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メルセデス ベンツ G4 (W31) フランシスコ フランコ 総統車 ドイツ 1937年
1926年にドイツ陸軍の要請でメルセデス ベンツが6輪のオフロード用車両を試作しました。この車は6気筒3Lエンジンを搭載した8人乗りの大型車で、G1と呼ばれ生産化はされませんでした。1934年にG1の後継車としてG4が登場しました。(G2/G3も試作されたのかどうかは不明) G4は前述した最高級車メルセデス ベンツ 770をベースにしており、後輪を2軸(4輪)化して駆動していましたが、前輪は駆動していません。
車重が3.7tと重いことと全輪駆動ではないことから、オフロード性能はあまり優れていませんでした。また不整地用タイヤを使用することから最高速は67 km/hに制限されていました。生産台数は57台で、主にヒトラーや上級将校がパレードする際に使用されたようです。実車の画像をみると、このようなパレード用のカブリオレがほとんどでしたが、セダンタイプもあったようです。
ミニカーは2009年に発売されたミニチャンプス製です。ドイツのヒトラーが当時のスペインの独裁者フランシスコ フランコ総統にプレゼントしたメルセデス ベンツ G4をモデル化しています。ドイツのミニカーメーカーがナチスが使用した車をモデル化するのはタブーなので、ナチスが使用したG4ではなくスペインの独裁者が使用したG4としてモデル化しています。(ドイツではナチス関連の物を製品化するのは全てタブーです) ミニチャンプスらしいそつのない造形で、細部までリアルなフロントグリルやそこそこ良く再現された室内など、とても良く出来ています。また床下部分もサスペンションやドライブシャフトなどの構造が良く再現されています。 これ以外のG4のミニカーはイクソ(ホワイトボックス)とヤトミン(シグネチャー)の1/18などがあります。 以下はフロント(フロントグリル拡大)/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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メルセデス ベンツ W125 ドイツ 1937年
1934年に総重量が750kg以下ボディ全幅850mm以下でエンジン排気量無制限という750㎏フォーミュラ規格が決まり、ダイムラー メルセデスはメルセデス ベンツ W25(DOHC 8気筒3.4Lエンジン搭載)で参戦し圧倒的な強さを誇りました。その後W25のエンジンは徐々に拡大されて、1936年には4.7L(473HP)になりました。総重量を750㎏以内に収める為、エンジンと燃料タンクの重量増加分はシャーシ軽量化(ホイールベース短縮)でカバーされました。この変更はW25の直線性や操縦性を悪化させ、1935年に9勝していたW25が1936年には2勝しか出来ませんでした。
そこで1937年に登場したのが後継車のW125でした。一新されたシャーシはホイールベースが初期のW25より長く、エンジンは5.6L(592HP)にパワーアップしていました。W125もW25同様に圧倒的な強さを発揮し、ほとんどのレースの勝利を同じドイツ勢のアウトウニオンと分け合いました。無制限のエンジン規定で開発されたW125は史上最強最速のグランプリカーと呼ばれました。1938年にエンジン排気量を過給式3Lに制限した新しい3Lフォーミュラが施行され、それに対応したW154が開発されました。
ミニカーはブルム製で、ブルム初期の1982年頃に発売されました。1937年のイタリアGPで2位となったW125(ドライバー H.ラング)をモデル化しています。このGPで優勝したのはR.カラッチオラのW125、3位はアウトウニオン タイプCでした。このW125はブレーキドラムやリアサスペンションアームなどが再現され、当時のミニカーとしてはかなり良い出来ばえでした。(サイズが1/43より小さめですが) 戦前のメルクリン製当時物(超レア物)を除けば、2000年以前はこれがW125の唯一の量産ミニカーでした。2000年以降にミニチャンプス、シュコー、スパーク(レジン製)などでもモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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アウトウニオン タイプ C 流線形 速度記録車 ドイツ 1937年
ドイツ ナチス政権はグランプリレースだけではなく、レースカーをベースにした車による速度記録達成でも国威掲揚を図っていました。この時期のドイツ車の速度記録は国内の公道やアウトバーンで達成されていました。当時のほとんどの速度記録はアメリカのソルトレークで達成されていたのですが、ナチスは国内にこだわったのです。
メルセデス ベンツの主な速度記録(フライング キロメートル 国際B級 5L-8Lエンジン)としては、1936年の364.4km/h (V型12気筒4.8L 540HPエンジン)、1938年の432.7km/h (V型12気筒5.67L 736HPエンジン)がありました。なおフライング キロメートルとは助走をつけた状態から計測をスタートし、1000メートルのコースを往復してその平均速度を計測するものです。
アウトウニオンの主な速度記録としては、1935年のタイプ B LUCCAによる320.267km/h (V型16気筒5L 375HPエンジン)、1937年のタイプ Cによる406.3㎞/h(V型16気筒6.3L 545HPエンジン)がありました。なお1938年にメルセデス ベンツが432.7kmを記録した時に、同じ場所でアウトウニオンも速度記録に挑戦していました。アウトウニオンはテスト走行で同等以上の速度を達成していましたが、その後の正式アタックで時速450㎞/h走行中に横風にあおられてクラッシュし、ドライバーのB.ローゼマイヤーが即死するといった悲劇が起きました。
ミニカーは2003年に発売されたブルム製です。1937年に史上初の400km/h超えの406.3㎞/hを記録した速度記録車をモデル化しています。流線形の滑らかなボディがうまく再現されていてとても良く出来ています。ブルムは同じ車のアヴァス サーキット仕様など数種類のバリエーションをモデル化しています。ブルム以外のミニカーではメルクリンの戦前の当時物(超レア物)、ミニチャンプス、レベルの1/18などがあります。なおメルセデス ベンツの速度記録車(1938年)もメルクリンの戦前の当時物(超レア物)があります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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BMW 328 ドイツ 1937年
前述したようにBMW 319/1は319をベースにしたロードスター形式のスポーツカーで、6気筒1.9L(55HP)エンジンを搭載し、最高速139km/hの性能でした。この319/1の後継車として1937年に登場したのが328です。328は6気筒2L(80HP)エンジンを搭載し、4輪独立懸架や油圧式ブレーキなど先進的な設計で、最高速155km/hの性能でした。328のレーシング仕様はエンジン出力が最終的に120HPに達し、最高速200km/hオーバーと高性能でした。
BMW 328のレースでの成績は1938年ミッレ ミリアでクラス優勝、ハードトップを付けた流線型のクーペタイプが1939年ルマンで総合5位(クラス優勝)、クーペタイプが1940年ミッレ ミリアで総合優勝など大活躍し、当時の2Lクラスでは最強の車でした。約500台ほどが生産されたBMW 328は戦前のBMW スポーツカーのなかで一番有名な車でした。
ミニカーは1997年頃に発売されたシュコー製です。1970年代に倒産したシュコーは1996年頃に再起し、同時期のミニチャンプスと同等レベルのマニア向けミニカーを製作するようになり現在に至っています。このBMW 328は実車が小さいので全長86㎜のかわいいサイズのミニカーですが、エッチィング材を使ったフロントグリルとウインドスクリーン枠/ワイパー、細いボンネット固定ベルト、リアルなメータなどレベルの高い仕上げがされています。赤/黒のカラーリングも綺麗で素晴らしい出来ばえです。(ただし中央で分離しているフロントグリルを左右一体成型しているのは手抜きですが) シュコーは色違いやミッレ ミリア仕様など数種類をモデル化しています。これ以外のBMW 328のミニカーは、オートアートの1/18、ポリトーイの1/16、ビテスの1/43、ミニチャンプスの1/18、BUB PREMIUM CLASSIXXSの1/12などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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メルセデス ベンツ 770K シリーズ II (W150) ドイツ 1938年
メルセデス ベンツの最上級車メルセデス ベンツ 770K (W07)は1938年にシリーズ II(W150)にモデルチェンジしました。シャーシが全面的に新設計され、コイルスプリングによる全輪独立懸架が採用されました。V型8気筒エンジンは同じでしたが全モデルが過給機付となり230HPにパワーアップされ、5段変速で最高速は170km/hになりました。リムジンとカブリオレF(オープンツアラーとも呼ぶようです)/カブリオレDがあり、どちらにも特注の装甲仕様がありました。装甲仕様は車重が3.6tから4.8tに増加したことで、最高速は80km/hだったそうです。
770K (W150)は1943年まで生産され総生産台数は88台でした。そのほとんどはナチス政権の公用車/軍用車で個人が購入したのは数台でした。ナチス政権の上級士官がパレードに使ったのは装甲仕様がされていたと思われるカブリオレFでした。カブリオレFとは運転席と後席との間に仕切りがあるリムジーン形式の7人乗りカブリオレで、2列目シートが補助席となっていてパレードなどに使いやすいタイプを示すようです。カブリオレDも同じ形式ですが2列目シートがない5人乗りです。派生車として後輪を2軸にしたオフロード仕様のG4 (W31)がありました。
ミニカーは1960年代に発売されたリオ製です。770K(W150)のカブリオレFをモデル化しています。プロポーションが良く実車の雰囲気がうまく再現されていて、初期のリオ製ミニカーを代表的する傑作です。ボディ後方の畳んだ幌が目立ちますが、ドイツは寒いお国柄故に幌が分厚いので畳んでもこのように大きくかさばるのです。ボンネットを外すと8気筒エンジンが再現されていて、床下部分のシャーシも実際にコイルで吊った独立懸架サスペンションを再現しているなどかなり凝ったつくりとなっています。これ以外にもリオはフィギュアを付けたナチス政権時代の公用車など約20種類の770Kのバリエーションをモデル化しています。(参照ページ→ VIPCAR ドイツのVIPCAR) 770K(W150)のミニカーといえば以前は戦前のメルクリンの超レア物とこのリオ製とフランクリン ミントの1/43ぐらいしかありませんでしたが、最近になってヤトミンのシグネチャー シリーズの1/18でもモデル化されました。(770K W150はナチス政権の車というイメージがあるので、あまりモデル化されないのです) 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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