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ブガッティ T57SC アトランティック フランス 1936年
ブガッティ T57は1934年に発表された3Lクラスのツーリングカーで1940年までに約700台が生産され、ブガッティとして最もたくさん生産されたモデルでした。主に4ドアセダンや2ドアクーペのボディが架装されました。エンジンはレーシングカーT59で使われたDOHC 直列8気筒3.3L(135HP)を搭載していました。ブガッティ T57Sはホイールベースを短縮したスポーツ仕様で、エンジンは170HPにパワーアップされ最高速185km/hと当時のスーパーカーでした。T57Sにスーパーチャージャーを追加して195HPにパワーアップした高性能版がT57SCでした。そのT57SCに一風変わったデザインの流線形クーペボディを載せたのがアトランティックでわずか4台しか生産されていません。(ボディの軽量化で最高速200km/hだったそうです)
アトランティックのボディの中央にある背びれのような部分は、左右のボディパネルをリベット止めしている接合部で、この部分のデザインが独特の迫力を生み出しています。現在の車も側面と屋根の接合部が左右に2カ所あり見えないように隠していますが、この車は接合部を外部に出して独特の迫力あるデザインとして成立させています。フロントスクリーンも2分割されていますので、ワイパーも変わった配置になっています。アトランティックのクーペボディはリアにスペアタイヤを格納するスペース(丸いカバー部分)があるので、リアの窓は位置が高く小さいです。たぶん後方はほとんど見えなかったと思います。
ミニカーは2009年に発売されたイクソ製のミュージアムシリーズです。個性的なクーペボディがうまく再現されていてかなり良く出来ています。ワイヤースポークホイール、エッチングパーツを使ったボンネットのルーバーやワイパー、室内などの細部も良く仕上げてあります。最近までアトランティックのミニカーはウエスタンモデル(ホワイトメタル製)、リオ、Bブラーゴの1/24、ブルムぐらいしかありませんでした。最近になってこのイクソ(ホワイトボックスも同じ)やオートアートの1/18、CMCの1/18、レジン製ではミニチャンプス、ルックスマート、マトリックスなどでモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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シトロエン 7CV フランス 1936年
1934年にシトロエンの名前を不動のものとし、自動車の歴史を大きく変えた画期的な車トラクシオン アヴァン(7/11CV)が発表されました。トラクシオン アヴァンとはフランス語で前輪駆動のことですが、この方式を最初に実用化しそれを低重心のモノコック構造ボディと組み合わせることで全く新しいタイプの車として完成させたことから、7/11CVは前輪駆動車の元祖という意味でトラクシオン アヴァンと呼ばれています。
駆動系のメカだけではなく7CVの外観は長期間モデルチェンジしないことを前提として設計され、流線型を取り込んだ低くダイナミックな先進的なボディデザインでした。またその低重心のボディと前輪独立懸架により、操縦性と乗り心地も従来の車とは一線を画するものでした。実際にこの車は23年間も作り続けられましたので、素晴らしい先見(先進)性があったのでした。当初のエンジンは4気筒1.3L(7A)で、その後1.5L(7B)/1.6L(7C)/1.9L(7S)と排気量が拡大しました。車重が約1tと軽かったので最高速100km/h(1.5L以上)が出せたそうです。ボディ形式としては2座クーペ、カブリオレもありました。
ミニカーは2002年に発売されたフランスのノスタルジー製です。ノスタルジーは名前どうりのノスタルジックなフランス車をモデル化しているイクソ系列のブランドです。シトロエン 7CVの1.6L(7C)をモデル化しています。実車の雰囲気がうまく再現され、フロントグリルやダッシュボード上のシフトレバーを再現した室内など細部もリアルで良く出来ています。(ダッシュボードから突き出したシフトレバーは昔の前輪駆動のフランス車に見られたシフトレバー配置でした) ノスタルジーはクーペとカブリオレもモデル化していました。トラクシオン アヴァンのミニカーはたくさんありますが、これ以外の7CVのミニカーはビテスのセダン/クーペ/カブリオレ、サンスター(ビテスと同じ型か?)、ノレブなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ドラージュ D6-70 クーペ フランス 1936年
ドラージュ D8の解説に記載したように1930年代のドラージュはフランスを代表するエレガントな高級スポーツカーでした。8気筒エンジンを搭載したD8に次いで1930年に6気筒3L(75HP)エンジンを搭載した小型のD6が登場しました。D6には長短2タイプのホイールベースがあり、当時のコーチビルダーがセダン、クーペ、カブリオレなどを架装していました。オリジナルのD6は1933年に生産中止となりましたが、その後もエンジン排気量が異なるバリエーションが追加され戦後の1950年代まで生産されました。ミニカーのモデルとなっているD6-70は短いホイールベースに6気筒2.7L(68HP)エンジンを搭載していました。
1933年にD8シリーズに8気筒4.1Lエンジンを2.7Lに縮小したD8 15が追加されました。1930年代の世界大恐慌による不景気でD8 15やD6などで拡販を期待して追加した車があまり売れず、経営不振となったドラージュは1935年に同じような高性能車を製造していたドライエに吸収合併されました。ドライエとの合併後もドラージュは作られましたが、戦後の1954年にドライエがオチキスに吸収されドライエ/ドラージュの両ブランドは消滅しました。
ミニカーは2015年に発売されたイクソ製のMUSシリーズです。コーチビルダー フィゴーニ & ファラスキー(FIGONI & FALASCHI)製のクーペで、D6-70としては良く知られている車をモデル化しています。プロポーションが良く、フロントグリル、ワイヤスポークホイール、フェンダーのクロームモールなどの細部の仕上げもレベルが高く、良く出来ています。なお細部の仕上げが違いますが、同じ型を使ったものがフランスのミニカー付雑誌「Collection "Voitures Fran?aises d'Autrefois"」のNo.35にありますので、元々このミニカーはそれ用に作られたようです。これ以外のドラージュ D6のミニカーはスパーク(レジン製)のクーペとレース仕様、ミニチャンプスのレース仕様などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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シムカ 5 フランス 1936年
イタリア生まれのフランス人 アンリ テオドル ピゴッツィ(Henri Th?odore Pigozzi)はフランスでイタリアのフィアットの販売権を得ましたが、当時のフランスは輸入車に高額な関税を課していたので大衆車は価格が高くなり売れませんでした。そこでほとんど完成車状態の車をパーツとして輸入し簡単な製造ラインで完成させて、関税を逃れて販売するという抜け道で製造/販売を始めました。最初に販売したのはフィアット 508 バリッラで、フランス国内に1Lクラスの車がなかったので大成功しました。この成功で1934年にはフィアットの資金援助を受けて小型車製造工場を買収し、シムカ社(SIMCA:Societe Industrielle de Mechanique et de Carrosserie Automobile:自動車車両車体工業会社)を設立しました。
当初はフィアット フランスの名前で主に508 バリッラを製造しました。その後シムカの名前を付けた最初の車シムカ 5が1936年に登場しました。シムカ 5はフィアット 500 トポリーノのライセンス生産で、フロントグリルの細部やロゴ以外はトポリーノとおなじでした。全長約3.2mの2座小型車で水冷4気筒569cc(13HP)エンジンをフロントに搭載し最高速度85km/hの性能でした。低価格で燃費が良いこの車はイタリア同様に大成功をおさめ、1939年までに約6.5万台が生産され、シムカはフランス第4位の自動車メーカーとなりました。1938年にはフィアット 508Cのライセンス生産であるシムカ 8も登場しました。1939年に第2次大戦が勃発しシムカの乗用車は生産中止となりました。
ミニカーは1995年頃に発売されたブルム製です。ブルムはフィアット トポリーノをモデル化していますので、実車同様にホイールキャップのロゴをSIMCAに変更してシムカ 5に仕立てています。外観はトポリーノと全く同じですので、このシムカ 5もかわいらしい雰囲気がうまく再現されていて良い出来ばえです。バリーエーションで幌を閉じたものや軍用車仕様、商用車仕様のフルゴンチーノがあります。これ以外のシムカ 5のミニカーはノレブ初期のプラスチック製とノレブの最近の物などがあります。 以下はフロント/リア(ホイールキャップ拡大)の拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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イスパノ スイザ K6 カブリオレ スペイン/フランス 1936年
1930年代前半の世界大恐慌による不況の進展で、イスパノ スイザ J12のような大排気量高級車の需要は減少しました。そこでイスパノ スイザはJ12のV型12気筒エンジンの片バンクを流用した直列6気筒(120HP)エンジンを開発し、そのエンジンを搭載したK6を1934年に登場させました。K6はJ12をベースにしていましたので高品質な高級車で安くはなかったのですが、J12より売れ行きは良かったようです。4段変速で最高速145km/hの性能でした。
スペイン内乱などで社会情勢が悪化し、戦争が近づいたことからイスパノ スイザ社の車両生産は低迷し、1938年には航空機エンジン製造に専念するために自動車生産が中止されました。そのためK6の生産は1937年に終了し総生産台数は約200台でした。この時点でイスパノ スイザ車はその歴史を終えました。なおイスパノ スイザ社の航空機事業は1968年にフランスの航空機製造会社に買収されてイスパノ スイザの社名は消滅しました。なお2019年にイスパノ スイザの名前が復活してEVのスポーツカー カルメンを発表しています。
ミニカーは1975年に発売されたマッチボックス製のYシリーズです。カロッツェリア プルトゥー(Pourtout)が架装したと思われるスポーティな2ドアカブリオレをモデル化しています。マッチボックス製のYシリーズは歴史的に有名なクラシックカーを揃えていましたが、細部の造形を簡略化することで安価に仕上げていました。 安価ながらプロポーションはしっかりしていたので、実車の雰囲気はうまく再現されていました。(ただし縮尺を統一していなかったことが、マニア向けとしては今一つでした) このイスパノ スイザ K6も縮尺が1/48と中途半端で、マッチボックス流の簡素化でヘッドライトとバンバーが一体成型されています。ただそれ以外はきれいなカラーリングで実車がうまく再現されていましたので、1970年代に作られたミニカーとしては悪くない出来ばえでした。またイスパノ スイザ K6のミニカーはこれとMATRIX(レジン製)ぐらいしかないので車種的には貴重でした。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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