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フェラーリ 126CK ターボ イタリア 1982年
1975年にフェラーリ 312B F1の後継車として、312Tが登場しました。312Tは312Bをベースにして開発され、TはTrasversale(伊語で横の意)の略で横置きギアボックスを採用したことを意味していました。横置きギアボックスを採用したことでショートホイールベース化し、先代の弱点であった操縦性の問題を改善しました。312Tは1975/1976/1977年と1979年のコンストラクター チャンピオンを獲得するなど大成功しました。312Tは改良されて312T2、312T3、312T4と発展し、1980年に312T5となりました。(実車画像→ フェラーリ 312T 1975)
1981年にフェラーリ 312 T5の後継車としてフェラーリ 126CKが登場しました。126CKはフェラーリ初のターボエンジンを搭載し、車名の126はVバンク角120度のV型6気筒エンジン(550HP)、CKはKKK社製のターボチャージャーを意味していました。コンパクトなV6エンジンを搭載することで、当時主流となっていたグランドエフェクトカーとして設計されました。グランドエフェクトカーはサイドポンツーンが大型化するので、コクピットが極端に前進したデザインとなっていました。1981年はG.ビルヌーブがドライブして2勝しました。
1982年にシャーシをセミモノコックからフルモノコックに変更した126C2が登場しました。この年は事故でドライバー2名を失う不幸(G.ビルヌーブは車外に投げ出され死亡、D.ピローニは両足骨折で引退)がありましたが、これは極端に前進したコクピットが原因でもあったように思います。ただ残ったドライバーが健闘してコンストラクターズチャンピオンを獲得しました。1983年にはグランドエフェクトカーのダウンフォースが規制されたので、サイドポンツーンが小型化され前後のウィングを大型化した126C2Bが登場しました。シーズン後半からは従来のアルミハニカム製モノコックからカーボンファイバー製モノコックを採用した126C3が投入されました。この年は4勝してコンストラクターズチャンピオンを連覇しました。
1984年のレギュレーション変更でレース中の再給油が禁止され、燃費対策でウェーバーとマニエッティ マレリが共同開発した電子制御燃料噴射装置が採用され、660HPまでパワーアップしました。シーズン後半にはホイールベースを延長しリアサスペンションを変更した126C4Mに改良され、終盤にはアンダーパネル/ディフューザーで空力処理を改良した126C4Mとなりました。この年は優勝が出来ず1985年には後継車の156/85が登場しましたが、その後1990年代半ばまでフェラーリ F1は低迷することになりました。長い低迷後フェラーリは1999年から6年連続してコンストラクター チャンピオンとなりました。この時期の代表的なマシンはF2003/F2004、ドライバーはM.シューマッハでした。
ミニカーは2005年に発売されたブルム製です。1981年のイタリア GPでリタイアしたフェラーリ 126CK #27(ドライバー G.ビルヌーブ)をモデル化しています。大型サイドポンツーンと前進したコクピットのグランドエフェクトカー独特のボディがうまく再現されています。エンジン/リアサスペンションのメカ部分も結構良く再現されています。ただフロントスクリーンが青く着色されているのははやや玩具ぽいですが、それはブルムの独自性のアピールだということで許容しましょう。(スケールモデル的には×ですが、ミニカーですのでこんなお遊びも有りです) ブルムは126C2と126C4もモデル化しています。ブルム以外の126Cのミニカーはポリスティルの当時物の1/25、BBR(レジン製)の1/18、京商の1/64、イクソ、マテル、TOPMARQUES(レジン製)の1/12と1/18と1/43などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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マセラティ ビトルボ イタリア 1982年
1975年にマセラティはデ トマソ傘下となりました。デ トマソはスーパーカーを手掛けてきたマセラティのブランドを使って量産車を売りたいと考え、1981年にビトルボが登場しました。当初のビトルボは2ドアのハッチバッククーペ(4人乗り)で、最上級車のクワトロポルテ IIIを小型化したようなデザインになっていました。(実車画像→ マセラティ クワトロポルテ III) ビトルボはBMW 3 シリーズほどの小型の後輪駆動車でした。ビトルボ(ツインターボの意)という名前のとおり当初はV型6気筒2L(185HP)ツインターボ エンジンを搭載し、5段変速で最高速215km/hの性能でした。内装はクワトロポルテと同じような豪華仕様となっていました。(値段はBMW 3シリーズの1.5倍ぐらいでした)
1982年に2.5L(185HP)エンジンの輸出仕様が追加され、2Lエンジンは1983年にインタークーラーを追加して205HPにパワーアップしました。1983年にホイールベースを延長した4ドアセダンの420(2L)/425(2.5L)が追加されました。(実車画像→ マセラティ ビトルボ 425) 1984年にはホイールベースを短縮し2シーターとしたザガート製ボディのスパイダーも追加されました。1988年のマイナーチェンジで、名前からビトルボが外され、2ドアは222/224に、4ドアは1990年以降は4.18V/4.24V/430の名前に変わりました。1994年まで生産され、1992年に後継のギブリ IIに変わりました。一時は年間5000台以上売れるなど大ヒットし、マセラティの経営再建に寄与しました。2.8Lエンジン搭載の上級仕様228、スパイダーのクーペ仕様のカリフ、その高性能版で新開発されたツインターボ DOHC V型8気筒3.2L(325HP)エンジンを搭載したシャマルなど当時のマセラティのほとんどはビトルボをベースとしていました。(実車画像→ マセラティ ギブリ II)
ミニカーは2006年に発売されたミニチャンプス製です。プロポーションが良く、実車の雰囲気がうまく再現されていて良く出来ていました。フロントグリルや室内などの細部もミニチャンプスらしいリアルな仕上げとなっています。ミニチャンプスはスパイダーもモデル化していました。これ以外のビトルボのミニカーはイクソのクーペとスパイダー、シュコー(ジュニア)のクーペとスパイダーなどがあります。派生車のシャマルをKESS MODEL(レジン製)がモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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フィアット レガータ イタリア 1983年
1983年にフィアット 131の後継車としてフィアット レガータが登場しました。フィアット リトモをベースにしており、リトモにリアのトランクを追加したような構造でした。ただ車格はリトモより上で、全く異なるスラントノーズで別の車のようにデザインされていました。当初は4ドアセダンのみで、エンジンはリトモと同じ4気筒1.3L/1.5Lと、リトモ 105TC用をディチューンしたDOHC 4気筒1.6L(100HP)と4気筒1.7Lディーゼルでした。
1984年に4気筒1.9L(65HP)ディーゼルエンジンが追加され、エステートワゴンのウイークエンドが追加されました。1986年のマイナーチェンジで、フロントグリル、バンパー、ドアハンドルなどが変更されました。(4本斜線のフィアット エンブレムがより目立つデザインになりました)その後、1.9LターボディーゼルやDOHC 4気筒2Lエンジンが追加され、1990年に後継車のテムプラにモデルチェンジしました。総生産台数は約82万台でした。(実車画像→ フィアット テムプラ)
ミニカーは1986年に発売されたBブラーゴ製の当時物です。定価500円ほどの廉価版ミニカーでしたので、お世辞にも良い出来とは言いにくいですが、実車のイメージはある程度再現されています。ラリーカーのようなデカールが貼られていますが、このデカールは人目を引く為の飾りのようなもので、実車に即したラリーカー仕様という訳ではありません。また室内のステアリングホイールが省略されていて、ここまでやるかといった徹底した廉価版です。Bブラーゴの1/43は安価故にこのような簡素な作りなので私のコレクション対象からは少し外れるのですが、この当時のイタリア車の量産ミニカーはBブラーゴだけが作っているものが結構ありました。このレガータも当時物ミニカーではポリスティルの1/40と1/25とこのBブラーゴぐらいしかありませんでしたので購入した次第でした。最近になってレジン製の少量生産品(ELITE MODEL)やイタリアのミニカー付雑誌「FIAT STOY COLLECTIO」のNo.107でモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。 (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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フィアット ウーノ イタリア 1983年
大ヒットしたフィアット 127の後継車としてフィアット ウーノが1983年に登場しました。イタル デザインによる背の高いボディはシンプルで機能的でした。高い車高はクラス最大の広い室内を実現し、フラッシュサーフェイス化されたボディは空力的にも優れていました。このパッケージングなどが評価されて1984年のEU カー オブ ザイヤーを受賞しています。ダンテ ジアコーサ式前輪駆動車で、3/5ドアハッチバックがありました。当初のエンジンは4気筒900㏄(タイプ45 45HP)/1.1L(タイプ55 56HP)/1.3L(タイプ70 68HP)でした。
1985年に1.3L(105HP)ターボ エンジンを搭載し最高速200km/hの高性能版ターボ IEが追加されました。1986年に1.4L(70HP)ターボ ディーゼルも追加されました。1989年のマイナーチェンジで、前後のデザインがより空力に優れた形状に変更された後期型に変わりました。その後1Lエンジンの変更や1.4Lエンジンの追加が行われ、ウーノはこのクラスでは圧倒的な大ヒットとなり、1993年までに700万台以上も販売されました。1993年に後継車のプントが登場しました。
ミニカーは1986年に発売されたBブラーゴ製の当時物です。定価500円ほどの廉価版ミニカーだったのでコスト重視の簡素な作りですが、プロポーションは悪くありません。ラリー車仕様になっているのは、人目を引くデコレーションとしてデカールを使っているからです。実際にデカールが付いていないとかなり地味です。同じような理由で当時の廉価版ミニカーはこのようなラリーカー仕様となっているものが多かったのです。なお前述したBブラーゴ製のフィアット レガータと同様に室内のステアリングホイールが省略されています。(インパネに取付けスペースがあるので、付いていたものもあったのかもしれませんが) ウーノは実車が大ヒットしたのに、当時物ミニカーはこれぐらいしか無く、地味な実用車は大ヒットしてもミニカーにはならないことが多いのです。最近になってノレブとプレミアムX(イクソ)、KESS MODEL(レジン製)などでモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ランチア ラリー 037 イタリア 1983年
フィアット グループのラリーカー ランチア ストラトス、フィアット 131 アバルトの後継車として1982年にランチア ラリー 037が登場しました。この車の正式な名前は単に「ラリー」ですが、一般的には開発コードの037をつけてラリー 037と呼びます。ラリー 037はランチア ベータ モンテカルロをベースにして開発されたグループBのラリー専用車で、DOHC 4気筒2L スーパーチャージャー(ワークス 280HP)エンジンを縦置きミッドシップ配置する後輪駆動車でした。ピニンファリーナがボディをデザインしているだけあって、普通のラリーカーとは違うセンスの良さを感じます。
デビュー戦は1982年のツール ド コルスで、この年はほとんど活躍していません。1983年はモンテ カルロ、ツール ド コルス、サンレモなどで勝利し、マニファクチャー チャンピオンを獲得しています。1984年はフルタイム4WDを採用したアウディ クワトロが強く、ラリー 037はツール ド コルスの1勝しか挙げられず、マニファクチャーでは2位となりました。1984年頃にボディを軽量化しエンジンを2.1L(325HP)にパワーアップしたEVO(エボルツィオーネ) IIが登場しました。その後WRCは4WD車が主流となり、後輪駆動のラリー 037は勝てなくなり、1985年にフルタイム4WDのランチア デルタ S4が後継車となりました。(実車画像→ ランチア デルタ S4)
ミニカーはビテス製の当時物で、ビテス初期の1983年頃に発売されました。フロント周りの造形など実車の雰囲気がうまく再現されていて、1980年代のミニカーとしてはかなり良い出来でした。当時のレースカーのミニカーのほとんどにはデカールが同梱されていて、デカールは自分で貼るものでした。これも自分でデカールを貼っていますが、ゼッケンなどを貼り残しています。ゼッケン「9」を貼ると1-2-3フィニッシュした1983年ツール ド コルスの優勝車のモデルとなります。またフロントに追加する補助灯、ワイパー、ドアミラーなどのパーツも付属しているのですが、取り付けていません。当時のビテスはこのような付属品が付くマニアックなミニカーでした。ビテスはストリート仕様(ストラダーレ)などバリエーションが約30種類ほどありました。これ以外のラリー 037のミニカーはソリドの当時物、イクソ、京商(1/18、1/43)、hpiレーシングなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)