観点で評価するとこのブルム製のほうがドゥグー製より優れています。ただ作られた時期を考えればこれは当たり前のことで、ドゥグー製にはスケールモデル的な物差しでは測れない魅力があります。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT F2 (130HP) 5
FIAT F2 (130HP) 6

 以下はフロントの拡大画像とコクピット周り/底板分の後輪駆動部の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT F2 (130HP) 7
FIAT F2 (130HP) 8

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット S61 115HP 1908 (1/43 型番R017)の画像です。年式から判断すると上記のF2をベースにして開発されたS61の初期の物をモデル化しているようです。ただしこの42号車がどのレース仕様の物をモデル化しているのかどうかについては、色々と調べましたが不明です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT S61 115HP 1
FIAT S61 115HP 2

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ITALA PEKING-PARIS WINNER 1907 ITALY

ITALA PEKING-PARIS WINNER 画像をクリック/タップすると画像が変わります
RIO 2 1/43 105mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.5m 全幅約1.6m
エンジン 変速機: 4気筒 7433cc 45HP 4段変速
性能: 最高速100km/h
データーベースでイターラのミニカー検索

 

イターラ 北京-パリ レース 優勝車 イタリア 1907

 

 イタリアのチェイラーノ兄弟はイタリア自動車産業の創世記に重要な役割を果たした人物でした。1898年にジョヴァンニ バッティスタ チェイラーノとマッテオ チェイラーノが共同で設立した「チェイラーノ GB&C」社が自動車製造を始め、2気筒エンジンを搭載する小型車を開発しました。この会社は1899年に設立されたフィアット(FIAT)社が買い取り、開発されていた車はフィアット 1号車として発売されました。その後ジョヴァンニ バッティスタはフィアットを去り、「STAR」社(後にフィアット傘下となる)を設立しています。マッティオは1904年にイターラ(ITALA)社を設立しました。

 

 イターラ社はレースで活躍して有名になりました。1905年に開催されたコッパ フロリオでは14.5Lの大排気量エンジンを搭載するイターラ 112HP(→イターラ 112HP実車画像)で優勝し、1906年の第1回タルガ フロリオでも優勝しました。さらにイターラを有名にしたのは1907年に行われた世界最長の「北京-パリ」レースでの勝利でした。「北京-パリ」レースは文字どおり中国 北京を出発してシベリアを経由してフランス パリまでの16000kmを走るという壮大な冒険レースでした。(参加したのはド ディオン プートンなど5台だけでした) このレースを44日間(1日平均364㎞)で走り切り優勝したのがイターラでした。優勝車は4気筒7433cc(45HP)エンジンを搭載し4段変速で最高速100km/hの性能でした。このレースの勝利はイターラ車の販売に大きく寄与しました。

 

 

 ミニカーは1961年に発売されたイタリアのリオ製です。クラシックカー専門ブランドとして登場したリオのミニカーは、大人のコレクターを対象とした非常に精密なもので 、当時の玩具としてのミニカーとは一線を画す画期的なものでした。これは「北京-パリ」レースの優勝車をモデル化していて、ボディに書かれた「PARIGE PECHINO」はイタリア語で「パリ 北京」の意で、運転席後方の補助席、ガソリンタンク、スペアタイヤなどのレース仕様が忠実に再現されています。現在的な感覚でみても良く出来た普通のミニカーですが、これは58年前に発売された物なのです。なお画像の物は1978年に入手したものですので、最初に発売されたものとはパーツの材質が変更されています。例えばボンネットの固定バンドですが、これはプラスチック製ですが、初期の物は本物の皮革が使われていました。(参照→初期の物との比較画像) ただし材質変更以外は最初に発売されたものと同じです。このミニカーは型番4002や型番4224でリニューアルして販売され、2012年にもリオの50周年記念品として特別カラーで新規に発売されています。多少型を修正したり仕上げを変更したりしていますが、たぶん世界一長期間ほぼ同じ状態で作られてきたミニカーだと思います。 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席部分の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ITALA PEKING-PARIS 1
ITALA PEKING-PARIS 2

 以下は1961年に発売されたリオ製のイターラ タルガ フロリオ 1906 (1/43 型番1)の画像です。これはリオの型番1で最初に作られたもので、タルガ フロリオ仕様のイターラです。上記の「北京-パリ」レース仕様とは違って、スペアタイヤだけが付いた当時の純粋のレース仕様です。これも1978年に入手したものですので、初期物とは多少仕上げが変更されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ITALA 1
ITALA 2

 以下は1998年に発売されたリオ製のイターラ タルガ フロリオ 1906 (1/43 型番SL045)の画像です。型は変更していませんが、タイヤなどの仕上げを変更して、リニューアルして発売したものです。#3のゼッケンの追加と当時の実車に即したホワイト タイヤへの変更で、よりリアルなミニカーとなっています。またプラスチックの台座にタルガ フロリオ レースを描いたレリーフを模した飾りが付いていました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ITALA 5
ITALA 6

 以下は2006年に発売されたM4製のイターラ タルガ フロリオ 1906 (1/43 型番STF01)の画像です。M4のタルガ フロリオ シリーズの1台で、2004年からM4のブランドとなったリオ製の上記のモデルを流用してフィギュアを追加した物です。(フロント グリルなど多少仕上げが違っていますが) このミニカーの魅力は当時の服装をした良く出来たフィギュアでしょう。私はこのフィギュアが気に入ってこのミニカーを購入してしまいました。なおこのフィギュアはイタリア人ドライバーのA.カーニョ(Alessandro Cagno)です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ITALA 7
ITALA 8

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LEGNANO 6/8HP 1908 ITALY

LEGNANO 6/8HP 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU M07 1/43 68mm

 

レニャーノ 6/8HP イタリア 1908

 

 レニャーノは1906年に設立され2年後には消滅したごく短命の自動車メーカー 円筒形のボンネットには2気筒 1135cc 8HPエンジンが収まっています。このようなマイナーなメーカーですがイタリアのビスカレッティ自動車博物館に実車が展示されています。

 

 ミニカーはドゥグー製です。丸いグリルが特徴的でユーモラスなミニカーです。

 

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3m 車重 420㎏
エンジン 変速機: 2気筒 1135cc 8HP 
性能: 
 

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ITALA 35/45HP PALOMBELLA 1909 ITALY

ITALA 35/45HP PALOMBELLA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU 6 1/43 105mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.5m
エンジン 変速機: 4気筒 7433cc 45HP 4段変速
性能: 最高速70km/h
データーベースでイターラのミニカー検索

 

イターラ 35/45HP PALOMBELLA (パロンベッラ) イタリア 1909

 

 前述したように「北京-パリ」レースの勝利で有名になったイターラは業績を伸ばし、1910年頃にはフィアットに次ぐイタリア第2の自動車メーカーになっていました。当時のガソリンエンジン車はほとんどが後輪をチェーンで駆動していましたが、イターラ車はプロペラシャフトとベベルギアを使って後車軸を駆動するシャフトドライブ方式を採用していました。長距離レースでの優勝がシャフトドライブが耐久性に優れていることを証明しています。イターラはスリーブバルブ エンジンやロータリーバルブ エンジンなど新しい技術を採用したエンジンを開発し、小型車から大型車まで幅広い車種を生産しました。1914年に第1次大戦が勃発しイターラは兵員輸送車両と航空機エンジンの製造を行いました。

 

 イターラ 35/45HPは前述した「北京-パリ」優勝車と同じパワートレインにリムジンボディを架装した高級車です。特にこのPALOMBELLA(パロンベッラ)と呼ばれた車は、当時のイタリア皇太后であったマルゲリータ ディ サヴォイア(Margherita di Savoia)の御料車として特別に架装されたリムジンでした。とても気品のある美しいデザインの車で、客室ドア下のステップ、鷲の紋章のドアの取っ手、運転手背後のガラス仕切りに付いた伝声管など特別な仕様となっています。またフロントグリルの上部にはイターラのロゴの代わりに王家の車であることを示す「PALOMBELLA」のロゴが表示されていました。(PALOMBELLAとは地名か家名のようですが、詳細は不明です) 実車はイタリアのトリノ自動車博物館が所蔵しています。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたイタリアのドゥグー製です。ドゥグーはクラシックカー専門のブランドで、イタリアの博物館の車を40種類ほどモデル化していました。前述した「北京-パリ」レース優勝車をモデル化したリオのミニカーは、当時の玩具としてのミニカーとは一線を画す画期的なものでしたが、ドゥグーのミニカーもほぼ同様の出来ばえでした。特にMiniautotoysシリーズはリオよりもさらに緻密な出来ばえでした。(参照→ドゥグーのミニカー一覧ページ) このPALOMBELLAもそのMiniautotoysシリーズの一つで、ドアの取っ手、足下のステップ、PALOMBELLAのロゴなど細部が良く再現されていて、とても素晴らしい出来ばえです。 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席部分の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ITALA 35/45HP 1
ITALA 35/45HP 2

 以下は上記ドゥグーのバリエーションの35/45HP 1909 (1/43 型番16)の画像です。底板部分にはエンジン/ドライブシャフト/後輪デフなどのメカ部分もちゃんと再現されています。型番6の単なる色違いのように見えますが、フロントグリル上部のロゴがITALAのロゴに変えてあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ITALA 35/45HP 1
ITALA 35/45HP 2

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FIAT TYPE 2 (15/20HP) 1910 ITALY

FIAT TYPE 2 (15/20HP) 画像をクリック/タップすると画像が変わります
RIO 14 1/43 95㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 4気筒 2.6L 20HP 4段変速
性能: 最高速70km/h
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フィアット タイプ 2 (15/20HP) イタリア 1910

 

 大型の高級車を作ってきたフィアットは1908年に小型車のタイプ 1(12/15HP)を発売しました。タイプ 1は4気筒1.9L(15HP)エンジンを搭載した小型車で、4段変速で最高速70km/hの性能でした。この車は基本的にはタクシーキャブで、イタリアだけではなく欧州の大都市のタクシー会社で大量に使われました。タクシーキャブを大量生産して市場を拡大するやり方は、同時期のフランスのルノー タイプ AGと同じでした。タイプ 1は1922年まで生産され、総生産台数は約6000台でした。(実車画像→ フィアット タイプ 1 1908)

 

 1910年には一般向けとしてタイプ 1をベースにしたタイプ 2(15/20HP)が登場しました。タイプ 2は4気筒2.6L(20HP)エンジンを搭載した中型車で、4段変速で最高速70km/hの性能でした。ただしまだ高価格で大衆車とは言えませんでした。タイプ 2はイタリアの軍隊に正式採用された最初の車となりました。1912年にエンジンを4気筒2.8L(28HP)に拡大したタイプ 2Bに変わりました。ボディ形式はランドレー型セダン、オープンのトルペード、商用バンなどがありました。1920年まで生産され、タイプ 2/2Bの総生産台数は約2.2万台でした。

 

 

 ミニカーは1978年頃に発売されたリオ製です。お抱え運転手が運転するランドレー型セダン(後部が幌になっている)をモデル化しています。リオのクラシックカーはマニア向けで灯火類、操作レバー、フェンダーなどの細かいパーツから、シャーシやサスペンションなどのメカ部分までリアルに再現されています。このタイプ 2も折れ曲がったフロントスクリーンやボンネットからキャビンにつながる曲面的な造形など実車のボディ形状をよく再現しています。エドワード期のクラシックカーのミニカーとして非常に良い出来ばえです。タイプ 2のミニカーはこれしかありませんので、車種的にも貴重です。 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT TIPO 2 1
FIAT TIPO 2 2

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FIAT TYPE 4 (35HP) 1911 ITALY

FIAT TYPE 4 (35HP) 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU 1 1/43 105㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.4m 全幅約1.55m 車重 約1.1t
エンジン 変速機: 4気筒 5.7L 45HP 4段変速
性能: 最高速95km/h
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フィアット タイプ 4 (35HP) イタリア 1911

 

 前述したように大型の高級車を作ってきたフィアットは1908年に小型車タイプ 1(12/15HP)を発売しました。1910年にはタイプ 2が登場し、フィアットは自社のラインアップを一新し、タイプ 1からタイプ 6まで6車種を設定しました。以下はその概要です。

  • タイプ 1 (12/15HP) 4気筒1.9L(15HP)エンジン搭載 タクシーキャブ
  • タイプ 2 (15/20HP) 4気筒2.6L(20HP)エンジン搭載 小型車
  • タイプ 3 (20/30HP) 4気筒4L(32HP)エンジン搭載 中型車
  • タイプ 4 (35HP) 4気筒5.7L(45HP)エンジン搭載 高級大型車
  • タイプ 5 (50/60HP) 4気筒9L(75HP)エンジン搭載 豪華大型車 6気筒7.4Lエンジン搭載の35/45HPの後継車
  • タイプ 6 (50/60HP) 4気筒9L(75HP)エンジン搭載 当時最上級大型車 6気筒7.4Lエンジン搭載の35/45HPの後継車

 

 タイプ 4は上から3番目の高級大型車ですが、タイプ 5/6は最上級車ですから一般向けでは一番上級の車だったはずです。4気筒5.7L(45HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速95km/hの性能でした。ボディ形式はランドレー、リムジン、オープンのトルペードなどが架装されました。トルペード仕様がイタリア国王が旅行の際に使用する車として使われたそうです。この車はアメリカのフィアット工場でも生産され、アメリカではタイプ 56(35HP)の名前で販売されました。1918年まで生産され、総生産台数は約700台でした。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたクラシックカーの専門ブランドのドゥグー製です。タイプ 4のオープン仕様のトルペード(3列シート)をモデル化しています。ドゥグーは大人のマニア向けのミニカーで、イタリアのビスカレッティ自動車博物館に保存されている実車を忠実にモデル化していました。このタイプ 4も全体的なバランスが良く、フロントグリルや灯火類の細部も実車に忠実に出来ています。メッキパーツがピカピカではなく少し鈍いメッキになっているのが、いかにも古い車らしいリアルさがあります。(少し埃で汚れていることもありますが) また幌の前端をフェンダーに接続している革バンドは本物の皮革なので経年劣化で半分腐ってしまい、触ると完全に崩壊する寸前の状態になっています。なおドゥグーのミニカーにはホイールが溶ける問題があるのですが、このタイプ 4に関してはホイールの材質が異なるようでその問題は発生していません。これ以外のタイプ 4のミニカーはガマの1/45がありました。 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT TIPO 4 1
FIAT TIPO 4 2

 以下は上記の幌を畳んだバリエーションのフィアット タイプ 4 1911 (1/43 型番3)の画像です。幌以外は上記と同じものです。幌が畳まれているので、室内の3列シートの配置が良く分かります。最後部のシートはかなり大き目でシートというよりもソファーのような感じに見えます。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT TIPO 4 TORPEDO 1
FIAT TIPO 4 TORPEDO 2

 以下は1966年に発売されたガマ製のフィアット 4 (1/45 型番991)の画像です。縮尺が1/45なので、全長93㎜ほどで上記ドゥグー製より少し小さいです。同じトルペードをモデル化していますが、タイヤ/ホイールが大きめなので相対的にボディが小さくみえてバランスが悪いです。ガマにも幌を閉じた状態のバリエーション(型番992)があります。ガマのクラシックカーはマニア向けではなく安価でしたから、ドゥグー製ほどリアルではありませんが、それでも当時のクラシックカーのミニカーとしてはそこそこの良い出来ばえでした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT TIPO 4 5
FIAT TIPO 4 6

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FIAT S76 1911 ITALY

FIAT S76 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU 24 1/43 105mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.75m 全幅約1.5m
エンジン 変速機: 4気筒 28L 290HP 4段変速
性能: 最高速180km/h以上
データーベースで戦前のフィアットのミニカー検索

 

フィアット S76 イタリア 1911

 

 前述したようにフィアット F2はGPレースの頂点を極めましたが、その後のGPレースでは大排気量エンジンを搭載した馬力重視型のレースカーは時代遅れになっていきました。そこでフィアットは大排気量エンジンのGPカーを使って自動車の速度記録樹立に挑戦することになりました。当時の速度記録は1911年に4気筒21.5L(200HP)エンジンを搭載したブリッツェン ベンツがデイトナ ビーチで達成した時速228.1km/hでした。そこでフィアットはブリッツェン ベンツを上回る排気量28354cc(290HP)という史上最大の自動車用4気筒エンジンを搭載したS76で世界記録樹立を目指しました。

 

 S76は何度か速度記録に挑戦しましたがうまくいきませんでした。1913年のベルギーのオスランドでの速度記録挑戦では、往路で132.37mph(213.02km/h)が計測されましたが復路の計測ができず記録は達成できませんでした。(非公式ではアメリカで最高速290km/hに達したともいわれていますがこれは?です) S76は速度記録車なのでそれなりに空力的なデザインがされていますが、エンジンが巨大なのでボンネット部分が異様に高い独特の形をしています。見た目だけでも迫力がありますが、エンジンを始動させると強烈な爆発音が鳴り響きボンネット横の排気管からは炎が噴き出したそうです。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたクラシックカーの専門ブランドのドゥグー製です。ドゥグーは大人のマニア向けのミニカーで、イタリアのビスカレッティ自動車博物館に保存されている実車を忠実にモデル化していました。このフィアット S76も独特の迫力のあるボディが良く再現され、実際に可動する後輪駆動用チェーンなど凝った作りです。ドゥグーのミニカーのホイールは経年変化で溶けてしまうという問題があり、このS76のホイールも似たようなデザインの別のミニカーのホイールに交換してあります。ホイールの色合いがボディと少し異なり違和感があるのはそのせいです。(オリジナルのホイールはボディと同色に塗装されていました) これ以外のS76のミニカーは2017年に発売されたAUTOCULT(レジン製)があります。 以下はフロント/リアの拡大画像と後輪駆動用チェーン部分の拡大画像です。チェーンとスプロケットは軟質プラスチック製で実際に回転させることができます。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT S76 1
FIAT S76 2

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ALFA 60HP CORSA 1911 ITALY

ALFA 60HP CORSA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R026 1/43 95㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 4気筒 6.1L 70HP 4段変速
性能: 最高速125km/h
データーベースでアルファ ロメオ 初期のミニカー検索

 

アルファ 60HP コルサ (レーシングカー) イタリア 1911

 

 20世紀初頭にイタリアでフランスのダラック社の自動車の組立てが行われていました。ダラック社が経営不振となり、そのイタリア工場を買収して1910年に設立されたロンバルド自動車製造有限会社(A.L.F.A..:AnonimaLombardaFabbricaAutomobili)はその頭文字から製品をALFAと名づけました。これが後のアルファ ロメオ社の始まりと名前の由来です。1918年に実業家のニコラ ロメオがA.L.F.A.の株を買い取り、会社名がSocieta Anonima Italiana Ing. Nicola Romeo(ニコラ ロメオ技師株式会社)に代わり、この時にアルファ ロメオというブランド名ができました。さらに1930年に社名がS.A. アルファ ロメオ(S.A. Alfa Romeo)に変更されました。

 

 最初のアルファは24HPという名前の車(実車画像)で、4気筒 4084cc(45HP)エンジンを搭載し、4段変速機を介して最高速度100km/hの性能でした。この車は高性能でしたので、すぐにレースに挑戦しました。この24HPに続いて30HP(4気筒4.2Lエンジン)、40/60HP(4気筒6.1Lエンジン)がレースで活躍したことで、アルファ ロメオはスポーツカーメーカーとしての地位を確立していきました。

 

 

 ミニカーは1981年に発売されたブルム製で、自動車初期のレーシングカーのシリーズ物の一つです。まだアルファ ロメオというブランド名ではないアルファ 60HPのレース仕様車をモデル化しています。まだカーボンが使われていなかったので白い色をしているタイヤや、シート背後の「ALFA」のロゴが付いたタンクなどが再現され、当時のミニカーとしてはかなり良い出来ばえでした。これ以外の60HPのミニカーではポリトーイ初期のプラスチック製がありました。 以下はフロント/リアの拡大画像とコクピット周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ALFA 24HP RACINGCAR 1
ALFA 24HP RACINGCAR 2

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FIAT TYPE 0 (12/15HP) 1912 ITALY

FIAT TYPE 0 (12/15HP) 画像をクリック/タップすると画像が変わります
RIO 6 1/43 88mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長 3660mm 全幅 1450mm 車重 900kg
エンジン 変速機: 4気筒 1846cc 19HP 4段変速
性能: 最高速62km/h
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フィアット タイプ 0  (12/15HP) イタリア 1912

 

 前述したようにフィアットは1910年にタイプ 1からタイプ 6のラインナップを設定しましたが、自動車のさらなる普及を狙って1912年に小型車 タイプ 0を登場させました。タイプ 0は従来はカロッツェリアが架装していたボディをオープン4シーターに限定して標準化することで大量生産しました。(この大量生産はアメリカのフォード T型と同じやり方です) 大量生産と小型化でタイプ 0は当時の同じクラスの車の約半値という低価格を達成しました。4気筒1846cc(19HP)エンジンを搭載し4段変速で最高速度62km/hの性能は小型車として十分なものでした。

 

 フィアットとしてはボディの標準化もこのような小排気量エンジン搭載もタイプ 0が初めてでした。またボディが標準化されたので、電装品も標準装備されていました。標準ボディ以外には2シーターのスパイダーなどが架装されました。低価格の小型車としてタイプ 0は大ヒットし、自動車の大衆化の始まりとなりました。タイプ 0はイタリア国内だけでなくヨーロッパ諸国に輸出されました。イタリアが第1次大戦に参戦したので、タイプ 0の生産は1915年に中止となりました。約3年間で2200台以上が生産されたようです。

 

 

 ミニカーは1970年代に発売されたイタリアのリオ製です。リオのクラシックカーはマニア向けで灯火類、操作レバー、フェンダーなどの細かいパーツから、シャーシやサスペンションなどのメカ部分までリアルに再現されていました。このタイプ 0はリオ初期のモデルですが、フロントグリルや灯火類などの細部がリアルで当時のミニカーとしては格段にレベルの高い仕上げでした。なお幌の前端とフェンダーを接続している革バンドは本物の皮革でできています。(ただし皮革が使われていたのは初期だけで、後にプラスチック製に変わりましたが) 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席周りの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT TIPO 0 1
FIAT TIPO 0 2

 以下は1970年代に発売された上記リオ製のフィアット タイプ 0 スパイダー 1912 (1/43 型番7)の画像です。上記のバリエーションでスポーティな2シーターのスパイダーをモデル化しています。当時はまだカロッツェリアによる特注ボディの架装が行われていて、このようなスパイダー形式のタイプ 0もありました。後部デッキには折畳み式スペアーシート(ランブルシートという)が格納されていました。運転席側のランニングボードの上にある円筒形の物はヘッドライト用ランプのアセチレン発生器です。(電気式のヘッドライトもあったのですが、まだ信頼性が低かったのです) これもリオの初期物なので、幌を固定するベルトは皮革製です。型番12で幌が閉じたタイプもあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT TIPO 0 SPIDER 1
FIAT TIPO 0 SPIDER 2

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ITALA 25/35HP 1912 ITALY

ITALA 25/35HP 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU 7 1/43 102㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.48m 全幅約1.86m
エンジン 変速機: 4気筒 5401cc 35HP 4段変速
性能: 最高速80km/h
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イターラ 25/35HP イタリア 1912

 

 第1次大戦前の1911年にイターラはイタリア初のスリーブバルブ エンジン(4気筒3.3L)を搭載した車を発売しました。スリーブバルブ エンジンとはシリンダー上部に吸排気バルブを設けるのではなく、シリンダー側面に吸排気口を設け開口部を持つスリーブをスライドさせることで吸排気を行うもので、静粛性が高いので1940年代以前には高級車に採用されたエンジンでした。イターラはこのエンジンを小型車から大型車まで様々な排気量で適用し、1913年のフランス GPに参戦したレーシングカーにも採用されました。1914年に第1次大戦が勃発しイターラは兵員輸送車両と航空機エンジンの製造を行いました。

 

 第1次大戦後に最初に生産されたモデルは4気筒2813cc(35HP)スリーブバルブ エンジンを搭載したティーポ 50 25/35HPでした。その後も戦前同様にたくさんのモデルを製造していましたが、1925年に経営危機に陥りました。打開策としてSOHC 6気筒2Lエンジンを搭載したティーポ 61やDOHC 6気筒2Lエンジンを搭載したティーポ 65(→ティーポ 65 実車画像) を登場させました。1928年にはティーポ 65がルマンでクラス優勝しましたが、往年の栄光は取り戻せず、1929年にトラックメーカーのOMに買収されブランドは1934年に消えました。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたイタリアのドゥグー製です。ドゥグーはクラシックカー専門のブランドで、イタリアの博物館の車を40種類ほどモデル化していました。同時期に登場したリオのミニカーは当時の玩具としてのミニカーとは一線を画す画期的なものでしたが、ドゥグーのミニカーもほぼ同様の出来ばえでした。この25/35HPはトリノ自動車博が所蔵する実車を忠実にモデル化しています。普通のオープン仕様よりも低いウインドスクリーンを持つスポーティなボディを架装した4ドア フェートンです。(この車のエンジンはスリーブバルブではないようです) リアルなフロントグリル、室内中央のウインドスクリーン、右側フロントフェンダーに付いた竜の形をしたホーン、本物の皮革を使った幌前端を固定するベルトなど細部がリアルに再現され、実に素晴らしい出来映えです。 以下はフロント/リアの拡大画像と運転席部分の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ITALA 25/35HP 1
ITALA 25/35HP 2

 以下は同じドゥグー製のバリエーションで幌を畳んだイターラ 25/35HP 1912 (1/43 型番8)の画像です。閉じた幌以外は上記と同じものですが、3列シート配置などの室内が良く見えます。なお本来はこれにも右側面のスペアタイヤと室内中央のウインドスクリーンがあるのですが、どちらも欠品しています。ウインドスクリーンは接着されていた痕があるので、外れてなくなったようです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ITALA 25/35HP 3
ITALA 25/35HP 4

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