ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

 

AUTO AVIO COSTRUZIONI (FERRARI) 815 1940 ITALY

AUTO AVIO COSTRUZIONI (FERRARI) 815 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R066 1/43 95mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 8気筒 1.5L 72HP 4段変速
性能: 最高速170km/h
データーベースでフェラーリ 815のミニカー検索

 

アウト アビオ コストルツィオーネ (フェラーリ) 815 イタリア 1940

 

 アルファ ロメオ社のレーシングドライバーであったエンツォ フェラーリがレース活動を行うために1929年に設立したのがスクーデリア フェラーリ社でした。エンツォはアルファ ロメオのワークスチームのマネージャーを務めていましたが、1939年にその職を退きました。エンツォはスクーデリア フェラーリ社をアウト アビオ コストルツィオーネ社(自動車と航空機の製造会社という意味)に改名し工作機械などの製造を始めました。

 

 退社時のアルファ ロメオとの約束で、数年間は自身の名前を冠したレーシングカーを製造できないことになっていましたが、エンツォは密かにレーシングカー 815を開発しました。この車が事実上の最初のフェラーリでしたが、正式の車名は上記の約束からアウト アビオ コストルツィオーネということになっています。この車はフィアット 508C バリッラをベースにした車で、8気筒1.5L(72HP)エンジンを搭載していたので815という名前でした。最高速は170km/hと高性能で、2台製造されて1940年のミッレ ミリアに出場しましたが、リタイヤしています。エンツォは第2次大戦後の1947年にフェラーリ社を創立し、再びスクーデリア フェラーリの名前でレースに参戦しました。 なおこの車は戦前の車ですが、フェラーリ社の歴史を説明する都合上この戦後期に記載しています。

 

 

 ミニカーは1982年に発売された初期のブルム製です。初期のブルムは1980年代のミニカーですので、今見るとあまり良い出来ではありませんが、実車の雰囲気はそこそこ再現されています。特徴的なヘッドライトのカバーの形状は、本来はもう少し六角形に近い形状をしています。アウト アビオの量産ミニカーは最近までこのブルム製しかなかったのですが、2008年にイクソから出来の良い物がモデル化されました。またそれをベースにしてミニカー付雑誌の「フェラーリ コレクション」でもモデル化されました。最近のレジン製ではルックスマートやトップモデルなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

AUTO AVIO COSTRUZIONI 815 1
AUTO AVIO COSTRUZIONI 815 2

 以下は1982年に発売されたブルム製のバリエーションのアウト アビオ コストルツィオーネ 815 #66 ミッレ ミリア 1940 (1/43 型番R067)の画像です。1940年のミッレ ミレアに参戦した車をモデル化しています。レースの結果はBMW 328が優勝し、このアウト アビオ #66はリタイアしています。ゼッケンが付いている以外は上のノーマル仕様とほとんど同じです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
AUTO AVIO COSTRUZIONI (FERRARI) 815 MILLE MIGLIA 1
AUTO AVIO COSTRUZIONI (FERRARI) 815 MILLE MIGLIA 2

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ALFA ROMEO 6C 2500 FRECCIA D'ORO 1947 ITALY

ALFA ROMEO 6C 2500 FRECCIA D'ORO 画像をクリック/タップすると画像が変わります
MINICHAMPS 403120483 1/43 114mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.92m 全幅約1.95m
エンジン 変速機: DOHC 6気筒 2443cc 90HP 4段変速
性能: 最高速155km/h
データーベースでアルファ ロメオ 6Cのミニカー検索

 

アルファ ロメオ 6C 2500 フレッチア ドーロ イタリア 1947

 

 第二次大戦中アルファ ロメオは軍需品の生産に従事し、戦火でほとんどの工場を失いました。戦後の1946年には戦前型そのままの6C 2500(6気筒2.5L(90HP)DOHCエンジン搭載)の生産が始まり、1948には社名をS.A. Alfa Romeo.からALFA ROMEO S.P.Aに改めました。なおアルファ ロメオは戦前に国有公社化されていましたが、その体制は1986年にフィアット傘下となるまで続きました。

 

 1947年には6C 2500を改良したフレッチア ドーロ(FRECCIA D'ORO:金の矢)が登場します。フレッチア ドーロは戦前型よりホイールベースが長く、フラッシュサーフェースを採用したセダン ボディを剛性を向上させる為にフレームに溶接していました。

 このフレッチア ドーロ以外にもピニンファリーナやトゥリングなどのカロッツェリアが華麗なボディを架装した6C 2500 スポルト/ツーリスモなどが1952年まで生産されました。戦前のアルファ ロメオは少量生産の高性能高級車メーカーでしたが、戦後の6C 2500はその路線の最後を飾る車となりました。その後アルファ ロメオは時代の変化に対応し、高性能なツーリングカーを量産し比較的低価格で提供するといった新路線に転換しました。

 

 

 ミニカーはミニチャンプス製で、2004年に発売されました。実車が全長5mほどの大柄な車ですので、ミニカーも結構でかいです。トゥリング製の豪奢なボディを渋い濃紺のカラーリングでうまく再現しています。この6C 2500から続いているアルファの象徴である細い盾型のフロントグリル、ワイヤースポークホイール、内装などの細部もよくできています。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ALFA ROMEO 6C 2500 FRECCIA D'ORO 1
ALFA ROMEO 6C 2500 FRECCIA D'ORO 2

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FERRARI 125S #10 MILLE MIGLIA 1947 ITALY

FERRARI 125S #10 MILLE MIGLIA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R182 1/43 84㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.6m
エンジン 変速機: V型12気筒 1.5L 100HP 5段変速
性能: 最高速170km/h
データーベースでフェラーリ 125のミニカー検索

 

フェラーリ 125S #10 ミッレ ミリア イタリア 1947

 

 前述したアウト アビオ コストルツィオーネ社は第2次大戦後にレーシングカーの開発を再開しました。エンツォ フェラーリはアルファ ロメオ在籍時の同僚であったジョアッキーノ コロンボの協力を得て、高性能なV型12気筒エンジンを開発しました。エンツォ フェラーリは1947年にフェラーリ社を創立し、同年にフェラーリの名前を冠した最初のモデルである125Sが登場しました。125Sは新開発したV型12気筒1.5L(100HP)エンジンを搭載し、5段変速で最高速は170km/hの性能でした。名前の125は1気筒あたりの排気量が125ccであることを表しています。フェラーリは第1号車から高性能な12気筒エンジンを使っていたのです。

 

 125Sにはロードカー仕様の125GTも計画されましたが、実現しませんでした。エンジンをスーパーチャージャーで過給して230HPにチューンした、フェラーリ初のF1マシン 125F1も1948年に登場しました。(125F1と同時期に活躍したアルファ ロメオ 158はどちらもジョアッキーノ コロンボの設計なので、とても良く似ています) 125Sは3台生産され、パルマ サーキットなどイタリア国内のレースで活躍しました。125Sは3台生産されレースに使用された後、後継車の159S、166に再利用されました。

 

 

 ミニカーは1989年に発売されたブルム製です。1947年のミッレ ミリアの出場車(レース結果はリタイア)をモデル化しています。独特のフロントの顔つきがうまく再現されているなど、当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。ブルムはバリエーションで125Sのデビュー戦のピアチェンツァ サーキット仕様など4種類をモデル化しています。これ以外の125Sのミニカーは、アートモデル、イクソ、マテルの1/18などがあります。125F1はイクソがモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FERRARI 125S #128 MILLE MIGLIA 1
FERRARI 125S #128 MILLE MIGLIA 2

 以下は1989年に発売されたブルム製のフェラーリ 125S #21 ペスカーラ サーキット 1947 (1/43 型番183)の画像です。1947年のペスカーラ サーキットに参戦した車をモデル化しています。レース結果は2位でした。なおこの車は正確にいうと125Sを改良して1.9L(125HP)エンジンを搭載した159Sになります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FERRARI 125S 3
FERRARI 125S 4

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FIAT 1100B 1948 ITALY

FIAT 1100B 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R064 1/43 96mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m 全幅約1.5m
エンジン 変速機: 4気筒 1089cc 51HP 4段変速
性能: 最高速130km/h
データーベースでフィアット 1100のミニカー検索

 

フィアット 1100B イタリア 1948

 

 1937年に登場したフィアット 508Cは1939年にフロントグリルがアメリカ車風に変えられ名前が1100となりました。1100は戦後の1948年に1100Bとなり、1949年にはトランクが追加されるなどして1100Eとなりました。1100Eはエンジンが少しだけパワーアップしていましたが、ボディはリアにトランクが追加されただけで、見た目はほとんど同じでした。1100シリーズのボディ形式は2ドア/4ドアセダンとコンバーチブル、2ドアクーペ/スパイダー、ロングホイールベースのバリアント、商用バンなどなんでもありでした。508Cから始まった1100シリーズは1953年に新型の1100が登場するまで、外観は変更されましたが、中身はほぼ同じまま生産されました。

 

 以下は1940-1950年代のフィアットの車種構成です。(Wikipediaなどを参照して作成しました)
FIAT LINEUP 前述した小型車500の上級車として1100シリーズがあり、その上には戦前に登場した1500の戦後型1500Eと1950年に登場した1400がありました。

 

 

 ミニカーは1984年に発売されたブルム製です。1948年式の1100Bをモデル化しています。ブルムは前述したように戦前の508C(1100)をモデル化していますので、これはその型を流用したバリエーションでフロントグリルの造形が変更されています。地味な実用車のミニカーですが、実車の雰囲気が良く再現されていて、当時のミニカーとしては良く出来ていました。ブルムはボディにトランクが追加された1100Eもモデル化していて、1100Eの商用車のバリエーションもたくさんあります。これ以外の1100シリーズのミニカーはスターラインがスポーツ仕様の2ドアクーペ 1100Sをモデル化しています。自動車の歴史を作ってきたのは派手な高級車だけではなくこのような地味な大衆車でもあるのです。したがって自動車の歴史を知るためにはこの類の実用車を知るということにも大きな意味があります。そのような観点から地味な実用車をミニカーにしてくれるブルムのようなブランドはありがたい存在なのです。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT 1100B 1
FIAT 1100B 2

 以下は1984年に発売されたブルム製のフィアット 1100E 1949 (1/43 型番R065)の画像です。上記のバリエーションで、リアにトランクの張り出しが追加され、ナンバープレートがトランク部分に移動しています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 1100E 1
FIAT 1100E 2

 以下は1991年に発売されたブルム製のフィアット 1100E 赤十字 救急車 フォルリ地方 (1/43 型番R179B)の画像です。上記の1100Eのワゴン仕様の救急車をモデル化しています。ボディ側面のロゴ「C.R.I. COMITATO PROVINCIALE di FORI」ですが C.R.I.とはCroce Rossa Italiana(イタリア赤十字)、 COMITATO PROVINCIALE di FORIとはフォルリ地方委員会という意味です。Aピラーに取り付けてある小さなバックミラーが面白いです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 1100E FURGONE 1
FIAT 1100E FURGONE 2

 以下は1999年に発売されたブルム製のフィアット 1100E フルゴン RAMAZZOTTI (1/43 型番R284)の画像です。フルゴン(FURGON)とは商用バンのことで、1100Eのデリバリーバンをモデル化しています。「RAMAZZOTTI(ラマゾッティ)」とはイタリアのリキュール(薬用酒)のブランドです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 1100E FURGONE 3
FIAT 1100E FURGONE 4

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FERRARI 166 MM 1948 ITALY

FERRARI 166 MM 画像をクリック/タップすると画像が変わります
ARTMODEL ART007 1/43 84㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.6m
エンジン 変速機: V型12気筒 2L 140HP 5段変速
性能: 最高速200km/h
データーベースでフェラーリ 166のミニカー検索

 

フェラーリ 166 MM イタリア 1948

 

 前述した125Sはレースの成績が振るわない為、排気量を1.9Lに拡大し125HPにパワーアップした159Sとなりました。さらに1948年には排気量を2Lに拡大し140HPにパワーアップした166Sに切り替わりました。166Sは1948年のミッレ ミリア、タルガ フロリオで総合優勝し、1949年のルマンで総合優勝するなどレースで大活躍して、フェラーリの名前を知らしめました。なお1948年のミッレ ミリアで優勝したことを記念して、166Sはミッレ ミリアのイニシャルを付与した166 MMに改名されました。

 

 1947年にロードカー仕様の166 SC(スパイダー コルサ)が登場し、125F1に166 SCの2Lエンジンを搭載した125F1/166も設定されました。1948年にロードカー用のシャーシが初めて生産され、166 インテル(INTER)として設定されました。166 インテルはトゥーリング、ヴィニャーレなどのカロッツェリアがクーペやカブリオレなどの華麗なボディを架装しました。166 インテルは約40台ほどが生産されました。これらの富裕層向けの車もフェラーリの名声を高めました。

 

 

 ミニカーはイタリアのM4社のブランドのアートモデル製で、1994年に購入しました。トゥーリング製のバルケッタ(オープンカー)をモデル化しています。微妙なボリュームがある曲面的なボディがうまく再現されていて実に良い出来ばえです。またワイヤスポークホイールの出来が良いのでモデルが引き締まって見えます。これ以外の166のミニカーは、アートモデル(約40種類)、イクソ、マテルの1/18と1/43、最近のレジン製ではトップモデル、ルックスマートなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FERRARI 166MM 1
FERRARI 166MM 2

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CISITALIA 202 COUPE 1948 ITALY

CISITALIA 202 COUPE 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU M10 1/43 90㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.9m 全幅約1.55m
エンジン 変速機: 4気筒 1.1L 55HP 4段変速
性能: 最高速155km/h  
データーベースでチシタリアのミニカー検索

 

チシタリア 202 クーペ イタリア 1948

 

 チシタリア社はイタリアの実業家ピエロ ドゥジオ(Piero Dusio)が1946年に設立したスポーツカーメーカーでした。チシタリアという名前は「Compagnia Industriale Sportiva Italia (イタリアのスポーツ産業社)」に因んだものでした。最初のモデルはフィアット 1100のパーツを使ったレーシングカー D46で、ダンテ ジアコーサ(フィアットの技術者) が設計しました。鋼管スペースフレーム構造による軽量化で高性能だったD46はレースで成功しました。その後ポルシェ設計事務所が設計した水平対向エンジンをミドシップ配置し4WDシステムを採用した極めて進歩的なGPカー タイプ 360を開発しました。ただ複雑な構造故に高価だったので、資金不足で活躍できなかったようです。(実車画像→ チシタリア D46 1947)(実車画像→ ポルシェ タイプ 360 チシタリア 1947)

 

 チシタリアの名前を有名にしたのは、1947年に発表されたピニンファリーナ デザインの202 クーペでした。ボディとフェンダーが完全に一体化したフラッシュサイドの美しいボディは、戦後の自動車デザインのスタンダードとなりました。202 クーペは手作業による少量生産車で、レース仕様車が1947年のミッレ ミリアでクラス優勝しています。戦後の車のデザインに多大な影響を与えたチシタリアは資金難から1965年に活動を停止しました。202 クーペは戦後の車を代表する優れたデザインとしてニューヨークの近代美術館に展示されています。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたイタリアのドゥグー製です。ドゥグーはクラシックカー専門のブランドで、トリノ自動車博物館が所蔵する実車をモデル化していました。この202 クーペもトリノ自動車博物館の実車をモデル化しています。プロポーションが正確で実車のデザインが忠実に再現され、フロントグリルや灯火類などの細部もそこそこ再現されています。ボンネットが別パーツになっていますが、ボンネットが開く構造にはなっていません。(たぶん最初はボンネットを開くようにするつもりだったのでしょう) これ以外のチシタリアのミニカーはマーキュリーが当時物で初期のGPカーを作っていますが、202のミニカーは最近までこのドゥグー製しかありませんでした。2010年にスターラインが202のスパイダーとクーペを数種類をモデル化し、最近ではミニ ミニエラ(MINI MINIERA レジン製)が202 クーペをモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

CISITALIA 202 COUPE 1
CISITALIA 202 COUPE 2

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FIAT 500C 1949 ITALY

FIAT 500C 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R013 1/43 79mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.25m 全幅約1.29m
エンジン 変速機: 4気筒 569cc 16HP 4段変速
性能: 最高速95km/h
データーベースでフィアット 500(トポリーノ)のミニカー検索

 

フィアット 500C イタリア 1949

 

 第2次大戦の敗戦とその後のインフレでイタリア経済は壊滅状態でした。したがって戦後のイタリアは一般大衆が車を買えるような状況ではなく、スクーターなどの2輪車に需要が移っていました。当時の映画「ローマの休日」(1953年)には劇中車として2輪車のべスパや戦前型の500A(トポリーノ)がたくさん出てきますが、当時のイタリアの世相をよく反映していました。そんな訳で安価な小型車500Aは、戦後もそのまま生産されていました。

 

 1948年にはエンジンを16HPにパワーアップした500Bとなり、同時に派生車として4シーター ワゴンのジャルディニエラ(GIARDINIERA)が追加され、それをベースにした商用バンのフルゴンチーノも追加されました。1949年にはボディを一新した500Cとなりました。500Cはライトをフェンダーに埋め込み、スペアタイヤを内蔵しバンパーを追加して現代的なスタイルに変わりました。この変更でトポリーノのユーモラスなイメージは薄くなり、ビジネスライクな小型車といった感じが強くなりました。1951年にジャルディニエラは側面の木製パネルを金属製に変更したベルヴェデーレ(BELVEDERE)に変わりました。500Cは1955年まで生産され、後継車の600にモデルチェンジしました。500シリーズの総生産台数は約65万台でした。

 

 

 ミニカーは1978年に発売されたブルム製で、1970年代に作られたブルム初期のミニカーです。前述した同じブルム製の500Aと同様に、実車の雰囲気が良く再現され当時のミニカーとしては良く出来ていました。少し古くさい作風ですが、この車のイメージにはうまくマッチしています。ブルムは500Cのワゴンのジャルディニエラやベルヴェデーレ、商用バンなどのバリーエーションもたくさん作っています。ブルム以外の500Cのミニカーはマーキュリーの当時物、イクソ、リーツェの1/87、ノレブのジャルディニエラなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

FIAT 500C 1
FIAT 500C 2

 以下は上記のフィアット 500Cと同じブルム製の戦前のフィアット 500A (1/43 型番R022)を並べてみた画像です。サイズはそのままで、フロント/リアが大幅に変更されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500A AND 500C 1
FIAT 500A AND 500C 2

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット 500C 幌開 (1/43 型番R012)の画像です。上記の幌を開いたバリエーションです。なお500Cは生産ラインの標準化で要望が多い幌の付いたコンバーチブル仕様が標準となり、ハードトップは特注オプション扱いだったそうです。その為ブルムのミニカーにも500Cのハードトップ仕様はありません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C 3
FIAT 500C 4

 以下は1981年に発売されたブルム製のフィアット 500C 消防指令車 (1/43 型番R024)の画像です。ドアに「SERVIZIO PREVEZIONE」と表示されていますが、これは「防災サービス」という意味らしいので、これは消防指令車というよりも消防の広報車なのかもしれません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C 5
FIAT 500C 6

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット 500C ジャルディニエラ 1949 (1/43 型番R048)の画像です。ジャルディニエラはファミリーユースを目的として設定された500Cのワゴン仕様で、4シーターでテールゲートがありました。リアシートは折り畳んで荷物スペースを拡大することができました。なお当時のアメリカ車のウッディワゴンのようにキャビン側面とテールゲートには手作業で製作される木製パネルが付いていました。(欧米ではこのようなワゴン仕様が良く見られます) ミニカーはこの木製パネルもそれらしく再現していています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C GIARDINIERAE 1
FIAT 500C GIARDINIERA 2

 以下は1981年に発売されたブルム製のフィアット 500C ベルヴェデーレ 1951 (1/43 型番R028)の画像です。ベルヴェデーレは上記のジャルディニエラと同じワゴン仕様ですが、コスト低減で木製パネルを金属製に変更してコストダウンした物でした。ミニカーでもその変更が再現されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C BELVEDERE 1
FIAT 500C BELVEDERE 2

 以下は1978年に発売されたブルム製のフィアット 500C フルゴンチーノ (1/43 型番R051)の画像です。フルゴンチーは小型のフルゴン(商用バン)の意味で、上記のジャルディニエラをベースにした商用バンです。乗用車のジャルディニエラには前輪フェンダー上に補助灯(たぶん車幅灯のはず)が付いていて、このフルゴンチーノには付いていませんが、これも実車どおりです。様々な企業のロゴが付いたバリエーションが10種類ほどあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
FIAT 500C FURGONCINO 1
FIAT 500C FURGONCINO 2

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ALFA ROMEO 1900 1950 ITALY

ALFA ROMEO 1900 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R089 1/43 101mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.4m 全幅約1.6m
エンジン 変速機: DOHC 4気筒 1.9L 90HP 4段変速
性能: 最高速150km/h
データーベースでアルファ ロメオ 1900のミニカー検索

 

アルファ ロメオ 1900 イタリア 1950

 

 前述した戦後のアルファ ロメオの新路線に沿って1950年に登場したのが1900でした。1900はモノコック構造の4ドアボディにDOHC 4気筒1.9L(80HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速150km/hの性能でした。戦前のアルファ ロメオほど高性能ではありませんでしたが、1900は当時の2Lクラスとしては最速の車でした。その性能で価格はフィアット 1900の1.5倍と低価格でしたので、この車は大成功しました。

 

 アルファ ロメオの標準ボディはベルリーナだけでしたが、コーチビルダーによって2ドアクーペやカブリオレなど様々なボディが架装されました。その代表的なモデルとしてはトゥーリング製のスーパー スプリント クーペ、ピニンファリーナ製のカブリオレ、ザガート製のSS クーペなどがありました。1951年には100HPにパワーアップしたTIが追加され、1953年には排気量を拡大した2L(90HP)のスーパー、2L(115HP)のTI スーパーが追加されました。1958年に後継車の2000が登場し、1959年に生産中止となりました。1900シリーズの総生産台数は約21000台でした。

 

 

 ミニカーはブルム製で、1983年に発売されました。当時のミニカーとしてはそこそこ良い出来ばえでした。このような地味なセダンをモデル化してくれるブルムは、私にとってはありがたいブランドです。ブルムはラリー仕様など数種類のバリエーションを作っています。当時物ミニカーとしてはディンキー(英)のスプリント クーペ、マーキュリーのセダンがありました。最近の物では、M4、M4傘下のリオ、ネオ(レジン製)などがあります。 以下はブルムの1900 ベルリーナのフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ALFA ROMEO 1900 1
ALFA ROMEO 1900 2

 以下は1985年頃に発売されたブルムの1900 TI レース仕様(型番R145)の画像です。1954年のカレラ パナメリカーナ メキシコに参戦した車をモデル化しています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 1900 1
ALFA ROMEO 1900 2

 以下は1961年頃に発売されたディンキー(英)の1900 スーパー スプリント(型番185)の画像です。コーチビルダー トゥーリング製の2ドア クーペをモデル化しています。55年以上も前に発売された当時物ですので、素朴な出来ばえですが、プロポーションは良くできています。同じ型を使ったディンキー(仏)版(型番527)もありました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 1900 1
ALFA ROMEO 1900 2

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ALFA ROMEO 159 1951 ITALY

ALFA ROMEO 159 画像をクリック/タップすると画像が変わります
MINICHAMPS 400511224 1/43 100㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.28m 全幅約1.47m
エンジン 変速機: DOHC 8気筒 1.5L 425HP スーパーチャージャー 4段変速
性能: 最高速300km/h以上
データーベースでアルファ ロメオ 158/159のミニカー検索

 

アルファ ロメオ 159 イタリア 1951

 

 戦前のグランプリレースで大活躍したP3の後継車として1935年のティーポ C、1938年(3Lフォーミュラ)の308/312/316が登場しましたが、ナチス政権がバックアップする強いドイツ勢には対抗できませんでした。1937年に1.5Lフォーミュラ用としてDOHC 8気筒1.5L スーパーチャージャー(195HP)エンジンを搭載する158(アルフェッタ)が開発されました。 この車は1.5Lフォーミュラで行われた1939年のトリポリ GPでドイツ勢に勝つことを期待されていたのですが、結局3位で終わりました。ただこの車はこのクラスのレースでは活躍し、1940年のトリポリGPでは1-3位を独占しています。

 

 終戦後の1947年に新しいフォーミュラ(過給1.5L 無過給4.5L)が施行されました。アルファロメオは戦時中密かに動態保存されていた158を改良して参戦し好成績をあげます。1949年はレースに参加しませんでしたが、1950年から始まったF1世界選手権に350HPにパワーアップした158で参戦します。158は戦前のドイツ勢をも上回る圧倒的な強さを誇り、1950年には出場した11レース全てで勝利し、初代ドライバーチャンピオンをG.ファリーナが獲得しています。またレースの平均速度も戦前のドイツ勢より早くなっていました。

 

 

 1951年にはリアサスペンションをド ディオンアクスルに変更し、過給圧を上げて425HPにパワーアップした159が登場しました。1951年にはフェラーリ 375がライバルとして登場しましたが、159が6勝をあげて世界選手権を獲得しています。残念なことにアルファ ロメオは資金難のため1951年を最後にF1から撤退しました。スーパーチャージャー式エンジンの時代は159とともに終わり、その後は1970年代まで自然吸気式エンジンの時代が続きました。

 ミニカーはミニチャンプス製で、2007年頃発売されました。1951年 スイス GP 優勝車(ドライバー J.M.ファンジオ)をモデル化しています。最盛期のミニチャンプスのミニカーで、ボンネットのルーバー(墨入れ処理)、サスペンションのアーム、コクピット内部などが非常にうまく再現されています。ミニチャンプスはイギリス GP仕様など数種類をモデル化しています。それ以外のミニカーでは、メーベトイやマーキュリーの158、ブルムの158と159などがあります。 以下はそのミニチャンプスの159のフロント/リアの拡大画像とフロントの整流版とコクピット部分の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

ALFA ROMEO 159 1
ALFA ROMEO 159 2

 以下は1981年に発売されたブルムの158(型番R036)の画像です。現在の感覚ではややアバウトな作りですが、1980年代のミニカーとしては結構良い出来ばえです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 158 1
ALFA ROMEO 158 2

ALFA ROMEO 158 3
ALFA ROMEO 158 4

 以下は1981年に発売されたブルムの159(型番R043)の画像です。上述の158に整流板を追加して159に仕立てたものです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
ALFA ROMEO 159 3
ALFA ROMEO 159 4

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LANCIA AURELIA B20 GT 1951 ITALY

LANCIA AURELIA B20 GT 画像をクリック/タップすると画像が変わります
SOLIDO 4563 1/43 99㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.37m 全幅約1.55m
エンジン 変速機: V型6気筒 2L 80HP 4段変速
性能: 最高速165km/h
データーベースでランチア アウレリアのミニカー検索

 

ランチア アウレリア B20 GT イタリア 1951

 

 第2次大戦後しばらくランチアは戦前のアプリリアの小型版アルデア(ARDEA)を生産していました。(実車画像→ ランチア アルデア) 1950年にアプリリアの後継車アウレリア B10 (4ドアセダン)が登場しました。アウレリアの設計はアルファ ロメオでレースカーを設計していたヴィットリオ ヤーノによるもので、世界初のV型6気筒エンジン(1.8L 56HP)が搭載されました。さらにデフとギアボックスを一体化したトランスアクスル、四輪独立懸架サスペンションとインボード式ドラムブレーキなど先進的で高度な技術が採用されていました。(実車画像→ ランチア アウレリア B10)

 

 1951年には排気量2L(70HP)のB21が追加され、ホイールベースを短縮したピニンファリーナ製ボディの2ドアクーペでエンジンを2L(75HP)にパワーアップしたB20 GTも追加されました。GTとはグランツーリスモの略ですが、この名前を初めて使ったのはこの車で、その優れた操縦性から最初のGTカーとされています。1953年にエンジンが2.45L(118HP)に拡大され、1954年にオープン仕様でホイールベースがGTより短縮されたB24スパイダーが追加されました。1956年にセダンが生産中止となり、クーペ/スパイダーは1958年まで生産され後継車のフラミニアに変わりました。総生産台数は約1.8万台でした。優れた操縦性で1952年のルマン 6位、1954年のモンテ カルロ ラリー優勝などGTがレースで活躍しました。(実車画像→ ランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ 1955)

 

 

 ミニカーは2000年頃に発売されたソリド製です。ソリドの4500シリーズ(型番45**)は1950-1970年代の往年の名車をモデル化したシリーズで、細かなパーツを省いてシンプルに作ってありましたので当時の値段は約2000円と安価でした。ただ安価ながらも基本的なプロポーションは正確で、フロントグリルの造形など肝心な部分はしっかり押さえた作りでした。このアウレリア B20 GTも実車の雰囲気がうまく再現された良い出来ばえで、室内などの細部もそこそこ再現されています。これ以外のアウレリアの当時物ミニカーはマーキュリーの当時物でB10 セダン、ノレブのプラスチック製当時物でB20 GTがありました。当時物以外ではブルム、イクソ、エリゴール、スパーク(レジン製)などでB20 GT、ブルム、Bブラーゴの1/18、スパーク(レジン製)などでB24 スパイダーがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA AURELIA B20 GT 1
LANCIA AURELIA B20 GT 2

 以下は1983年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B20 GT (1/43 型番R095)の画像です。上記のソリド製と見比べるとキャビン部分の高さが低いことやファーストバックのリア部分の造形がかなり異なっています。これはソリド製のほうが正確な造形で、ブルム製はプロポーション的には今一つです。フロントの造形などもソリド製に比べると見劣りがします。ブルムはルマン レース仕様など数種類のバリエーションがあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B20 3
LANCIA AURELIA B20 4

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー (1/43 型番R131)の画像です。オープン仕様のB24 スパイダーのモデル化で、上記セダンは今一つの出来ばえでしたが、こちらのスパイダーのプロポーションはまずまずで、当時のミニカーとしては悪くない出来ばえでした。一般的なフロントウィンドーでドアに三角窓が付きシンプルなバンパーを持つ後期型をモデル化しているようです。(ブルムは1955年式としていますが、1956年式とするのが正しいように思います) (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 1
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 2

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ (1/43 型番R133)の画像です。これもB24 スパイダーですが、ラップアラウンド式のフロントウィンドーでバンパーが2分割タイプのアメリカ(アメリカ輸出仕様)をモデル化しています。ドアの後方にはピニンファリーナのロゴ、トランクの上にはランチアとピニンファリーナのロゴを組み合わせたフラッグエンブレムが付いています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 1
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 2

以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 3
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 4

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ (1/43 型番R134)の画像です。これは上記のB24 スパイダーの幌を閉じたバリエーションです。カラーリングと幌以外の違いはありません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 5
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 6

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