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フォード フィエスタ MK I イギリス 1976年
フォードが世界戦略車として開発した本格的な小型車がフィエスタで、1976年に登場しました。同時期のGMの世界戦略車Tカー(オペル カデットなど)に対抗した車でもありました。4気筒957cc(45HP)と1.1L(53HP)エンジンをダンテ ジアコーサ方式で横置きする前輪駆動車で、4段変速で、最高速145km/h(1.1L)の性能でした。サイズは全長3.61m全幅1.57mと同時期のフォルクスバーゲン ポロとほぼ同じ(現在の軽自動車より少し大きい)で、フォードが作った一番小さい車でした。デザインは極めてシンプルな3ドアハッチバックで時代に即した物でした。 1977年に1.3L(66HP)エンジン、1981年に1.6L(84HP)エンジンを搭載した高性能版XR2が追加されました。イギリス、ドイツ、スペインの3工場で生産され、1981年には生産累計200万台を達成するなど大ヒットしました。
フィエスタは1983年のマイナーチェンジでフロントのデザインや内装を変更した2代目のMK IIとなりました。フィエスタ MK IIはエンジンが新型の4気筒1.3Lに変わり、ディーゼルエンジン(4気筒1.6L)が初めて搭載されました。高性能版のXR2にはエスコート MK III XR3用の4気筒1.6L(96HP)エンジンが搭載されました。初代同様に2代目のフィエスタも販売は堅調でした。1989年にフィエスタ 3代目にモデルチェンジしました。(実車画像→ フォード フィエスタ 1983)
ミニカーは1977年に発売されたソリド製の当時物です。フィエスタ 初代をモデル化しています。プロポーションは良いのですが、フロントグリルと室内の造形や塗装していないテールライトなど仕上げが簡素すぎて物足りません。1970年代後半の量産ミニカーはコストダウン重視で簡素な作りの物が多かったのですが、ソリドも当時はコストダウン優先で今ひとつの出来ばえになっていきました。これ以外のフィエスタ 初代の当時物ミニカーはオートピレン(ディンキー スペインに同じ)、ナコラル、ノレブの初期物、ポリスティルの1/25、メーベトイの1/43と1/24などがありました。当時物以外ではディテールカー、ミニチャンプス、ソリドの新型(Yesterday シリーズ)、イクソ、バンガーズ、オックスフォードの1/76などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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アストン マーチン ラゴンダ シリーズ II イギリス 1976年
アストン マーチン社は正式にはアストン マーチン ラゴンダ社という名前で、デビット ブラウンが経営者であった時代にアストン マーチンとラゴンダが合併して出来た会社でした。ラゴンダは第2次大戦前の高級車メーカーで、アストン マーチン ラゴンダ社ではDB4をベースとしてDOHC 6気筒4Lエンジンを搭載した4ドアの高級車ラゴンダ ラピード(LAGONDA RAPIDE)を1961年に発売していました。ただこの車は約50台ほどしか生産されていませんので、ほとんど知られていません。 (実車画像→ アストン マーチン ラゴンダ ラピード)
このラピードの後継車として、DBSのホイールベースを延長し4ドア化したアストン マーチン ラゴンダ (シリーズ I)が1974年に登場しました。(実車画像→ アストン マーチン ラゴンダ 1974) ただしこの車はごく少数が生産されただけでした。1976年に2代目のラゴンダ (シリーズ II)が登場しました。全長5.28mの大型車で、一度見たら忘れられないインパクトのあるユニークなボディ、巨大なリトラクタブル ヘッドライト、世界初のLED表示デジタルメータなど桁違いに個性的な車でした。ただ中身はDBシリーズをベースにしていて、エンジンはV型8気筒5.3L(290HP)、最高速230km/hの性能でした。当時の価格で4000万円もする超高級車でしたが、1990年まで生産され約600台が販売されました。
ミニカーは1978年頃に発売されたウエスタン モデル製で、材質はホワイトメタルです。ラゴンダの当時物ミニカーはこれしかありませんでしたので、当時の値段は8000円と高かったのですが、このデザインが気に入って買いました。1/43よりやや大きめにできていて、全長127㎜の大きなサイズでホワイトメタル製なのでずっしりと重く、肝心の特徴的なデザインはうまく再現されていました。昔のホワイトメタル製ミニカーで灯火類などの細部があまりリアルではないので、現在の評価基準で見るとやや大味な感じがします。ただラゴンダのミニカーは最近までこれしかなかったので、その点では貴重なミニカーでした。2010年にミニチャンプスがモデル化し、その後GREAT LIGHTNIMG(レジン製)でもモデル化されたので、このミニカーの希少価値は無くなってしまいました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ラーダ ニーヴァ (VAZ 2121) ロシア 1976年
前述したアフトヴァース社のラーダ 1200の派生車として、乗用車タイプの4WD車 ラーダ ニーヴァ(VAZ 2121)が1976年に登場しました。 フィアット124がベースですが、ボディ、四輪駆動システム、サスペンションなどはアフトヴァース社の設計でした。センターロック機能を持つデフと副変速機を持つ本格的なフルタイム4WD車で、当時のソ連車としては非常に先進的な車でした。4気筒1.6L(76HP)エンジンを搭載し、5段変速で最高速132km/hの性能でした。優れたサスペンションと高い最低地上高で悪路走破能力が高く、ソ連の厳しい道路事情を反映した車でした。
優れた4WD性能に加えて安価で頑丈なこの車は世界各国に輸出され、日本でも硬派の4WD車マニア向けに1980年代に販売されました。価格以外の点で評価された唯一のソ連車ではないかと思います。1.7Lエンジンや1.9Lディーゼルエンジンが追加され、2006年頃まで生産されました。アフトヴァース社は2001年にGMと合弁しGM-AvtoVAZ社を設立しています。現在はオペルやシボレーの小型車をベースにした車を販売しているようです。ニーヴァも改良されてシボレー ニーヴァとして発売されました。(実車画像→ シボレー ニーヴァ 2002)
ミニカーは1980年代に発売されたソ連製の当時物です。1970-1980年代に購入したソ連製ミニカーのなかでも、このミニカーが一番凝った作りのミニカーとなっていました。自国の優れた車ですから、モデル化する際の思い入れが違うのでしょう。独得のフロントグリルや高い車高など実車の雰囲気がかなりうまく再現されていました。ドア、ボンネット、テールゲートが開閉するギミック付きで、床下部分には実車に即したサスペンションが再現されていて前輪が操舵できます。さらにソ連製ミニカーは塗装の経年劣化が多いのですが、このニーヴァはなぜかほとんど劣化していません。これ以外のニーヴァのミニカーはブレキナのポリス仕様など約30種類 1/87、IST モデル、イクソ、ホワイトボックス、ネオ(レジン製)などがあります。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/テールゲート開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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RAF 2203 ミニバス ロシア 1976年
RAF(Riga Autobus Factory)はソビエト連邦(現ロシア)のバン/ミニバスの製造メーカーでした。同社のバン/ミニバスは救急車やパトカーなどの公用車として使用され、一般人が所有するには子供が5人いる家族しか許可されなかったそうです。同社の最初のモデルは乗用車ガズ(GAZ)をベースにして1955年に登場した小型バス RAF 251(22人乗り)でした。 1958年にミニバス RAF 977(10人乗り)が登場しました。フォルクスワーゲン T1の構造を真似て運転席シート下に4気筒2.5L(75HP)エンジンを搭載した後輪駆動車で、3段変速で最高速100㎞/hの性能でした。この車も郵便車や救急車などの公用車でした。(実車画像→ RAF 977)
1976年にRAF 977の後継車として、RAF 2203が登場しました。エンジンをシート下に搭載する構造などはRAF 977と同じでしたが、独立式フロントサスペンションを採用していました。10/12人乗りのミニバスや救急車があったようです。外観も角型ヘッドライトを採用して目新しくなっていました。ただ品質管理がずさんであったこととロシアの厳しい道路事情もあって、故障が多かったようです。この車はソビエト連邦が崩壊した1990年代以降も生産されましたが、その頃には時代遅れとなっていました。1998年にRAFは倒産しました。
ミニカーは1985年頃に発売されたと思われるソ連製の当時物です。(オークションで入手したので正確な発売時期はわかりません) RAF 2203の12人乗りミニバスをモデル化しています。1980年代のミニカーとしては、フロントグリル/バンパー/ホイールが金属製でややレトロな作風ですが、プロポーションが良く実車がリアルに再現されていました。ドア/リアゲートが開閉するギミック付きで、室内には2座/3座/3座/4座の4列シートが再現されています。バリエーションでパトカーやタクシーなどがあったようです。1970年代に輸入されたソ連製ミニカーは粗悪なダイキャスト材が使われ塗装もひどかったのですが、1980年代に作られたミニカーは品質レベルが向上したようで、このRAFには塗装劣化などの不具合はありません。これ以外のRAFのミニカーは同じソ連製でRAF 977、イクソがRAF 2203のラリーアシスタントカーをモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像とリアゲート開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 ブルーバード ハードトップ 810型 日本 1976年
日産 ブルーバード 5代目が1976年に登場しました。先代の名前ブルーバード UからUがとれて、デザインもシンプルでおとなしいスタイルに戻りました。エンジンは先代と同じ4気筒1.6L(95HP)/1.8L(105HP)L型と6気筒2L(115-130HP)L型を搭載し、3段AT 5/4MT変速で、最高速は180Km/h(2L)の性能でした。4ドアセダン、2ドアハードトップとバンが設定されていました。
6気筒エンジンを積んだロングノーズのG6とSSSは全輪独立懸架を踏襲していましたが、それ以外はリアがリーフ リジッドとなり、これは時代遅れで不評だったようです。1977年にリアは4リンク/コイルに改良されましたが、810型は全般的に販売が低迷したようです。1978年のマイナーチェンジで、角形4灯式ヘッドライトを採用した後期型に変わり、ロングノーズに4気筒エンジンを積んだエセ6気筒仕様も追加されました。1979年にブルーバードの6代目(910型)にモデルチェンジしました。
ミニカーは1977年に発売されたダイヤペット製の当時物です。ロングノーズ版 G6のハードトップをモデル化しています。これも造形センスが優れていた12番協力工場が製作していましたので、プロポーションが良く実車の雰囲気がうまく再現されています。フロントグリルや室内のインパネなども良く再現されています。ボンネット/ドア/トランクが開閉するギミック付きです。これ以外の当時物ミニカーはトミカのG6 セダン、トミカ ダンディのG6 ハードトップがありました。(両方とも前期型) 実車の人気がなかった為か、当時物以外のミニカーはありません。 以下はフロント/ボンエットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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