ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

CISITALIA 202 COUPE 1948 ITALY

CISITALIA 202 COUPE
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
CISITALIA 202 COUPE


DUGU M10 1/43 90㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.9m 全幅約1.55m エンジン 変速機: 4気筒 1.1L 55HP 4段変速
性能: 最高速155km/h   データーベースでチシタリアのミニカー検索

チシタリア 202 クーペ イタリア 1948年

 

 チシタリア社はイタリアの実業家ピエロ ドゥジオ(Piero Dusio)が1946年に設立したスポーツカーメーカーでした。チシタリアという名前は「Compagnia Industriale Sportiva Italia (イタリアのスポーツ産業社)」に因んだものでした。最初のモデルはフィアット 1100のパーツを使ったレーシングカー D46で、ダンテ ジアコーサ(フィアットの技術者) が設計しました。鋼管スペースフレーム構造による軽量化で高性能だったD46はレースで成功しました。その後ポルシェ設計事務所が設計した水平対向エンジンをミドシップ配置し4WDシステムを採用した極めて進歩的なGPカー タイプ 360を開発しました。ただ複雑な構造故に高価だったので、資金不足で活躍できなかったようです。(実車画像→ チシタリア D46 1947)(実車画像→ ポルシェ タイプ 360 チシタリア 1947)

 

 チシタリアの名前を有名にしたのは、1947年に発表されたピニンファリーナ デザインの202 クーペでした。ボディとフェンダーが完全に一体化したフラッシュサイドの美しいボディは、戦後の自動車デザインのスタンダードとなりました。202 クーペは手作業による少量生産車で、レース仕様車が1947年のミッレ ミリアでクラス優勝しています。戦後の車のデザインに多大な影響を与えたチシタリアは資金難から1965年に活動を停止しました。202 クーペは戦後の車を代表する優れたデザインとしてニューヨークの近代美術館に展示されました。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたイタリアのドゥグー製です。ドゥグーはクラシックカー専門のブランドで、トリノ自動車博物館が所蔵する実車をモデル化していました。このチシタリア 202 クーペもトリノ自動車博物館の実車をモデル化していました。プロポーションが正確で実車のデザインが忠実に再現され、フロントグリルや灯火類などの細部もそこそこ良く再現されています。ボンネットが別パーツになっていますが、ボンネットが開く構造にはなっていません。(たぶん最初はボンネットを開くようにするつもりだったのでしょう) これ以外のチシタリアのミニカーはマーキュリーが当時物で初期のGPカーを作っていましたが、202のミニカーは最近までこのドゥグー製しかありませんでした。2010年にスターラインが202のスパイダーとクーペを数種類をモデル化し、最近ではミニ ミニエラ(MINI MINIERA レジン製)が202 クーペをモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

CISITALIA 202 COUPE 1
CISITALIA 202 COUPE 2

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FIAT 500C 1949 ITALY

FIAT 500C
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C


BRUMM R013 1/43 79mm
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.25m 全幅約1.29m エンジン 変速機: 4気筒 569cc 16HP 4段変速
性能: 最高速95km/h  データーベースでフィアット 500(トポリーノ)のミニカー検索

フィアット 500C イタリア 1949年

 

 第2次大戦の敗戦とその後のインフレでイタリア経済は壊滅状態でした。したがって戦後のイタリアは一般大衆が車を買えるような状況ではなく、スクーターなどの2輪車に需要が移っていました。当時の映画「ローマの休日」(1953年)には劇中車として2輪車のべスパや戦前型の500A(トポリーノ)がたくさん出てきますが、当時のイタリアの世相をよく反映していました。そんな訳で安価な小型車500Aは、戦後もそのまま生産されていました。

 

 1948年にはエンジンを16HPにパワーアップした500Bとなり、同時に派生車として4シーター ワゴンのジャルディニエラ(GIARDINIERA)が追加され、それをベースにした商用バンのフルゴンチーノも追加されました。1949年にはボディを一新した500Cとなりました。500Cはライトをフェンダーに埋め込み、スペアタイヤを内蔵しバンパーを追加して現代的なスタイルに変わりました。この変更でトポリーノのユーモラスなイメージは薄くなり、ビジネスライクな小型車といった感じが強くなりました。1951年にジャルディニエラは側面の木製パネルを金属製に変更したベルヴェデーレ(BELVEDERE)に変わりました。500Cは1955年まで生産され、後継車の600にモデルチェンジしました。500シリーズの総生産台数は約65万台でした。

 

 

 ミニカーは1978年に発売されたブルム製で、1970年代に作られたブルム初期のミニカーです。前述した同じブルム製の500Aと同様に、実車の雰囲気が良く再現され当時のミニカーとしては良く出来ていました。少し古くさい作風ですが、この車のイメージにはうまくマッチしています。ブルムは500Cのワゴンのジャルディニエラやベルヴェデーレ、商用バンなどのバリーエーションもたくさん作っています。ブルム以外の500Cのミニカーはマーキュリーの当時物、イクソ、リーツェの1/87、ノレブのジャルディニエラなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT 500C 1
FIAT 500C 2

 以下は上記のフィアット 500Cと同じブルム製の戦前のフィアット 500A (1/43 型番R022)を並べてみた画像です。サイズはそのままで、フロント/リアが大幅に変更されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500A AND 500C 1
FIAT 500A AND 500C 2

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット 500C 幌開 (1/43 型番R012)の画像です。上記の幌を開いたバリエーションです。なお500Cは生産ラインの標準化で要望が多い幌の付いたコンバーチブル仕様が標準となり、ハードトップは特注オプション扱いだったそうです。その為ブルムのミニカーにも500Cのハードトップ仕様はありません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C 3
FIAT 500C 4

 以下は1981年に発売されたブルム製のフィアット 500C 消防指令車 (1/43 型番R024)の画像です。ドアに「SERVIZIO PREVEZIONE」と表示されていますが、これは「防災サービス」という意味らしいので、これは消防指令車というよりも消防の広報車なのかもしれません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C 5
FIAT 500C 6

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット 500C ジャルディニエラ 1949 (1/43 型番R048)の画像です。ジャルディニエラはファミリーユースを目的として設定された500Cのワゴン仕様で、4シーターでテールゲートがありました。リアシートは折り畳んで荷物スペースを拡大することができました。なお当時のアメリカ車のウッディワゴンのようにキャビン側面とテールゲートには手作業で製作される木製パネルが付いていました。(欧米ではこのようなワゴン仕様が良く見られます) ミニカーはこの木製パネルもそれらしく再現していています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C GIARDINIERAE 1
FIAT 500C GIARDINIERA 2

 以下は1981年に発売されたブルム製のフィアット 500C ベルヴェデーレ 1951 (1/43 型番R028)の画像です。ベルヴェデーレは上記のジャルディニエラと同じワゴン仕様ですが、コスト低減で木製パネルを金属製に変更してコストダウンした物でした。ミニカーでもその変更が再現されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C BELVEDERE 1
FIAT 500C BELVEDERE 2

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット 500C フルゴンチーノ (1/43 型番R051)の画像です。フルゴンチーは小型のフルゴン(商用バン)の意味で、上記のジャルディニエラをベースにした商用バンです。乗用車のジャルディニエラには前輪フェンダー上に補助灯(たぶん車幅灯のはず)が付いていて、このフルゴンチーノには付いていませんが、これも実車どおりです。様々な企業のロゴが付いたバリエーションが10種類ほどあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C FURGONCINO 1
FIAT 500C FURGONCINO 2

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ALFA ROMEO 1900 1950 ITALY

ALFA ROMEO 1900
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 1900


BRUMM R089 1/43 101mm
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.4m 全幅約1.6m エンジン 変速機: DOHC 4気筒 1.9L 90HP 4段変速
性能: 最高速150km/h  データーベースでアルファ ロメオ 1900のミニカー検索

アルファ ロメオ 1900 イタリア 1950年

 

 高性能なツーリングカーを量産して比較的低価格で提供するといった、戦後のアルファ ロメオの路線に沿って1950年に登場したのがアルファ ロメオ 1900でした。1900はモノコック構造の4ドアボディにDOHC 4気筒1.9L(80HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速150km/hの性能でした。戦前のアルファ ロメオほど高性能ではありませんでしたが、1900は当時の2Lクラスとしては最速の車でした。高性能ながら価格は中級車 フィアット 1900の約1.5倍と低価格でしたので、この車は成功しました。

 

 アルファ ロメオの標準ボディはベルリーナ(セダン)だけでしたが、コーチビルダーによって2ドアクーペやカブリオレなど様々なボディが架装されました。その代表的なモデルとしてはトゥーリング製のスーパー スプリント クーペ、ピニンファリーナ製のカブリオレ、ザガート製のSS クーペなどがありました。1951年には100HPにパワーアップしたTIが追加され、1953年には排気量を拡大した2L(90HP)のスーパー、2L(115HP)のTI スーパーが追加されました。1958年に後継車の2000が登場し、1959年に生産中止となりました。1900シリーズの総生産台数は約21000台でした。

 

 

 ミニカーは1983年に発売されたブルム製です。特徴的なフロントグリルがうまく再現されているなど、1980年代の量産ミニカーとしては良い出来ばえでした。ただボンエット先端のマスコット(飛翔する鳥?)はもうすこしリアルに仕上げて欲しかったですが。このような地味なセダンなどもモデル化していた初期のブルムは、私にとってはありがたいブランドでした。ブルムはラリー仕様など数種類のバリエーションを作っていました。当時物ミニカーとしてはディンキー(英)のスプリント クーペ、マーキュリーのセダンがありました。当時物以外では、M4、M4傘下のリオ、ネオ(レジン製)などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ALFA ROMEO 1900 1
ALFA ROMEO 1900 2

 以下は1987年に発売されたブルム製のアルファ ロメオ 1900 TI レース仕様(1/43 型番R145)の画像です。上記のバリエーションで1954年のカレラ パナメリカーナ メヒコに参戦して総合18位となった256号車をモデル化しています。なおこのレースで優勝したのはフェラーリ 375 プラス(19号車)でした。バンパーに補助灯を追加しデカールを貼っただけのラリー仕様ですが、実際もこの程度の変更でレースに参戦していたようです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 1900 1
ALFA ROMEO 1900 2

 以下は1961年頃に発売されたディンキー(英)製の当時物 アルファ ロメオ 1900 スーパー スプリント(1/43 型番185)の画像です。コーチビルダー トゥーリング製の2ドア クーペをモデル化しています。これは1980年頃にミニカー仲間から譲っていただいたものでした。60年以上も前に発売されたミニカーですので素朴な出来ばえですが、プロポーションが良く実車の雰囲気がうまく再現されていました。なお経年変化で塗装が多少くすんでいたり小傷がありますが、それはこれがリペイントではなくオリジナル塗装である証拠です。同じ型を使ったディンキー(仏)版(型番527)もありました。(実車画像→ アルファ ロメオ 1900 スーパー スプリント) (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 1900 SUPER SPRINT 1
ALFA ROMEO 1900 SUPER SPRINT 2

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 1900 SUPER SPRINT 3
ALFA ROMEO 1900 SUPER SPRINT 4

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ALFA ROMEO 159 1951 ITALY

ALFA ROMEO 159
(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 159


MINICHAMPS 400511224 1/43 100㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.28m 全幅約1.47m エンジン 変速機: DOHC 8気筒 1.5L 425HP スーパーチャージャー 4段変速
性能: 最高速300km/h以上  データーベースでアルファ ロメオ 158/159のミニカー検索

アルファ ロメオ 159 イタリア 1951年

 

 戦前のグランプリレースで大活躍したアルファ ロメオ P3の後継車として1936年にティーポ C(12C)、1938年に3Lフォーミュラの308/312/316が登場しましたが、ナチス政権がバックアップする強いドイツ勢には対抗できませんでした。(実車画像→ アルファ ロメオ ティーポ C) 1937年に1.5Lフォーミュラ用としてDOHC 8気筒1.5L スーパーチャージャー(195HP)エンジンを搭載する158(アルフェッタ)が開発されました。 この車は1.5Lフォーミュラで行われた1939年のトリポリ GPでドイツ勢に勝つことを期待されていたのですが、結局3位で終わりました。ただこの車はこのクラスのレースでは活躍し、1940年のトリポリGPでは1-3位を独占しました。

 

 第2次大戦後の1947年に新しいフォーミュラ(過給1.5L 無過給4.5L)が施行されました。アルファ ロメオは戦時中密かに動態保存されていた158を改良して参戦し好成績をあげました。1949年はレースに参加しませんでしたが、1950年から始まったF1世界選手権に350HPにパワーアップした158で参戦しました。158は戦前のドイツ勢をも上回る圧倒的な強さを誇り、1950年には出場した11レース全てで勝利し、初代ドライバーチャンピオンをG.ファリーナが獲得しました。またレースの平均速度も戦前のドイツ勢より早くなっていました。

 

 

 1951年にはリアサスペンションをド ディオンアクスルに変更し、スーパーチャージャーの過給圧を上げて425HPにパワーアップした159が登場しました。1951年にはフェラーリ 375がライバルとして登場しましたが、159が6勝をあげて世界選手権を獲得しました。残念なことにアルファ ロメオは資金難のため1951年を最後にF1から撤退しました。燃費が悪く大量の燃料を消費するスーパーチャージャー式エンジンの時代は159とともに終わり、その後は1970年代まで自然吸気式エンジンの時代が続きました。

 ミニカーは2007年に発売されたミニチャンプス製です。1951年のスイス GP 優勝車(ドライバー J.M.ファンジオ)をモデル化しています。ミニチャンプス最盛期に作られたミニカーなので、とても良く出来ていました。ボンネットのルーバー(墨入れ処理)、ワイヤースポークホイール、サスペンションのアーム、コクピット内部などが非常にリアルに再現されています。ミニチャンプスはこれ以外にもイギリス GP仕様など数種類をモデル化しています。ミニチャンプス以外のミニカーでは、メーベトイやマーキュリーの158、ブルムの158と159などがあります。以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ALFA ROMEO 159 1
ALFA ROMEO 159 2

 以下は1981年に発売されたブルム製のアルファ ロメオ 158 1950 (1/43 型番R036)の画像です。この#25が具体的にどのレースの参戦車をモデル化しているのかは不明確で、ブルムの初期物はその辺の時代考証はアバウトでした。ただ当時の量産ミニカーは時代考証が現在ほど厳密ではなかったので、1980年代のミニカーとしては結構良い出来ばえでした。同じ型を使った型番R036Bでは1951年スペイン GPで4位となった#20をモデル化していました。さらに2020年には同じ型を使って仕上げをリファインした型番R036C/D/Eも発売されました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 158 1
ALFA ROMEO 158 2

以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 158 3
ALFA ROMEO 158 4

 以下は2000年に発売されたブルム製のアルファ ロメオ 158 (1/43 型番S00/01)の画像です。F1ワールドチャンピオンを5回獲得したJ.M.ファンジオがドライブしたアルファ ロメオ 158 1951年をモデル化しています。西暦2000年を記念した限定2000台のプレミアム プロモーション モデルで、金メッキ仕上げとなっていました。(ホイールなどの仕上げが上記の型番R036をリファインしてあります) ミニカーにはシリアルナンバーが底板部分にレーザーマーキングされていて、これのシリアルナンバーはNo.0639/2000でした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 158 5
ALFA ROMEO 158 6

 以下は1981年に発売されたブルム製のアルファ ロメオ 159 1951 (1/43 型番R043)の画像です。1951年のベルギー GPで優勝した#2をモデル化しています。上述した型番R036の158に整流板を追加して159に仕立てています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 159 3
ALFA ROMEO 159 4

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LANCIA AURELIA B20 GT 1951 ITALY

LANCIA AURELIA B20 GT
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LANCIA AURELIA B20 GT


SOLIDO 4563 1/43 99㎜
 実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.37m 全幅約1.55m エンジン 変速機: V型6気筒 2L 80HP 4段変速
性能: 最高速165km/h  データーベースでランチア アウレリアのミニカー検索

ランチア アウレリア B20 GT イタリア 1951年

 

 第2次大戦後ランチアは戦前のアプリリアの小型版アルデア(ARDEA)を生産していました。(実車画像→ ランチア アルデア) 1950年にアプリリアの後継車アウレリア B10 (4ドアセダン)が登場しました。アウレリアの設計はアルファ ロメオでレースカーを設計していたヴィットリオ ヤーノによるもので、世界初のV型6気筒エンジン(1.8L 56HP)が搭載されました。さらにデフとギアボックスを一体化したトランスアクスル、四輪独立懸架サスペンションとインボード式ドラムブレーキなど先進的で高度な技術が採用されていました。(実車画像→ ランチア アウレリア B10)

 

 1951年には排気量2L(70HP)のB21が追加され、ホイールベースを短縮したピニンファリーナ製ボディの2ドアクーペでエンジンを2L(75HP)にパワーアップしたB20 GTも追加されました。GTとはグランツーリスモの略ですが、この名前を初めて使ったのはこの車で、その優れた操縦性から最初のGTカーとされています。1953年にエンジンが2.45L(118HP)に拡大され、1954年にオープン仕様でホイールベースがGTより短縮されたB24スパイダーが追加されました。1956年にセダンが生産中止となり、クーペ/スパイダーは1958年まで生産され後継車のフラミニアに変わりました。総生産台数は約1.8万台でした。優れた操縦性で1952年のルマン 6位、1954年のモンテ カルロ ラリー優勝などGTがレースで活躍しました。(実車画像→ ランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ 1955)

 

 

 ミニカーは2000年頃に発売されたソリド製です。ソリドの4500シリーズ(型番45**)は1950-1970年代の往年の名車をモデル化したシリーズで、細かなパーツを省いてシンプルに作ってありましたので当時の値段は約2000円と安価でした。ただ安価ながらも基本的なプロポーションは正確で、フロントグリルの造形など肝心な部分はしっかり押さえた作りでした。このアウレリア B20 GTもフロント周りの造形など実車の雰囲気がうまく再現された良い出来ばえで、室内などの細部もそこそこ良く再現されていました。これ以外のアウレリアの当時物ミニカーはマーキュリーの当時物でB10 セダン、ノレブのプラスチック製当時物でB20 GTがありました。当時物以外ではブルム、イクソ、エリゴール、スパーク(レジン製)などでB20 GT、ブルム、Bブラーゴの1/18、スパーク(レジン製)などでB24 スパイダーがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA AURELIA B20 GT 1
LANCIA AURELIA B20 GT 2

 以下は1983年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B20 GT (1/43 型番R095)の画像です。上記のソリド製と見比べるとキャビン部分の高さが低いことやファーストバックのリア部分の造形がかなり異なっています。これはソリド製のほうが正確な造形で、ブルム製はプロポーション的には今一つでした。フロントの造形などもソリド製に比べるとやや見劣りします。ブルムはルマン レース仕様など数種類のバリエーションがあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B20 3
LANCIA AURELIA B20 4

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B20 5
LANCIA AURELIA B20 6

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ (1/43 型番R133)の画像です。オープン仕様のB24 スパイダーで、ラップアラウンド式のフロントウィンドーでバンパーが2分割タイプのスパイダー アメリカ(アメリカ輸出仕様)をモデル化しています。上記セダンは今一つの出来ばえでしたが、こちらのスパイダーのプロポーションはまずまずで、当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。ドアの後方にはピニンファリーナのロゴ、トランクの上にはランチアとピニンファリーナのロゴを組み合わせたフラッグエンブレム、ホイールキャップにはランチアのロゴが付いています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 1
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 2

以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 3
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 4

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー (1/43 型番R131)の画像です。これもB24 スパイダーですが、一般的なフロントウィンドーでドアに三角窓が付きシンプルなバンパーを持つ後期型をモデル化しています。(ブルムは1955年式としていますが、1956年式とするのが正しいように思います) (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 1
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 2

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 3
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 4

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ (1/43 型番R134)の画像です。これは上記のB24 スパイダー アメリカの幌を閉じたバリエーションです。カラーリングと幌以外の違いはありません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 5
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 6

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