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スチュードベーカー コマンダー スターライナー アメリカ 1953年
第2次大戦後の1947年に発売されたスチュードベーカー コマンダー/チャンピオンは、BIG3(GM/フォード/クライスラー)の戦後型自動車生産が遅れていたことで大ヒットし業績を伸ばしました。1953年にコマンダー/チャンピオンはモデルチェンジしました。先代同様にレイモンド ローウィがデザインしたボディは、ノーズが低い先進的なデザインで、特にクーペのフロント周りは2年後に登場したシトロエン DSのフロント周りを先取りしたようなデザインでした。2/4ドアセダンと2ドアクーペがあり、2ドアクーペにはセンターピラーのあるスターライトと、センターピラーのない上級グレードのスターライナーがありました。チャンピオンは6気筒2.7Lエンジン(1955年以降は6気筒3L(101HP)エンジン)を搭載し3段変速で最高速135km/h(3L)、コマンダーはV型8気筒3.7L(140HP)を搭載し3段変速で最高速160km/の性能でした。(実車画像→ スチュードベーカー コマンダー 4ドアセダン 1953)
専門家の評価は高かったのですが、先進的なデザインの車は一般受けしないというよくあるパターンで、あまり売れなかったようです。この失敗でスチュードベーカーは苦境に陥り、1954年に同じような状況にあったパッカードと合併しました。合併後にセダンは先進的なデザインを古めかしく改変し、クーペはフロントグリルを追加したホーク(HAWK) シリーズに変わりました。1957年にチャンピオンはモデルチェンジしてスコッツマン(SCOTSMAN)に改名され、コマンダーは一時的に名前が消えましたが1963年に復活しました。(実車画像→ スチュードベーカー スコッツマン 1957)
ミニカーは1990年頃に発売されたフランクリン ミント製の1950年代シリーズの1台です。一番上級グレードのコマンダー スターライナーをモデル化しています。フランクリン ミントの1950年代シリーズは1950年代の代表的なアメリカ車12車種を1/43でモデル化していて、レトロな作風ながらボンネット/ドアが開閉するなど細部までリアルな作りでした。このスチュードベーカーもプロポーションが良く、最大の特徴であるフロントの造形がうまく出来ていて、レトロな作風ながら当時のミニカーとしてはかなり良い出来ばえでした。ボンネット/ドアの開閉ギミック付きで、エンジンルーム内のV型8気筒エンジンや室内の造形は結構リアルに出来ていました。これ以外の同時期のスチュードベーカーのミニカーはディンキー(仏)の当時物 スターライナー、ダンバリー ミントのスターライナー 1/24、スパーク(レジン製)のスターライト、BOS MODELS(レジン製)のスターライナーなどがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリアの画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


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パッカード カリビアン コンバーチブル アメリカ 1953年
第2次大戦中のパッカードはロールス ロイスの航空機エンジンをライセンス生産しました。戦後は1946年から戦前のクリッパー(6/8気筒エンジン搭載)の改良版の生産が始まりました。1948年にマイナーチェンジしたクリッパーは、新型を強調する為にクリッパーの名前を外しました。パッカードは1951年に戦後初の新型車200/250/300シリーズとその上級車パトリシアン 400を発売しました。この新型車はフェンダーがボディと一体化した戦後型のフラッシュサーフェスボディを採用していました。ただこの戦後型の発売は、BIG3(GM、フォード、クライスラー)に対して遅れをとっていました。(実車画像→ パッカード 200 1951)
200は当時のパッカードでは一番安価なモデルで、8気筒4.7L(135HP)エンジンを搭載していました。250/300/400は8気筒5.4L(150HP)エンジンを搭載していました。200/250/300シリーズは1953年から名前がクリッパー、メイフェア、キャバリアに変わりました。 画像のカリビアンは1953年に登場した2ドア コンバーチブルの高級パーソナルカーでした。(1956年にハードトップ仕様追加) 直列8気筒5.4L(180HP)エンジンを搭載したスポーティなモデルで高価格でした。ただ同時期のリンカーンやキャディラックに比べるとやや平凡なデザインで、いまひとつ魅力に乏しいように思われます。
ミニカーは1989年頃に発売されたフランクリン ミント製で、1950年代のアメリカ車を1/43サイズでモデル化した1950年代シリーズの1台でした。実車が全長5.5mもあるでかい車なので、ミニカーも大きなサイズで迫力がありました。実車の雰囲気がうまく再現されていて良く出来ていました。ドア/ボンネットが開閉するギミック付きで、室内やエンジンが再現されていました。ヘッドライトをメッキパーツで表現するなどややレトロな作風は昔のアメリカ車の雰囲気に合っていると思うので個人的には気に入っています。以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


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メルセデス ベンツ 180 (W120) ポントン ドイツ 1953年
戦前の小型車メルセデス ベンツ 170Vは戦後に再生産されて、1949年にボディを大型化しトランクを付けた170Sに改良されました。170Sは1953年に戦後型の180(W120)にモデルチェンジしました。エンジンは170Sの流用(4気筒 1.8L 52HP)でしたが、ボディは独立したトランクを持つ近代的な3ボックススタイルとなり、窓が大きくなり室内も広くなっていました。名前に付与された「ポントン」とは、フェンダーがボディと一体化したいわゆるフラッシュ サーフェス ボディのことを意味するもので、180/200/220系の俗称でした。この当時からディーゼルエンジン(1.8L 40HP)搭載の180Dも発売されていて、タクシーなどに使われ販売台数はディーゼルが3割ほど多かったとのことです。
メルセデス ベンツ 180系(W120)は1962年まで生産されましたが、その間に排気量を拡大した1.9Lの190/190D (W121)が追加されました。1954年に180系とほとんど同じデザインで一回り大きなボディに6気筒2.2Lエンジンを搭載した上級車(現在のSクラス相当) 220a (W180)が登場しました。220aは1956年に 220S(W180)に発展し、1958年に改良型の220SE (W128)となりました。
1959年に220SE (W128)は当時流行したテールフィンがついたボディを採用した220b (W111)にモデルチェンジしました。4気筒エンジン搭載の190系も1961年のモデルチェンジでテールフィンがついたボディが採用された190c/190Dc (W110)に変わりました。この車には4段オートマチック仕様もありました。このテールフィンのついたベンツは「羽ベンツ」と呼ばれました。
ミニカーは2000年に発売されたミニチャンプス製です。ミニチャンプスらしいそつのないうまい造形で、フロントグリルや室内などの細部までリアルに仕上げてあり良く出来ていました。ウインドーの手前に付けられたウインカー(オレンジ色)とテールライトが塗装で処理されていますが、これはあえてレトロな作風にしているように思います。(クラシックカーはこのレトロな作風が似合うように思います) ミニチャンプスにはタクシーやポリスなどのバリエーションが十数種類ありました。ミニチャンプス以外のW120のミニカーは、古いものではテクノやジク(SIKU)がありました。最近の物ではデルプラドの世界の名車シリーズ、ブレキナの商用車なども含めて約30種類、ヘルパ、イクソなどたくさんあります。以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)










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ルノー フレガート アミラル フランス 1953年
第2次大戦中に連合軍の空襲で壊滅的に破壊されたルノー社は、戦後フランスの国策で国有化されました。ルノーの復興は戦前型のジュバカトルの生産再開から始まり、1946年の新型小型車4CVの発表と続きました。ルノーは新型車として中型車を企画していたのですが、戦後復興のために小型車4CVの開発を優先しました。その後1951年になって当初予定していた2Lクラスの中型車フレガートが登場しました。フレガートは戦前のヴィヴァステラの後継車で全長4.7mの大柄なボディに4気筒2L(56HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速132km/h の性能でした。
1953年にデラックス仕様のアミラル(AMIRAL)と廉価版のアフェール(AFFAIRES)にグレードが分けられ、1956年に2.1L(77HP)エンジンが追加され豪華仕様のグラン パヴォア(GRAND PAVOIS)とステーションワゴンのドメン(DOMAINE)が追加されました。1959年にトルコン式3段自動変速機が設定されましたが、1960年には生産中止となりました。総生産台数は約16万台でした。ルノーではその後1975年に30が登場するまで中型車が無くなるのですが、これは1955年に登場したシトロエン DSが大ヒットして中型車市場を占有してしまったことが原因のようです。
ミニカーは2002年に発売されたコフラディス(COFRADIS)のノスタルジー(NOSTALGIE) シリーズです。コフラディスはフランスの模型ショップで、ノスタルジーという独自ブランドで名前どおりの懐かしい感じのするクラシックカーのミニカーを販売していました。このブランドのミニカーはイクソ製がほとんどで、意図的にややレトロな作風に仕上げているようです。このフレガートも素朴な作風ながら、フロントグリルや室内などの細部は結構リアルで、実車の雰囲気がうまく再現された良い出来ばえでした。これ以外のフレガートのミニカーはCIJやノレブの当時物、エリゴールのセダン/ワゴン/カブリオレ、最近のノレブのセダン/大統領車などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)






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フォード (仏) (シムカ) ベデット デクヴェラブル フランス 1953年
アメリカのフォード社はフランスに進出し、1920年代にはT型やA型の組立てを行っていました。1934年にはフランスのマチス(MATHIS)社がフォード社との合弁会社マットフォード(MATFORD)を設立し、フォード V8の小型版を製造しました。第2次世界大戦の勃発でマットフォードの工場はドイツ軍に占拠され、トラックと軍用車の生産を行いました。(実車画像→ マットフォード アルザス V8 1936)
第2次世界後マットフォードはフォードSAF(フォード フランス)に名前を変え、戦前型のV型8気筒エンジン搭載車(フォード 13CV)の再生産を始めました。1948年には戦後型としてベデットが登場しました。ベデットは米国フォードのマーキュリーを小型化したもので、フラッシュサーフェースを採用した近代的なファーストバック ボディにV型8気筒2.2L(66HP)エンジンを搭載していました。1952年のマイナーチェンジでファーストバックのボディがノッチバックに変更されました。戦後のフランスでは排気量が2Lを超える車には高額な課税がされたので、このようなアメリカ車を小さくしたような車の市場は限られたものでした。1954年にフォードはフランスでの独自路線をあきらめて、フランス工場を小型車メーカーのシムカに売却しました。シムカにとっては近代的なフォード工場と上級車種が手に入るメリットがありました。1954年にシムカ ブランドとなった新型 ベデットが発売されました。
ミニカーは2005年に発売されたソリド製です。マイナーチェンジでノッチバック化されたフォード ベデット 4ドアセダンで、屋根だけが幌になっているデクヴェラブル(DECOUVRABLE)形式のオープンカー(フォードの呼び名はサンライナー)をモデル化しています。ソリドの型番45**のシリーズは主に1950/1960年代のクラシックカーをモデル化していて、当時の定価約2000円と比較的安価ながら、結構良い出来ばえに仕上がっていました。このベデットも老舗らしい手慣れた造形で、実車の雰囲気がうまくく再現されていました。ワイパーがウィンドーにモールドされているなどややレトロな作風でしたが、室内などの細部もそこそこ再現されていました。ソリドは通常のセダンもモデル化していました。これ以外のベデットのミニカーはノレブ初期のプラスチック製とイクソ系のノスタルジーなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)


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