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メルセデス ベンツ 770K (W07) ドイツ 1932年
1930年代のメルセデス ベンツの高級車としては8気筒4.6Lエンジンを搭載した460/500 (W08)がありました。1930年には460/500より高級な国家元首クラス向けの最上級車として「グロッサー メルセデス」と呼ばれるメルセデス ベンツ 770K (W07)が登場しました。770KのKは過給器(KOMPRESSOR)付きエンジンを意味し 8気筒7.66L(150HP 過給時200HP)エンジンを搭載していました。このような最上級高級車にも過給器を付けてしまうところがメルセデス ベンツのすごいところでした。(なお過給器が付かない仕様の770も選択できました) 4段変速で最高速160km/h(過給時)の性能でした。
当初は4ドア6人乗りセダンだけでしたが、1932年にカブリオレが追加されました。770 (W07)は117台が生産され、そのなかにはカイザーヴァーゲン(皇帝の車)の名前で知られる帝政ドイツ最後の皇帝ウイルヘルム 2世の為に特注された4ドア カブリオレや日本の宮内庁に納入された昭和天皇の御料車などがありました。1938年に全面的な変更が行われ770K シリーズ II(W150)に発展しました。
ミニカーは1996年頃に発売されたディンキーのブランドが併記されたマッチボックス製です。770K (W07) カブリオレをモデル化しています。マッチボックスは1990年代にアメリカのマテル社傘下となりディンキーも1980年代にマテル傘下になっていたので、この当時は両ブランドが併記されていました。マッチボックスのYシリーズはクラシックカーのシリーズで、仕上げを簡素化することで比較的安価に仕上げてありました。これは1990年代のYシリーズの新作で定価は約2000円程でした。縮尺が1/48と中途半端なのが今一つですが、そこそこリアルな造形で良く出来ていました。細かいところですがAピラーのすぐ下についている銀色の部品は昔懐かしい腕木式方向指示器です。(腕木式が分からない人はWEBで調べてみてください) これ以外の770 (W07)のミニカーはイクソ、ミニチャンプス、フランクリン ミントの1/24などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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メルセデス ベンツ L5 トラック ホルステン ビール ドイツ 1932年
ガソリンエンジンを搭載した最初のトラックはダイムラー社のダイムラー LKWとされていて、この車からトラックの歴史が始まっています。ベンツ社はディーゼルエンジンの開発に力をいれ、1923年にディーゼルエンジンを搭載した世界初のトラック ベンツ 5K3を発表しています。1926年にダイムラー社とベンツ社が合併してダイムラー ベンツ社となり、両社のトラックは統合され、L1、L2、L5の3タイプとなりました。(L1とL2は新型、L5はベンツ社の5CNの後継車)
LはLASTWAGEN(独語でトラック)のLで、数字は積載量(t単位)を意味していました。L1/L2/L5は4気筒3.7L(45HP)/5.8L(55HP)/8.1L(70HP)ガソリンエンジンを搭載していました。またトラック用よりも低いシャーシを持つN1、N2、N5があり、このNタイプにはバスなどが架装されました。(NはNIEDERWAGEN(独語でバス)のN) 1927年に世界初の6気筒ディーゼルエンジンがトラックに搭載され、同時にガソリンエンジンも6気筒版が設定され積載量が増えました。その後L1とL2の間を埋めるL45、L5より大きな7-9tクラスの3車軸仕様のN56が追加されました。
技術革新でL1の積載量が2tになるなど名前が実情に合わなくなったので、1930年に命名法が変わりました。積載量表示を4桁のkg単位に変え、L1はL2000に、L45はL2500、L57はL3000、L2はL4000、L5はL5000、N56はL8500に変更され、バス用の記号はNからLO又はO(OMNIBUSのO)に変わりました。この命名法は1954年まで使われました。1954年からは4桁の数字が3桁の社内識別番号に変わり、キャブオーバー式トラックにはLPという記号が付きました。(ダンプカーはLK、オフロード用トラックはLG、キャタピラー付トラックはLR、消防車はLFです)
1963年に3桁の数字は4桁に変わり、最初の1-2桁は最大積載状態の車両総重量(GVW)をt単位で示し、残りの2桁はエンジン出力を10HP単位で示すように変わりました。例えばGVWが9tでエンジン出力が110HPのトラックはL911となります。現在もこの命名法は有効なようですが、1995年以降はアクトロスやアクサーなどの車名を使うようになりました。
ミニカーはマッチボックス性のマニア向けY(イエスタイヤー)シリーズで、1995年に発売されました。ホルステン ビール(ドイツ最大の老舗ビールメーカー)の配送に使われたL5 トラックをモデル化しています。簡単な作りのミニカーですが、フロントグリルのベンツのロゴは結構リアルです。この種の商用車ミニカーの魅力はカラフルな塗装や会社名のロゴの面白さにあります。このトラックは白ボディにオレンジ幌と派手な配色で、HOLSTEN BIERのロゴがボディと幌に綺麗に印刷されていて、なかなかの出来ばえです。Yシリーズにはこのようなクラシックな商用車を多くモデル化していて、L5 トラックは消防車など3種類のバリエーションがありました。 以下はフロント/リア/幌を外した荷台の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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メルセデス ベンツ SS (W06) ドイツ 1933年
1926年にダイムラー社とベンツ社が合併して、ダイムラー ベンツ社となりました。合併前にダイムラーの技術部長であったF.ポルシェ博士は、スーパーチャージャー付4気筒エンジンのレースカータルガ フロリオを開発し、この車をベースとして6気筒6Lエンジン搭載の高性能なツーリングカー メルセデス ベンツ 24/100/140HP(課税馬力/実馬力/過給馬力)が登場しました。(実車画像→ メルセデス 24/100/140HP)
この車のホイールベースを短縮し、エンジンを強化したスポーツカー メルセデス ベンツ 24/110/160HPは「Kヴァーゲン」と呼ばれました。(KはKurz:短いの意) それをさらに発展させたのが「Sヴァーゲン」(SはSportの意)で、後のメルセデス ベンツ Sシリーズの最初のモデルとなりました。代表的なモデルは1926年の6気筒6.8L(120HP/過給時180HP)エンジンを搭載したSやその後継の1928年のSS(Super Sportの略)がありました。SSは当時最強のスポーツカーで、実車は100台ほどしか生産されていません。 6気筒7L(170HP/過給時225HP)の高性能エンジンを搭載し、最高速185km/hの性能でした。
ミニカーはフランスのミニカー付雑誌「VOITURES CLASSIQUESシリーズ」のNo.30で、オークションで入手しました。メーカーはイクソでモデル化した実車がはっきりしないのですが、1933年式なのでSSの最終型と思われます。ミニカーの出来ばえはこのシリーズの標準的なもので、室内などの細部もある程度再現され良く出来ています。銀と黒のツートンカラーもこの車に良く似合っています。同じものがイクソのカタログモデル(型番MUS044)でも発売されていますが、そちらは地味な灰色でいまいちのカラーリングです。メルセデス ベンツ SSのミニカーはソリド(VEREMも含む)とマッチボックスの古いものしかありませんでしたので、このイクソのSSはうれしいモデル化でした。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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メルセデス ベンツ 130H (W23) ドイツ 1934年
1929年に起こった大恐慌による世界的不況の時代背景の下、1934年のベルリン ショーで発表されたメルセデス ベンツの小型大衆車がメルセデス ベンツ 130Hでした。130HのHはドイツ語のHECKMOTOR(リアエンジンの意)のHで排気量はメルセデス ベンツ車として最小の1.3Lでした。フロントグリルのない外観も含めて従来のメルセデス ベンツ車とは異質の車でした。水冷4気筒1.3L(26HP)エンジンをリア車軸より後ろに搭載し、4段自動変速で最高速92km/hの性能でした。
メルセデス ベンツ 130Hは6気筒エンジンを搭載し、170の7割ほどの価格(それでもオペルなどよりは高かった)で、2ドアセダンとカブリオレがありました。130Hは1935年までに約4300台が生産され、1936年にエンジンを170Vと同じ4気筒1.7Lエンジンに変更した170Hに切り変わりました。この時代の1.3Lのリアエンジン車といえば、フォルクスワーゲン ビートルが思い起こされますが、130Hはビートルの生みの親であるF.ポルシェ博士がダイムラー社に在籍中に開発されていました。130Hとビートルは内部構造がよく似ていることから、ポルシェ博士が開発に関与していたようです。
ミニカーは2011年に発売されたイクソ製です。このミニカーは元々はアルタヤ(ALTAYA)のミニカー付き雑誌「Mercedes-benz Collection」のNo41(黒と青のツートンカラー)として作られたものでした。それの仕上げレベルを変えて、イクソのカタログモデルとして発売されたのがこのミニカーです。細かな灯火やモールなどがきちんと再現されていて赤/黒のツートンカラーも綺麗で良く出来ています。これと同じものがイクソの別ブランドのホワイトボックスでも発売されています。130Hはメルセデス ベンツ車の歴史を知るうえで重要な車ですが、量産ミニカーは最近までこれしかなくその点で貴重なミニカーでした。2017年になってAUTOCULT(レジン製)でもモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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メルセデス ベンツ 500K ロードスター ドイツ 1934年
ポルシェ博士が設計したスポーツカー メルセデス ベンツのSシリーズの後継車のKシリーズとして380K(8気筒3.8L 90HP過給時140HPエンジン搭載)が1933年に登場しました。(KはKOMPRESSOR:過給器の意です) 380Kは翌年には500K(5L 100HP過給時160HP)、1936年には540K(5.4L 120HP過給時180HP)と排気量を拡大していきました。全輪独立懸架、全輪サーボ付油圧ブレーキなど先進的な技術が使われ、380Kの最高速は145km/h、500Kの最高速は160km/h、540Kのの最高速は170km/hと当時最も高価で高性能な車でした。
Kシリーズには2/4ドアサルーン、4座クーペ/カブリオレ、2座ロードスターなどのボディが架装されましたが、派手な2座ロードスターが一番良く知られています。なおSシリーズはレーシングカーとしても活躍したのですが、Kシリーズは高級ツーリングカーでレースで使われることは無かったようです。380Kは約150台、500Kは約300台、540Kは約400台が生産されました。540Kの価格は当時の一般的な車の10倍以上でしたので生産台数は少なく、ユーザーは王侯貴族など一部の富裕層でした。
ミニカーは1/24サイズのフランクリン ミント製で、1986年にフランクリン ミントの通信販売だけで販売されました。当時の価格は18000円(現在の感覚では約4万円相当)と高価でした。500Kでも一番派手な2座のロードスターをモデル化しています。ドア/ボンネットなどが開閉し、サイズが大きいので細部まで精密に再現されていて、非常に素晴らしい出来ばえです。現在の1/18の精密ミニカー(オートアートなど)と比較しても、ほぼ同じぐらいの精密さです。現在ではプラスチックが使われることが多いサスペンションなどのメカ部分のパーツがダイキャスト製なので、その分だけ質感がリアルでなおかつ頑丈にできています。なお閉じた状態の幌(軟質プラスチック製)も付属しており、側面画像のように取り付けることができます。
この500Kは現在も続くフランクリン ミントのプレシジョン モデル(ダイキャスト製精密モデル)の最初のモデルでした。当時の大スケールミニカーは1/43を大きくしただけの雑な作りのものが多かったのですが、この500Kはそれらとは別格の出来ばえで非常に高く評価され、少なくとも数万台は販売されたはずです。この成功はその後のプレシジョン モデルのシリーズ化につながりました。プレシジョン モデルは主に1/24サイズのクラシックカーが中心で、現在までに約1000種類ほどがモデル化されました。(1/43や1/18もあります) いずれも少し高価ですが、ドアなどの可動部が多く、エンジン/シャーシ/サスペンションなどのメカ部分も再現した極めて精密なものでした。1990年代半ばまでは精密な大スケールミニカーといえば、フランクリン ミントがベストでしたが、その後オートアートなどの安価なミニカーが登場しその座を奪われました。またプレシジョン モデルは部品点数の多い精密なミニカーを中国で生産するといった生産方式の先がけとなりました。
以下この時代を先取りした精密なミニカーの詳細を画像で紹介します。現在の感覚ではフロントグリルや内装は格別に精密とは言えませんが、前輪のサスペンションは現在のミニカーと遜色ないぐらいリアルです。ドアは後ろをヒンジとする前開きで、ステアリングホイールで前輪を操舵出来ます。以下はフロント/リアの拡大画像と前輪操舵動作の画像とシート背後のランブルシート(折畳式補助席)の展開画像です。ランブルシートにはリアの左側リアフェンダー上にあるステップに足を掛けて乗り込みます。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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