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日産 プレジデント タイプD 250型 日本 1973年
1973年に日産 プレジデント 250型が登場しました。前後のパネルが変更されて見た目が一新されましたが、中身はプレジデント 150型をほとんどそのまま踏襲していましたので、モデルチェンジではなく大幅なマイナーチェンジでした。150型で不評であったトランク容量を増やす為に、トランク部分が拡張され全長が20cm程長くなりました。グリルが独立したフロントデザインはアメリカ車風の派手なもので、150型に比べるとやや品が悪くなりました。
エンジンは150型から踏襲した6気筒3L(125HP)のH30型と排気量を4.4Lに拡大したV型8気筒4.4L(200HP)のY44型で、3段自動変速で最高速195Km/h(4.4L)の性能でした。1975年にエンジンがEGI化されたV型8気筒に統一され、1977年に252型となり最上級仕様の「ソブリン」が追加されました。その後もマイナーチェンジが繰り返され、1982年には角形4灯式ヘッドライトが採用されました。公用車やVIP向け社有車などの用途で1990年まで長く生産され、プレジデント 2代目(JG50型)にモデルチェンジしました。(実車画像→ 日産 プレジデント 1990年)
ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製の当時物です。最上級仕様のタイプDをモデル化しています。フロントグリルの造形はなかなかよくできているのですが、ウェストラインより下の部分の高さとタイヤがやや大きめにできているので、プロポーションが今ひとつです。ボンネット/4ドア/トランク開閉のフルギミック付きで、このサイズでの4ドア開閉ギミックは技術的に難しいようで、あまり立て付けがよくありません。これ以外のプレジデント 250型の当時物ミニカーはトミカがありました。最近の物では当時物をリファインしたトミカ リミテッド、エブロの252型があります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。エンジンルーム中央に円柱状の突起がありますが、これはボディを下に押し付けると押し出される突起で、ボンネットを下から押し上げてボンネット開閉をやり易くするものです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ クラウン タクシー S60型 日本 1973年
2017年にトヨタのタクシー専用車 ジャパンタクシーが登場し、最近(2022年)は良く見かけるようになりました。2000年代のタクシーはトヨタのコンフォート/クラウンセダン、日産 セドリックのタクシー専用車がほとんどでした。1990年代以前は様々な自動車会社のタクシー仕様車がありました。1970-1980年代の中型車クラスのタクシーで代表的な車種といえば、やはりトヨタ クラウンと日産 セドリックがありました。このミニカーがモデル化しているクラウン タクシー (MS60型)が登場したのは私が大学生の頃で、このクラウンの阪急タクシー(阪急電鉄関連会社)には時々乗ったことがありました。
因みにタクシーのエンジンはほとんどがLPガス仕様ですが、これはLPガスがガソリンや軽油より大幅に安かったからで、1960年代にタクシーエンジンのLPガス化が進みました。現在でもLPガスは安いのですが、LPガス充填スタンドが少ないことやガスタンク構造の法規制など諸々の理由で、LPガス車は一般向けには普及していません。
ミニカーは1972年に発売されたダイヤペットの当時物で、前述した型番263のクラウン MS60型を使ったタクシー仕様です。同じ型番で実車のマイナーチェンジ前/後を反映した2タイプ(1st/2nd)があり、これは2ndタイプ(1973年発売)です。2ndタイプはマイナーチェンジ後のクロームメッキバンパーをプラスチックのメッキパーツで再現しています。ドアに日本タクシーと表示されてますが、実在するタクシー会社「日本タクシー」のモデル化ではなく、この「日本タクシー」はダイヤペットの創作のようです。なおダイヤペットのタクシーには黄に青ラインの構内タクシー、黄とオレンジの2トンカラー(東京の大手タクシー会社4社の統一カラー 通称「4社カラー」)、個人タクシーの白などがありました。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ パブリカ スターレット 1200ST KP40型 日本 1973年
1973年にトヨタ パブリカの上級車として、パブリカ スターレットが登場しました。当時のトヨタ流デザインと全く異なる直線的なデザインで非常にクリーンなスタイルでしたが、これはイタルデザインのG.ジウジアーロのデザインだったようです。当時このことはあまり知られていませんでしたが 今見ると確かにG.ジウジアーロの作風であることが分かります。 エンジンはパブリカ 2代目と同じ4気筒1L(58HP)/1.2L(68-74HP)K型で、5/4段MT変速で最高速160km/h(1.2L)の性能でした。業務提携先のダイハツからはコンソルテ クーペとして販売されました。
クーペの登場から半年後に4ドアセダンが追加され、こちらはパブリカの名前がとれて、スターレット 初代として独立しました。(実車画像→ トヨタ スターレット セダン 1973) 1976年のマイナーチェンジでKP50系となり、1Lエンジンが廃止されました。手ごろな値段の車でしたのでレースの入門車両として日産 サニーやホンダ シビックなどをライバルとしてモータースポーツで活躍しました。1978年にスターレット 2代目 (KP60)にモデルチェンジしました。
ミニカーは2011年に発売されたイクソ製です。プロポーションが良く、実車の直線的なデザインがうまく再現されています。フロント/リアグリルと灯火類、ワイパー、室内などの細部がリアルで、かなり良く出来ています。当時の実車が地味であまり目立たなかった為か?、当時物ミニカーはありません。したがってスターレット 初代のミニカーはこのイクソ製しかありません。(このミニカーは国際貿易の特注品として作られた物でした) これと同時期の2011年頃にレーブコレクション(REVE COLLECTION レジン製)がスターレット レース仕様を数種類モデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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トヨタ コロナ 2000GT RT100型 日本 1973年
1973年にトヨタ コロナ 5代目が登場しました。当時のコロナはカローラやカリーナより販売台数が少なく、地味な存在になっていました。オーソドックスなデザインでしたが、1970年代前半の安全意識の高まりに対応したことをアピールした車でした。ボディは衝撃吸収構造を採用し、北米輸出仕様の大型衝撃吸収バンパーがオプション設定されました。また安全に関する異常を知らせる警告灯がオーバーヘッド コンソールに「OKモニター」として装備されました。4ドアセダン、2ドアハードトップ、バンの設定がありました。エンジンは4気筒1.6L(100HP)/1.8L(110HP)/2L(130-145HP)のR型で、3段AT/5-4段MT変速で、高性能DOHC 2Lエンジン(145HP)を搭載した2000GTは最高速180km/hと高性能でした。
オーソドックスなノッチバックスタイルで安全性を強調したのが功を奏したのか、コロナはベストセラーに復活し1976年後半までその地位を維持しました。1977年のマイナーチェンジで、センターグリルを強調したグリルを持つ後期型となりました。1978年にコロナ 6代目(T130)にモデルチェンジしました。なお昭和50/51/53年排出ガス規制対応でトヨタからは触媒方式の「TTC-C」エンジンが1975年に登場し、この排ガス対応で既存エンジンは一様にパワーダウンし、ハイパワーエンジンが一時的に消えました。
ミニカーは1976年に発売されたトミカ ダンディ製の当時物です。高性能版の2000GTをモデル化しています。縮尺が1/45なので1/43より少し小さいのがいまひとつなのですが、実車の雰囲気が良く再現されている秀作です。室内のインパネもサイズなりに良く再現されています。ドアが開閉するギミック付きです。これ以外の当時物ミニカーとしては、トミカの2ドア ハードトップ、ダイヤペットのバンがありました。当時物以外では当時物のトミカをリファインしたトミカ リミッテドの2000GT ハードトップがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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三菱 ギャラン クーペ FTO GSR 日本 1973年
1971年に三菱 ギャラン GTOの弟分(廉価版)として、クーペ FTOが登場しました。FTOもギャランをベースとした設計で、GTOをイメージさせるデザインを採用していました。(GTOのドアを流用しています) エンジンは新設計された4気筒1.4L(86HP)G型で、4段変速で最高速154km/h(1.5L)の性能でした。2ドアクーペのみのFTOは当時の大衆車ではユニークな存在でしたが、トヨタ カローラ レビンや日産 サニー クーペと競合し販売は芳しくなかったようです。
1973年のマイナーチェンジで1.6Lエンジンが追加され、ツインキャブ(110HP)エンジンにオーバーフェンダーを装着し足周りを強化した高性能版のGSRが登場しました。1975年まで生産され、1975年に登場したランサー セレステが後継車となりました。
ミニカーは2006年に発売されたアシェット 国産名車コレクションです。底板にノレブ製と明記された国産名車コレクションの初期物で、オーバーフェンダーを装着したGSRをモデル化しています。プロポーションが良く実車の雰囲気がうまく再現されています。実車と同じカラーリングで室内も彩色してあるなどかなり良い出来ばえです。国産名車コレクションは安価でしたので内装などの仕上げを簡素化したものが多いのですが、初期のノレブ製はこのFTOのように室内の彩色を施したものがありました。ノレブは自社ブランドの型番800169でもFTOを発売しています。FTOの当時物ミニカーは無く、この国産名車コレクションが最近までFTO 初代の唯一のミニカーでしたが、2015年にLA-Xがレジン製でGSRをモデル化しました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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