ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

HISPANO SUIZA H6C 1934 SPAIN/FRANCE

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ALTAYA VOITURES CLASSIQUES 2 1/43 123mm

 

イスパノ スイザ H6C スペイン/フランス

 

 この車はビンテージ期に登場した6気筒車レースカー H6Cをベースにした4ドア カブリオレです。前述した12気筒車のJ12より一回り小さく、同じ高級車イスパノ スイザでも性格が異なります。赤/黒のカラーリングと小さめなフロントスクリーンでかなりスポーティな性格の車に見えます。ホワイトリボン タイヤを使っているので、多分アメリカで使われた車をモデル化しているのでしょう。200HPの高性能エンジンを搭載し3段変速で最高速160km/hの性能でした。

 

 このミニカーもフランスのミニカー付雑誌「VOITURES CLASSIQUES」シリーズの物で製造はイクソです。(イクソではMUS005で発売) MUSシリーズではボディカラーが黒に変わっていますが、この赤の方が魅力的だと思います。クラシックカーのミニカーで重要なパーツであるフロントのマスコットとその下のエンブレムがそれらしく再現してあり、室内もそこそこ作りこんであります。

 

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5.3m
エンジン 変速機: 6気筒 8L 200HP 3段変速
性能: 最高速160km/h
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TATRA 77 1934 CZECH

TATRA 77 画像をクリック/タップすると画像が変わります
IXO MUS015 1/43 120㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5.2m 全幅約1.65m
エンジン 変速機: 空冷 V型8気筒 3L 60HP 3段変速
性能: 最高速150km/h  
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タトラ 77 チェコ

 

 タトラは馬車時代からの歴史があるチェコ(旧チェコスロバキア)の自動車メーカーで、現在は東欧の有力なトラックメーカです。戦前はハンス レドヴィンカという優れた技術者による独創的なデザインの車を多く発表しています。タトラ ブランドの最初の車は1924年に登場した11で、空冷水平対向2気筒1.1L(12HP)エンジンを搭載した小型車でした。非常にシンプルな構造のシャーシを持ち、軽量ゆえに高性能でした。この11の改良型12、トラック仕様13は当時のチェコスロバキアの道路環境に沿ったもので、大ヒットしました。またサスペンションなどをチューンした11スペシャルはレースでも活躍しました。

 

 小型車11は空冷水平対向4気筒1.7Lエンジンを搭載した30が登場し、その後52、54、57、75(1933年)と発展しました。また水?6気筒1.9Lエンジンを搭載する中型車の17が登場し、その後70、80(V型12気筒6Lエンジン搭載)と発展しました。1934年に登場した77は全長5.2mの6人乗り大型車で、独特のリアエンドを持つ流線形ボディが特徴です。このリアには後輪を駆動する空冷V型8気筒エンジンが収められています。リアウインドーの上にルーバーが切られたカバー(エアダクト)が被さり、そのカバーには垂直尾翼のようなヒレまで付いています。奇異なデザインに見えますが、このカバーが無ければ全体のフォルムは当時の最先端の流線型で、後のVW ビートルにも通じるデザインです。77は1935年には改良型の77aに変わり、最終的に1936年の87とその小型版の97に発展しました。

 

 

 ミニカーはイクソ製で、元々はフランスのミニカー付雑誌「VOITURES CLASSIQUES」シリーズ向けに作られたものでした。リアのエアダクト内にあるリアウインドー(最低限の後方視界用?)を再現してあるなど、独特のボディスタイルを良く再現しています。77の量産ミニカーはこれしか無く、発展型の87/97はヴィーキングのものなどがあります。

HISPANO SUIZA J12 CABRIOLET 1936 SPAIN/FRANCE

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RIO 83 1/43 132㎜

 

イスパノ スイザ J12 カブリオレ スペイン/フランス

 

 J12のエンジンには9.4Lと11.3Lの2種類があり、それまでのOHCではなくOHVが採用され静かで完成されたエンジンだったそうです。性能としては軽量のカブリオレで0-100km/h加速11秒(しかもほぼ無音) 最高速度170km/h以上で当時としては最速の車でした。(その代わり燃費は最悪だったそうですが)

 

 ミニカーはリオ製 上記のバリエーションです。11.3Lエンジンを積んだ高性能なカブリオレのモデルです。ドアに付いている黒いラインは実際にはボンネットサイドから連続したクロームメッキのアクセントラインでいかにもフランス車といったしゃれたデザインです。

 

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5.6m
エンジン 変速機: V型12気筒 11.3L 260HP 3段変速
性能: 最高速170km/h
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SAURER 3CT1D (C TYPE) BUS ’BVB’ 1950 SWISS

SAURER 3CT1D (C TYPE)  BUS ’BVB’ 画像をクリック/タップすると画像が変わります
VITESSE 221 1/50 154㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約7.5m 全幅約2.4m
エンジン 変速機: 6気筒 8.7L ディーゼル 130HP 5段変速
性能: 最高速 不詳
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ザウラー 3CT1D (C タイプ) バス ’BVB’ スイス

 

 スイスのアドルフ ザウラー社は1853年に設立された歴史のある会社で、最初は織機を生産していました。1897年には自社製の単気筒エンジンを搭載した乗用車を開発し販売しています。1903年からトラックなどの商用車の製造をはじめそれらの評判が良かったので、1910年代にはトラックとバスの製造に特化するようになりました。第1次世界大戦中は航空機のエンジンも製造していました。

 1927年にメルセデス ベンツが世界初のディーゼルエンジンを搭載したトラックを発売しました。ザウラーは当時同エンジンの有効な特許を取得しており、その後も1980年代までディーゼルエンジンに関して豊富な実績を持つ会社でした。1928年に同業のスイスのベルナ(BERNA)社と提携し、ザウラーとベルナの商用車はヨーロッパ中で広く使われるようになりました。

 

 第2次戦後もザウラーの商用車は好調で、船舶や鉄道用のディーゼルエンジンの製造にも進出しました。戦前から始めたトロリーバスの製造も主要な事業となっていました。また1950年代にイタリアの商用車メーカーのOMとライセンス契約し、OMの小型/中型商用車をスイス国内で販売しました。ザウラーは1980年代に販売不振となり、同業のスイスのFBW社と1982年に合併しNAW社と改名しました。そのNAW社は現在はダイムラー ベンツ傘下のようです。

 

 

 ミニカーはビテス製でビテスとしては初期の物で、1985年頃に発売されました。スイスのバーゼル市で使われた路線バスBVB仕様(21人?乗り小型バス)をモデル化しています。(BVBとはバーゼル市交通局のことです) ザウラー C タイプのバスは戦前から製造されていますが、モデル化された実車が明確にわからないので、ここに記載した年式/諸元は正しくないかもしれません。

 ミニカーの縮尺は1/50、結構リアルなフロント造形やそこそこ再現された内装など、当時のミニカーとしては良くできています。ルーフの前端についている角のようなものは行き先表示板や旗を付けるようです。なおこのミニカーの箱の台座は木製で、プラスチック製の台座より高級な感じがします。(実際に当時の値段は5000円と高価でした) ビテスはバリエーション展開でトラック/タンカー/消防車など約20種類を作っています。これ以外のザウラーのミニカーとしてはシュコーやブレキナのバスなどがあります。

HOLDEN FJ 1953 AUSTRALIA

HOLDEN FJ 画像をクリック/タップすると画像が変わります
TRAX 8001 1/43 102㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.41m 全幅約1.7m
エンジン 変速機: 6気筒 2.2L 60HP 3段変速
性能: 最高速130km/h
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ホールデン FJ オーストラリア

 

 ホールデン社はオーストラリア唯一の自動車メーカーで、J.A.ホールデンが1856年に馬具製造会社として設立し、1926年から自動車の製造を始めました。GMのシボレーを主体とするノックダウン生産を行い、1931年にGM傘下のGM ホールデン社となりました。GM傘下ながらオーストラリアの過酷な風土に合わせてアメリカ車より小柄で頑丈な独自の中型車を開発し、オーストラリアの市場をほとんど独占してきました。

 

 1948年に登場したFXは、1949年型シボレーとして企画されたながら小さすぎるとして却下された車をベースにしていました。6気筒2.2L(52HP)エンジンを搭載したこの車はシンプルな設計ゆえ頑丈で、手頃な価格と適度な性能(3段変速で最高速130km/h)を提供し、オーストラリアで一番売れる車となりました。デザイン的には同時期のアメリカ車そのものですが、サイズ的には全長4.37mと二回りほど小さいです。

 

 

 FXの後継車として1953年にFJが登場しました。FXがベースでデザイン的にもフロントグリルが新しくなっていますが、ほとんど同じでやや古くさい感じがします。エンジンも6気筒2.2L(60HP)とほぼ同じで、性能も同等です。4ドアセダン、2ドアピックアップ、2ドアパネルバンのバリエーションがあり、商業的には大成功しました。1958年までに約17万台が生産されました。

 ミニカーはオーストラリアのTRAXというブランド製で、1987年頃に購入しました。中国製ミニカーのはしりで大雑把な出来ですが、車種的には珍しいと思います。ミニカーは車高が低めですが、実車は道路事情を反映してかなり高かったとのことです。
 
 

PEGASO Z102 COUPE 1955 SPAIN

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NEO 184605 1/43  

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.1m 全幅約1.6m
エンジン 変速機: DOHC V型8気筒 2.5L 170HP 5段変速
性能: 最高速193km/h  
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ペガソ Z102 クーペ スペイン

 

 スペインの高級車メーカーイスパノ スイザは航空エンジン製造に専念する為に自動車生産から撤退し、その設備を1946年にトラックのメーカーであったENASA(エナサ)社に売却しました。またイスパノ スイザが1940年にスペインの企業グループと共同で設立したSIAT社が現在のフォルクスワーゲン傘下(1980年まではフィアット系列)の自動車会社SEAT(セアト)社の前身となりました。

 

 ENASA社はアルファ ロメオの技術者であったウィルフレード リカルトが設計を担当し、ペガソの名前でスポーツカーを生産しました。1951年に登場したペガソ Z102は、DOHC V型8気筒2.5L(170HP)エンジンを搭載する豪華なスポーツカーでした。ボディは有名なコーチビルダーのソーチックやツーリングが架装し、クーペとスパイダーがありました。3.2L(360HP)エンジンを搭載する高性能版は最高速249km/hと当時最速の量産車(?)でした。その後Z102B、Z102SS、Z103などが登場しましたが、1958年に生産中止となりました。総生産台数は100数十台だったそうです。ENASA社は現在フィアットの商用?部門IVEO(イベコ)傘下になっています。

 

 

 Z102の量産ミニカーは最近までありませんでした。画像は最近になってモデル化されたNEO製です。(これも量産ミニカーとは言えないレベルしか生産してません 画像はNEOのWEBサイトから借用しました。) Z102のボディはコーチビルダーによって異なるのですが、これはツーリング製をモデル化しているようです。これ以外ではヨーロッパのデアゴスチーニが「DeAgostini Supercars」というミニカー付雑誌(イクソ製)でモデル化しているようです。

 

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