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タルボ (シムカ) オリゾン フランス 1977年
1977年にシムカ 1100の後継車としてタルボ オリゾンが登場しました。(仏語はHを発音しないのでホリゾンではなくオリゾン) デビュー当初の車名はシムカ オリゾンでしたが、クライスラー欧州が1978年にプジョー/シトロエン傘下に身売りされたので、タルボに名前が変わりました。4気筒1.1L(59HP)、1.3L(69HP)エンジンを横置する前輪駆動車で、欧州と米国のクライスラーが共同開発し、米国でも1.6-2.2Lエンジンを搭載してダッジ オムニ(OMNI)、プリムス ホライゾン(HRIZON)として販売されました。(実車画像→ ダッジ オムニ 1978)
この5ドアハッチバックの外観はフォルクスワーゲン ゴルフ Iに似ていていますが、このスタイルは当時の流行りでした。同時期の日本で大ヒットしたマツダのファミリア FFも似たようなデザインでした。オリゾンには1.5Lエンジンやプジョー製の1.9Lディーゼルエンジンなどが追加され、1985年まで生産されました。総生産台数は約84万台でした。 シムカはクライスラーからタルボに名前が変わりましたが、結局プジョーに統合され1980年代半ばに消滅しました。
ミニカーは1978年に発売されたソリド製の当時物です。ソリドがコストダウンした廉価版ミニカーに移行する前の物なので、地味な実用車ですが、ソリドらしいシャープな造形で良い出来ばえとなっていました。(室内の造形はかなり手抜きになっていましたが) ドアが開閉するギミック付きです。これ以外のオリゾンのミニカーはノレブとメーベトイの当時物がありました。当時物以外ではノレブが2004年にモデル化しています。以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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アルファ ロメオ ジュリエッタ 1.6 イタリア 1977年
アルファ ロメオ ジュリアの後継車としてジュリエッタの名前が復活し、ジュリエッタ 2代目として1977年に登場しました。ジュリエッタ 2代目(116系)はアルフェッタをベースにしていましたので、アルフェッタのトランスアクスルやインボード式リアディスクブレーキといった高度なメカを引き継いでいました。ボディはウエッジシェイプが強めになりトランクリッドをスポイラー形状とするなど、アルフェッタよりスポーティな外観でした。当初は4気筒1.4L(95HP)/1.6(109HP)エンジンを搭載し、車格はアルフェッタより下でした。
内外装の仕上げがアルフェッタより上質になっており、1979年に1.8L(122HP)、1980年に2L(130HP)エンジンが搭載されてからはアルフェッタの高性能版といった扱いになっていきました。1983年にターボ付1.9L(175HP)エンジンを搭載したターボ デルタが限定生産され、2L(82HP)ディーゼルエンジンが追加されました。ジュリエッタ 2代目の後継車として1985年に登場した75にモデルチェンジしました。
ミニカーは2013年に発売されたネオ(NEO)製(レジン製)です。ネオは他社があまり手掛けていないニッチな車種をモデル化するといった、レジン製ならではの車種選択をしています。(たくさん売れる車種ならばダイキャスト製とするのがベストです) ネオの初期のミニカーはあまり出来が良くなかったのですが、最近はレベルの高い出来ばえになりました。新興ブランドのレジン製ミニカーは平板なフロントウィンドー、回転しないタイヤなどメーカー都合で手抜き設計をしていますが、ネオは成型されたフロントウィンドー、回転するタイヤなどダイキャスト製同等の仕上げとなっています。その分だけ値段が高いですが、レジン製ながら車種によっては買っても良いと思うブランドです。このジュリエッタ 2代目も全体的なプロポーションが良く実車がうまく再現されています。またフロントグリルや室内などの細部もリアルに再現されていて非常に良い出来ばえでした。また底板が金属製ですので、適度な重量感がありレジン製の軽くて安っぽい感じがしません。ジュリエッタ 2代目の当時物ミニカーとしてはポリトーイ(1/40と1/25)、メーベトイ、ブラーゴ(1/24と1/43)などがありました。当時物以外ではプロゲット K、エジソンなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 スカイライン ハードトップ 2000GT-X C210型 日本 1977年
日産 スカイライン 5代目は「スカイライン ジャパン」のキャッチフレーズで1977年に登場しました。先代同様にローレル(3代目)とシャーシを共有していて、直線基調がより鮮明となったボディデザインも良く似ていました。4ドアセダン、2ドアハードトップ、5ドアワゴン/バンの車種構成でした。エンジンはL型4気筒1.6L(95HP)/1.8L(105HP)、L型6気筒2L(115-130HP)の3種類で、3段AT/5/4段MT変速で最高速175Km/h(2L)の性能でした。
1979年のマイナーチェンジで、6気筒エンジン搭載車は角形2灯式ヘッドライトに変わりました。排ガス規制対応で当初は高性能エンジンが有りませんでしたが、1980年に6気筒2Lエンジンにターボ仕様(145HP)が追加されました。同年に4気筒2Lエンジン、6気筒2.8Lディーゼルエンジンも追加されました。(実車画像→ 日産 スカイライン 2000GT ターボ 1980 ) 当時人気のあったTVドラマ「西部警察」の劇中車で特殊装置を装備した「マシンX」のベースとして2000GT ターボが使われました。排ガス規制の影響で5代目スカイラインにはGT-Rは設定されませんでした。1981年にスカイライン 6代目 (R30)にモデルチェンジしました。
ミニカーは1978年に発売されたダイヤペット製の当時物です。これはダイヤペットの12番協力工場製で、同工場が担当した物は出来が良い物が多かったです。このスカイライン 5代目もフロント/リアの造形など実車の雰囲気がうまく再現されていて良い出来ばえです。ボンネット/ドア/トランクが開閉するギミック付きで、エンジンや室内などの細部も当時のミニカーとしては良く再現してありました。スカイラインは人気があったので、当時物ミニカーはトミカ、トミカ ダンディ、エイダイ グリップがあり、何れもハードトップをモデル化していました。またエイダイ以外は角形ヘッドライトのマイナーチェンジ版もモデル化していました。最近の物ではアンチモニーコレクションの4ドア、アオシマのマシンX、アオシマDISMのハードトップのカスタム、エブロの後期型ハードトップ、京商サークルKの後期型ハードトップ、イグニッションモデル(レジン製)の1/43と1/18などがあります。(掲示板にご投稿頂いた情報を追加 → 当時物としてバンダイ BEC43(1/43)とダッパーシリーズ(1/55)のの前期型ハードトップ、サクラペットの前期型セダンのパトカー、消防車、救急車がありました) 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/トランク開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 サニー クーペ 1400 SGX B310型 日本 1977年
日産 サニー 4代目 B310型が1977年に登場しました。日産車全体のデザインのシンプル化に沿って、サニーも初代のような直線基調のデザインに戻りました。車幅が拡大されたボディは4/2ドアセダンとバン、2ドアクーペがありました。上級仕様の1.6Lエンジン搭載のエクセレントは廃止され、全モデルが4気筒1.2L(70HP)/1.4L(80HP)のA型エンジンを搭載し、3段AT/5/4段MT変速で最高速155Km/hの性能でした。
1979年にリアウィンドーが大きく傾斜したスタイリッシュな5ドアワゴンのカルフォルニアが追加されました。(実車画像→ 日産 カルフォルニア 1979) 同年後半のマイナーチェンジで、商用バン以外は角形ヘッドライトを持つスラントノーズにフロントが変更されました。(この頃から国産車の角形ヘッドライトへの移行が始まりました) 1980年のマイナーチェンジでエンジンが1.3L/1.5Lに変更されました。B310型はサニーとしては最後の後輪駆動車でしたので、B110型同様にツーリングカーレースで活躍しました。1981年にサニー 5代目 B11型にモデルチェンジしました。(実車画像→ 日産 サニー B11 1981)
ミニカーは1978年に発売されたダイヤペット製の当時物です。ダイヤペットの協力工場の119番工場という新しい工場?が製作を担当したようです。プロポーションが良く、リアシートが実車同様に分割可倒式となっているなど細部にも凝った作りで、当時のミニカーとして良く出来ていました。(この作風は型番G14のサニー 3代目を担当した12番工場に似ています) これ以外のサニー 310型のミニカーはハイストーリー(レジン製)のカルフォルニア ワゴンと、ENIFのレース仕様、ファースト43の後期型セダンがあります。サニー 5代目 B11型は2022年現在でもミニカーがありませんが、その当時のサニーは平凡すぎてあまり魅了が無くなったということが原因なのでしょう。なおサニー 9代目(B13型)はFIRST43がセダンをモデル化しています。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームの画像とリア/ハッチバック開閉の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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日産 バイオレット オースター マルチ クーペ 1600 A10型 日本 1977年
1977年にバイオレット 2代目 バイオレット オースターが登場しました。変わったデザインだった初代とは打って変わって、シンプルなデザインになりました。見た目がほぼ同じ姉妹車としてファミリーカーのバイオレットもあり、バイオレット オースターはスポーティ志向の車といった位置づけでした。数ヶ月後に豪華志向の姉妹車スタンザが追加されました。エンジンは初代と同じ4気筒1.4L(80HP)と1.6L(95-105HP)で、3段AT/5/4段MT変速で最高速150Km/hの性能でした。4ドアセダン、3ドアクーペ、バンの設定がありました。スタンザとオースターには1.8L(115HP)が追加され、スタンザには5ドアハッチバックが設定されました。(実車画像→ 日産 スタンザ 1977)
1978年のマイナーチェンジで、バイオレット オースターから、バイオレットの名前が外れてオースターとなりました。1979年のマイナーチェンジで角形4灯式ヘッドライトに変わりました。1981年にオースター 2代目 JK にモデルチェンジしました。(実車画像→ 日産 オースター JK 1981)
ミニカーは1978年に発売されたダイヤペット製の当時物です。手堅い作りの12番協力工場製で、プロポーションが良く実車の雰囲気がううまく再現されていて、良く出来ています。当時のミニカーでは珍しい品川ナンバーのナンバープレートが付いているのも凝ってます。ボンネット/ドア/テールゲートが開閉するギミック付きです。バイオレット 2代目はサファリラリーで1979年と1980年に連続優勝するなど国際ラリーで大活躍していますので、ラリー仕様がイタリアのポリスティルとCM'S ラリーカー コレクションでモデル化されていました。なおバイオレット 2代目の姉妹車スタンザのミニカーはありません。 以下はフロント/ボンネットを開いたエンジンルームとリア/テールゲート開閉の画像です。。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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