ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

 

LANCIA THETA 1914 ITALY

LANCIA THETA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU M11 1/43 97㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m
エンジン 変速機: 4気筒 4940cc 70HP 4段変速
性能: 最高速120km/h
データーベースで戦前のランチアのミニカー検索

 

ランチア シータ イタリア 1914

 

 ランチア社はフィアットのレーシングドライバーであったヴィンチェンツォ ランチア(Vincenzo Lancia)が1906年に設立しました。ランチア社のモットーは「技術的な妥協を排する」で、他社の模倣をしない進歩性のある車を作っていました。1908年に登場した第1号車のティーポ 51(12HP)は4気筒2.5L(28HP)エンジンを搭載し4段変速で最高速90km/hと高性能で、ほとんどがレースカーとして使われました。ランチアはギリシャ文字を車名にしていて、この第1号車はアルファと呼ばれました。(実車画像→ ランチア アルファ 1908)

 

 ランチアの最初の成功作は1913年に登場したシータ(THETA)でした。シータは4気筒4.9L(70HP)エンジンを搭載した大型車で、4段変速で最高速120km/hの性能でした。この車は発電機、スターター、ヘッド/テールライト、室内照明などの電装品(6V仕様)がボディ架装前に組付けられた最初の車でした。(当時電装品はボディが完成してから組み付けていました) シータは高性能で上質な車として成功し、1918年までの5年間で約1700台が生産されました。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたクラシックカーの専門ブランドのドゥグー製です。ランチア シータの4ドアリムジーンをモデル化しています。ドゥグーは大人のマニア向けのミニカーで、イタリアのビスカレッティ自動車博物館に保存されている実車を忠実にモデル化していました。このシータはドゥグーとしては廉価版のMUSEOシリーズの物ですが、当時のミニカーとしてはかなりレベルの高いリアルな造形で良く出来ていました。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA THETA 1
LANCIA THETA 2

 以下は1960年代に発売されたポリトーイ製のランチア ティーポ 51(アルファ) 1908 (1/41 型番107)の画像です。ランチア ティーポ 51のツーリングセダンをモデル化しています。ポリトーイはダイキャスト製ミニカーを発売する前の初期にはプラスチック製ミニカーを作っていました。これもそのプラスチック製ミニカーの1台でこれ以外のクラシックカーではフィアット 3.5HP、アルファ 60HP、イターラなどがありました。当時のクラシックカーのミニカーとしてはかなり良い出来ばえで、ライト類にラインストーンを使うなど凝った造りです。(ダッシュボード左側ランタンはラインストーンが欠品しています) (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA TIPO 51 1
LANCIA TIPO 51 2

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=105

   

LANCIA LAMBDA 1925 ITALY

LANCIA LAMBDA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DUGU 2 1/43 108㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.5m
エンジン 変速機: V型4気筒 2123cc 50HP 4段変速
性能: 最高速115km/h
データーベースでランチア ラムダのミニカー検索

 

ランチア ラムダ イタリア 1925

 

 1914年のランチア シータに続いてランチアの名前を一躍有名にしたのが、1922年に発表されたラムダでした。ラムダには当時の車として先進的な技術が採用されていました。まずボディは乗用車として初めてボディとシャーシを一体化したスチール製のモノコック構造を採用していました。次に量産乗用車として初めて前輪独立懸架サスペンションを採用していました。これは前輪の操舵軸(キングピン)全体が、車体に固定された筒の中で上下にスライドするスライディングピラー方式と呼ばれるものでした。さらにエンジンはV型4気筒で直列4気筒より全長が短く小型軽量でした。

 

 これらの先進技術の組み合わせで、ラムダは重心が低く優れた操縦性を持ち、さらに当時の車としては車高が低く洗練されたデザインとなりました。実際に同時期のフィアット 519のサイドビューなどと比べてみるとその先進性が良く分かると思います。当初のV型4気筒2123cc(50HP)エンジンは2.4L、2.6Lまで拡大されました。ラムダは商業的にも成功し1931年までに約1.1万台が生産されました。ラムダに採用された技術はその後の自動車開発に多大な影響を与えました。

 

 

 ミニカーは1960-1970年代に発売されたクラシックカーの専門ブランドのドゥグー製です。ランチア ラムダの4ドアリムジーンをモデル化しています。ドゥグーは大人のマニア向けのミニカーで、イタリアのビスカレッティ自動車博物館に保存されている実車を忠実にモデル化していました。このラムダはドゥグーのMINIAUTOTOYSシリーズの物で、当時のミニカーとしては卓越したリアルな造形でドゥグーの傑作品のひとつです。特に特徴的なスライディングピラー方式前輪独立懸架サスペンションが忠実に再現されているのは秀逸です。(ただし繊細で壊れやすいので注意が必要です) なおドゥグーのミニカーには合成ゴムのタイヤに含まれる可塑剤(有機溶剤)がプラスチック製ホイールを溶かすという問題がありました。このラムダもホイールがかなり溶けてしまったので、ホイールを別のミニカーの物に交換してあります。なおリアエンドに積んでいるスペアタイヤのホイールだけはダメージが少なかったのでオリジナルのホイールのままです(ホイールが溶ける問題の参照ページ→ ミニカーの材質と経年変化) これ以外のランチア ラムダのミニカーはポリトーイ初期のプラスチック製とトーギー(TOGI)製の1/23の大スケールミニカーがありましたが、最近のミニカーはないようです。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA LAMBDA 1
LANCIA LAMBDA 2

 以下は同じドゥグー製のランチア ラムダ トルペード 1925 (1/43 型番5)の画像です。上述したラムダのバリエーションでトルペード(オープン仕様)のモデル化です。屋根がないのでより一層車高が低く見えます。フロント スクリーンがかなりオーバースケール気味でステーが太いのが難点ですが、セダンタイプではよく見えない計器類などの室内の造形が良く分かります。なおこれは2005年に撮影した画像で、オリジナルのホイールが溶けかかっているのが分かります。最近(2020年)久しぶりに状態を確認したとこる、残念なことにホイールが原型をとどめないぐらいまで溶けていました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA LAMBDA 31
LANCIA LAMBDA 4

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=184

   

 

LANCIA DILAMBDA 1929 ITALY

LANCIA DILAMBDA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
RIO 41 1/43 118mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5m
エンジン 変速機: V型8気筒 4L 100HP 4段変速
性能: 最高速125km/h
データーベースでランチア ラムダのミニカー検索

 

ランチア ディラムダ イタリア 1929

 

 前述したランチア ラムダの成功で1929年にはアメリカ市場を指向した高級車としてディラムダが登場しました。ラムダの特徴であった前輪独立懸架サスペンションは踏襲していましたが、大型の豪華なボディを架装する為に従来のフレーム構造を採用していました。その為ラムダの斬新で軽快なデザインに比べると、ディラムダは古典的な高級車のデザインとなっていました。またエンジンもラムダと同じ狭角V型でしたが、アメリカ市場の嗜好に合わせてV型8気筒4L(100HP)エンジンが搭載され、4段変速で最高速125km/hの性能でした。

 

 このディラムダという名前はエンジン気筒数などがラムダの2倍という意味で付けられた名前でした。当初はロングホイールベース(3475mm)仕様のみでしたが、1930年にショートホイールベース(3290mm)仕様が追加され、当時のカロッツェリアがセダンやトルペードの特注ボディを架装しました。1935年に生産中止となり総生産台数は約1600台でした。当時の保守的な高級車市場においてディラムダは先進的で個性的な車でしたが、高額であったことと1929年の世界大恐慌による不景気もあって商業的には失敗作となりました。

 

 

 ミニカーは1978年に発売されたリオ製です。リオはクラシックカーを専門とするマニア向けのブランドで、当時のミニカーとしてはレベルの高い出来ばえでした。(その分値段も高かったですが) このディラムダも実車の雰囲気が良く再現されていて、フロントグリル/灯火類、室内などの細部もリアルに出来ています。特にこの車のヘッドライトは単純な円形ではなくランチアのエンブレムの形状になっているのですが、それがきちんと再現されています。(参照画像→ランチア エンブレム) 立付けが良くスムーズに動作するドア開閉ギミック付です。リオはバリエーションでオープン仕様のトルペードと戦前の政治家ムッソリーニのフィギュアが付いたセダンもモデル化しています。これ以外のディラムダのミニカーはノレブがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA DILAMBDA 1
LANCIA DILAMBDA 2

 以下は1978年に発売された同じリオ製のバリエーション ランチア ディラムダ トルペード 1929 (1/43 型番42)の画像です。上記のバリエーションで、セダンに比べるとスポーティな感じがするトルペードのモデル化で、カラーリングも派手です。ルーフ部分が幌に変更され、リアエンドにスペアタイヤが追加されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA DILAMBDA TORPEDO 1
LANCIA DILAMBDA TORPEDO 2

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=186

   

LANCIA ASTURA CABRIOLET PININFARINA 1934 ITALY

LANCIA ASTURA CABRIOLET PININFARINA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
ALTAYA 16 1/43 124mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約5.3m 全幅約1.64m
エンジン 変速機: V型8気筒 3L 82HP 4段変速
性能: 最高速130km/h
データーベースでランチア アルテナ/アスツゥーラのミニカー検索

 

ランチア アスツゥーラ カブリオレ ピニンファリーナ イタリア 1934

 

 ビンテージ期の傑作車ランチア ラムダの後継車として1931年にアルテナ(ARTENA)が登場しました。アルテナのセダンはランチアが自社製標準ボディを設定していましたが、それ以外のボディ(クーペ、コンバーチブルなど)は従来通りカロッツェリアが特注ボディを架装していました。その為ボディはラムダの特徴であったモノコック構造ではなくフレーム構造を採用していました。V型2L(55HP)エンジンを搭載し4段変速で最高速115km/hの性能でした。1942年まで生産され総生産台数は約5500台でした。(実車画像→ ランチア アルテナ 1931)

 

 1931年にランチアの最上級車ディラムダの後継者としてアスツゥーラが登場しました。アスツゥーラはアルテナと同じプラットフォームでしたが、ホイールベースが延長されV型8気筒2.6L(72HP)エンジンを搭載していました。エンジンは1933年には3L(82HP)に拡大され、短いホイールベース版が追加されました。アスツゥーラはV型8気筒エンジンながら排気量は3Lと控えめで、スポーティな高級車として名だたるカロッツェリアが豪華なボディを架装しました。1939年まで生産され、総生産台数は約2900台でした。ランチアは車名にギリシャ文字を使っていましたが、この頃からアルテナとアスツゥーラなどローマ帝国時代の地名を使うようになりました。

 

 

 ミニカーはフランスのミニカー付き雑誌「VOITURES CLASSIQUES」のNo.16として作られた物でイクソ製です。ピニンファリーナがデザインしたコンバーチブルをモデル化しています。品の良いスポーティなデザインに青/空色のツートンカラーが良く似合っています。プロポーションが良く、室内もそこそこ再現されていて雑誌に付くミニカーの標準的なレベル以上の良い出来ばえです。これはオークションで入手した物ですが、2010年に色違いがイクソの型番MUS029(黄/金 ツートンカラー)でも発売されました。これ以外のアスツゥーラのミニカーはソリド、ミニチャンプス、スターラインなどがあります。アルテナのミニカーはKESS MODEL(レジン製)があります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA ASTURA CABRIOLET PININFARINA 1
LANCIA ASTURA CABRIOLET PININFARINA 2

 以下は1999年に発売されたソリド製のランチア アスツゥーラ 1935 (1/43 型番4169)の画像です。カロッツェリアのスタビリメンティ ファリーナ(STABILIMENTI FARINA ピニンファリーナの創立者バッティスタ ファリーナの兄の会社)製のクーペをモデル化しています。古典的なスポーツカースタイルで黒と銀の塗り分けが高級な感じとなっています。ソリドの型番41**シリーズは安価(当時約2000円)でしたのであまり細かいパーツは付かないシンプルな作りですが、クラシックカーの基本的な部分はきちんと押さえて作ってあります。シャープな造形で灯火類や室内もそこそこ再現されていて良く出来ています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA ASTURA 3
LANCIA ASTURA 4

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA ASTURA 5
LANCIA ASTURA 6

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=1738

   

LANCIA APRILIA 1937 ITALY

LANCIA APRILIA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R058 1/43 93mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4m 全幅約1.5m
エンジン 変速機: V型4気筒 1.4L 47HP 4段変速
性能: 最高速130km/h
データーベースでランチア アプリリア/アルデンヌのミニカー検索

 

ランチア アプリリア イタリア 1937

 

 1937年に登場したランチア アプリリアはビンテージ期の名車ラムダに次ぐ戦前のランチアの傑作車で、ラムダ同様に革新的な車でした。ボディは当時最先端のモノコック構造でセンターピラーのない観音開きの4ドアを採用していました。またピニンファリーナ製のボディはトリノ工科大学と協力して自動車としては初めて風洞実験でデザインされたものでした。テールの形状に特徴があり戦前の車として空力的に優れたデザインでした。サスペンションは前輪はラムダと同じスライディングピラー式 後輪はスウィングアクスル式の4輪独立懸架でした。

 

 ランチア独自のV型4気筒1.4L(47HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速度130km/hの性能でした。1939年にエンジンが1.5L(48HP)に拡大され、サスペンションが改良されました。標準のセダンボディの他にカロッツェリアによる特注ボディ(クーペやカブリオレ)も架装されました。アプリリアという名前はイタリアの都市名にちなんだもので、フランスではアルデンヌという名前で販売されました。アプリリアは小型実用車ながら同クラスの車とは比較にならないほど上質の車で、ランチアの名前を有名にしました。第2次大戦後の1949年まで生産され、総生産台数は約2.7万台でした。

 

 

 ミニカーは1981年に発売されたブルム製です。ブルムのミニカーとしては初期の物で、アプリリアの先進的なデザインが良く再現されています。特に絞りこまれたリアの独特な造形がよくわかります。この造形はフォルクスワーゲン ビートルのデザインに通じるものがあります。ブルムはミッレ ミリアのレース仕様や戦時中の代燃車仕様など数種類をモデル化しています。これ以外のアプリリアのミニカーはマーキュリーの当時物、ノレブのアルデンヌ、EDISON GIOCATTOLIのランチア100周年記念モデルなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA APRILIA 1
LANCIA APRILIA 2

 以下は1981年に発売されたブルム製のランチア アプリリア ガソゲノ(GASOGENO) 1939 (1/43 型番R060)の画像です。イタリア語のGASOGENOとはガス発生装置のことで、リアに搭載されている装置のことです。この装置は戦時中のガソリン不足に対応した物で、木炭や石炭から可燃性ガスを発生させて、そのガスでガソリンエンジンを動かすものでした。同じような装置が日本でも戦時中に使われ、木炭自動車や代用燃料車と呼ばれました。このミニカーではそのガス発生装置がかなりリアルに再現されています。代用燃料車のミニカーはあまりないので、車種的に面白いミニカーです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA APRILIA 3
LANCIA APRILIA 4

 以下は1981年に発売されたブルム製のランチア アプリリア メタノ (METANO) (1/43 型番R059)の画像です。イタリア語のMETANOとはメタンガスのことで、屋根に積んでいるのはメタンガスのボンベです。これも上述した代用燃料車の類で、こちらはこのメタンガスでガソリンエンジンを動かすようです。ただボンベとエンジンの配管などがどうなっているのか具体的な構造は良くわかりません。単にガスボンベが積載されているだけですが、こんな物を使っていた時代があったのだということでは興味深いミニカーです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA APRILIA 5
LANCIA APRILIA 6

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=308

   

 

LANCIA AURELIA B20 GT 1951 ITALY

LANCIA AURELIA B20 GT 画像をクリック/タップすると画像が変わります
SOLIDO 4563 1/43 99㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.37m 全幅約1.55m
エンジン 変速機: V型6気筒 2L 80HP 4段変速
性能: 最高速165km/h
データーベースでランチア アウレリアのミニカー検索

 

ランチア アウレリア B20 GT イタリア 1951

 

 第2次大戦後しばらくランチアは戦前のアプリリアの小型版アルデア(ARDEA)を生産していました。(実車画像→ ランチア アルデア) 1950年にアプリリアの後継車アウレリア B10 (4ドアセダン)が登場しました。アウレリアの設計はアルファ ロメオでレースカーを設計していたヴィットリオ ヤーノによるもので、世界初のV型6気筒エンジン(1.8L 56HP)が搭載されました。さらにデフとギアボックスを一体化したトランスアクスル、四輪独立懸架サスペンションとインボード式ドラムブレーキなど先進的で高度な技術が採用されていました。(実車画像→ ランチア アウレリア B10)

 

 1951年には排気量2L(70HP)のB21が追加され、ホイールベースを短縮したピニンファリーナ製ボディの2ドアクーペでエンジンを2L(75HP)にパワーアップしたB20 GTも追加されました。GTとはグランツーリスモの略ですが、この名前を初めて使ったのはこの車で、その優れた操縦性から最初のGTカーとされています。1953年にエンジンが2.45L(118HP)に拡大され、1954年にオープン仕様でホイールベースがGTより短縮されたB24スパイダーが追加されました。1956年にセダンが生産中止となり、クーペ/スパイダーは1958年まで生産され後継車のフラミニアに変わりました。総生産台数は約1.8万台でした。優れた操縦性で1952年のルマン 6位、1954年のモンテ カルロ ラリー優勝などGTがレースで活躍しました。(実車画像→ ランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ 1955)

 

 

 ミニカーは2000年頃に発売されたソリド製です。ソリドの4500シリーズ(型番45**)は1950-1970年代の往年の名車をモデル化したシリーズで、細かなパーツを省いてシンプルに作ってありましたので当時の値段は約2000円と安価でした。ただ安価ながらも基本的なプロポーションは正確で、フロントグリルの造形など肝心な部分はしっかり押さえた作りでした。このアウレリア B20 GTも実車の雰囲気がうまく再現された良い出来ばえで、室内などの細部もそこそこ再現されています。これ以外のアウレリアの当時物ミニカーはマーキュリーの当時物でB10 セダン、ノレブのプラスチック製当時物でB20 GTがありました。当時物以外ではブルム、イクソ、エリゴール、スパーク(レジン製)などでB20 GT、ブルム、Bブラーゴの1/18、スパーク(レジン製)などでB24 スパイダーがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA AURELIA B20 GT 1
LANCIA AURELIA B20 GT 2

 以下は1983年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B20 GT (1/43 型番R095)の画像です。上記のソリド製と見比べるとキャビン部分の高さが低いことやファーストバックのリア部分の造形がかなり異なっています。これはソリド製のほうが正確な造形で、ブルム製はプロポーション的には今一つです。フロントの造形などもソリド製に比べると見劣りがします。ブルムはルマン レース仕様など数種類のバリエーションがあります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B20 3
LANCIA AURELIA B20 4

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー (1/43 型番R131)の画像です。オープン仕様のB24 スパイダーのモデル化で、上記セダンは今一つの出来ばえでしたが、こちらのスパイダーのプロポーションはまずまずで、当時のミニカーとしては悪くない出来ばえでした。一般的なフロントウィンドーでドアに三角窓が付きシンプルなバンパーを持つ後期型をモデル化しているようです。(ブルムは1955年式としていますが、1956年式とするのが正しいように思います) (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 1
LANCIA AURELIA B24 SPIDER 2

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ (1/43 型番R133)の画像です。これもB24 スパイダーですが、ラップアラウンド式のフロントウィンドーでバンパーが2分割タイプのアメリカ(アメリカ輸出仕様)をモデル化しています。ドアの後方にはピニンファリーナのロゴ、トランクの上にはランチアとピニンファリーナのロゴを組み合わせたフラッグエンブレムが付いています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 1
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 2

以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 3
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 4

 以下は1986年に発売されたブルム製のランチア アウレリア B24 スパイダー アメリカ (1/43 型番R134)の画像です。これは上記のB24 スパイダーの幌を閉じたバリエーションです。カラーリングと幌以外の違いはありません。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 5
LANCIA AURELIA B24 SPIDER AMERICA 6

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=708

   

LANCIA APPIA 1953 ITALY

LANCIA APPIA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
NOREV 783040 1/43 94㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.87m 全幅約1.42m
エンジン 変速機: V型4気筒 1.1L 38HP 4段変速
性能: 最高速120km/h
データーベースでランチア アッピアのミニカー検索

 

ランチア アッピア イタリア 1953

 

 小型車アルデアの後継として1953年にアッピアが登場しました。V型4気筒1.1L(38HP)エンジン、スライディングピラー式前輪サスペンション、センターピラーのない観音開きドア、盾型のグリルなどランチア独自の伝統を引き継いだ高級な小型車でした。小型車ながらピニンファリーナ製のクーペや、ヴィニャーレ製のカブリオレなどの特注車も製作されました。1956年にはII型となり、1959年にはフロントグリルを変更したIII型となり、1963年までに約10万台が生産されて大ヒットしました。

 

 ランチアはレース活動に注力するなど技術重視で採算を度外視した経営を続けたことで1955年に倒産しています。その際に創業者一族は経営から手を引き、ヴィットリオ ヤーノも退社しています。後を引き継いだカルロ ペゼンティはランチアの伝統を守り高度な内容の車作りを続けました。

 

 

 ミニカーは2006年発売のノレブ製です。シンプルながら小さな高級車であった実車の雰囲気がよくとらえられていると思います。ただライトが少し大きすぎるような気がしますが。。。

LANCIA APPIA 1
LANCIA APPIA 2

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=710

   

LANCIA D24 1953 ITALY

LANCIA D24 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R204 1/43 97㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.12m 全幅約1.7m
エンジン 変速機: V型6気筒 3.3L 265HP 4段変速
性能: 最高速260m/h
データーベースでランチア D20/23/24/25のミニカー検索

 

ランチア D24 イタリア 1953

 

 戦前のランチアはモータースポーツに参加しませんでしたが、経営者が創業者の息子のジャンニ ランチアに変わった戦後はモータースポーツに進出するようになりました。戦前に登場したアプリリアは、戦後レースやラリーで活躍しました。前述したアウレリア B20 クーペをベースにしたレースカー D20(V型6気筒2.5L/3Lエンジン)が1952年に登場し、タルガ フロリオ、ミッレ ミリア、ルマンなどに参加しています。

 

 D20は1953年にD23(V型6気筒3L 220HPエンジン)に発展しました。D23は軽量化して操縦性を向上させる為オープン仕様(単座/2座)となり、鋼管フレーム構造の本格的なレースカーとなりました。D23はエンジン排気量を2.4L(265HP)に拡大し、D24となりました。D24のデビュー戦は1953年ニュルブルクリング(リタイア)で、同年のカレラパナメリカーナ(ドライバー A.アスカリ)で優勝しています。1954年には、ミッレ ミリア、タルガ フロリオなど多くのレースで優勝しています。1954年にエンジン排気量を2.7L(300HP)に拡大したD25も開発されました。

 

 

 ミニカーはブルム製で、1994年頃発売されました。1954年のミッレ ミリア 優勝車(ドライバー A.アスカリ)をモデル化しています。迫力のあるフロント周りの雰囲気が良く再現されていて、なかなか良い出来ばえです。ブルムには数種類のバリエーションがあります。それ以外のD24系のミニカーとしてはTOP MODEL、STARLINEなどのモデルがあります。

LANCIA D24 1
LANCIA D24 2

 以下は俯瞰画像とコクピット周辺の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA D24 3
LANCIA D24 4

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=1736

   

 

LANCIA FERRARI D50 1955 ITALY

LANCIA FERRARI D50 画像をクリック/タップすると画像が変わります
BRUMM R076 1/43 91㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.85m 全幅約1.45m
エンジン 変速機: DOHC V型8気筒 2.5L 285HP 5段変速
性能: 最高速280km/h
データーベースでランチア フェラーリ D50のミニカー検索

 

ランチア フェラーリ D50 イタリア 1955

 

 ランチアはF1に進出することを計画し、1954年にD50が登場します。開発はアルファ ロメオでP2/P3を設計し、1937年にランチアに移籍したヴィットリオ ヤーノが担当、彼らしい先進的な設計を行っています。ドライブシャフトがドライバーの左側を通るように、エンジン(DOHC V型8気筒2.5L)を斜めに配置することで、ボディ全高を下げて空気抵抗を下げています。またエンジンをシャーシと一体化しボディ剛性を上げています。燃料タンクはボディ左右に張り出したポンツーン内に収め、このポンツーンは空力的な効果もありました。そんな訳でD50は当時のF1としてはユニークなスタイルをしています。

 

 D50のデビュー戦は1954年スペインGPで、メルセデス ベンツ W196が勝利したレースでしたが、A.アスカリのドライブでポールポジションと最速ラップタイムを記録しD50は能力の高さを示しました。1955年モンツァ サーキットのテスト中にA.アスカリが事故死しました。エースドライバーを失ったことと資金難からランチアはF1を撤退することになりました。D50についてランチア、フィアット、フェラーリで交渉が行われ、D50がフェラーリに移譲され、フィアットがフェラーリに資金援助することとなりました。そんな訳でD50は フェラーリ (ランチア) D50となり、V.ヤーノら技術陣はフェラーリに移籍しました。

 

 

 ミニカーはブルム製で、1982年頃発売されました。1956年のイギリスGP 優勝車(ドライバー J.M.ファンジオ)をモデル化しています。1956年式ですからフェラーリに移譲された後のランチア D50です。サイドポンツーンを持つユニークなスタイルが良く再現されています。ブルムのD50にはノーズの形状が異なる2タイプがあり、バリエーションが数種類あります。(画像はノーズコーン的なものが付いたノーズがやや長いタイプです) これ以外ではマーキュリーの当時物、マテル、イクソなどがあり、移譲される前の1955年式D50 モナコGP仕様をノレブがモデル化しています。

LANCIA FERRARI D50 1
LANCIA FERRARI D50 2

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=1737

   

LANCIA FLAMINIA BERLINE 1957 ITALY

LANCIA FLAMINIA BERLINE 画像をクリック/タップすると画像が変わります
STARLINE (LANCIA COLLECTION)  1/43 112㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.85m 全幅約1.75m
エンジン 変速機: V型6気筒 2.45L 102HP 4段変速
性能: 最高速160km/h
データーベースでランチア フラミニアのミニカー検索

 

ランチア フラミニア ベルリーナ イタリア 1957

 

 アウレリアの後継車として1957年にフラミニアが登場しました。アウレリアと同じV型6気筒エンジンは排気量を2.5L(102HP)に拡大し、高度なトランスアクスル方式を踏襲していました。長く続けられたスライディングピラー式前輪サスペンションはダブルウイッシュボーン方式に変わりました。ボディは全長4.85mとかなり大きくなり、ピニンファリーナ デザインの美しいスタイルとなりました。イタリアの最高級車として1970年までに約12000台が生産されました。

 

 1961年にはこの車をベースにした大統領専用車が製作されました。全長5.46mとオリジナルより60cmも長い堂々たるサイズで、中央の2人分の補助席を使って7人が乗車できるランドレー形式(後部座席部分が幌で開閉できる)のリムジンでした。エンジンはオリジナルのV型6気筒2.5L(102HP)のままですが、パレードで長時間徐行できるようにギヤ比が変えられていたので、最高速は120km/hとなっていました。公用車としては明るめの紺色のボディカラーに黒いコノリーレザーの内装というイタリアらしいしゃれた仕上げは、ピニンファリーナのデザインでした。

 

 

 ミニカーは2008年頃に発売されたイタリアのミニカー付雑誌 「LANCIA COLLECTION」のNo24で、メーカーはスターラインです。廉価版ミニカーですので、あまり細かい仕上げはされていませんがまずまずの出来ばえです。最近までフラミニア セダンのミニカーはマーキュリーとノレブ(プラ製)の当時物ぐらいしか無かったので、このフラミニア セダンのミニカーは車種的には貴重です。またこれをベースにした大統領専用車も数種類がモデル化されています。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

LANCIA FLAMINIA BERLINE 1
LANCIA FLAMINIA BERLINE 2

 以下は同じミニカー付雑誌 「LANCIA COLLECTION」のNo12 フラミニア ランドー 大統領専用車の画像です。これにフィギュアを付けた物を数種類(参照→イタリアの大統領専用車)ほどスターラインが発売しています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
LANCIA FLAMINIA CABRIOLET 1
LANCIA FLAMINIA CABRIOLET 2

このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります

https://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=711

   

 

  ページ 1  2  3  4   次へ »