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MITSUBISHI TYPE A 1917 JAPAN |
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![]() DIAPET G043 1/45 85㎜
三菱 A型 日本 1917
日本でも明治時代から蒸気自動車や初期のガソリン自動車が製作されていて、1907年(明治40年)には国産初のガソリン車「タクリー号」が完成しています。1917年(大正6年)に三菱造船神戸造船所でフィアットを参考にして製作されたのが、この三菱A型で大正10年までに22台製作され国産初の量産?乗用車とされています。(年式的にはエドワード期ですが国産車としてまとめる為ここに載せました)
ミニカーはダイヤペット製 ダイヤペット10周年記念として作られたもので、ブロンズ仕上げの置物といったところですが、大体どんな感じの車だったかはわかります。 実車諸元 画像参照 外形寸法: 全長約3.8m エンジン 変速機: 4気筒 2765㏄ 35HP 性能: 最高速32km/h |
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MITSUBISHI 500 1961 JAPAN |
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![]() JAPANESE CAR COLLECTION 167 1/43 75mm
実車諸元 画像参照
三菱 500 日本 1961
戦前に三菱 A型を製作した経験のあった三菱重工業は終戦後の財閥解体で東日本重工業、中日本重工業、西日本重工業の3社に分離されました。東日本重工業はアメリカのカイザーナッシュ社と提携し、コンパクトカー ヘンリーJのノックダウン生産を1950年から始めました。1953年に東日本重工業、中日本重工業は三菱日本重工業、新三菱重工業に車名変更し、1953年に新三菱重工業でウィリス ジープのノックダウン生産が始まりました。1954年にはヘンリーJの本国での生産中止によりノックダウン生産が終わりました。
新三菱重工業は独自で自動車開発に着手し、水島自動車製作所(岡山県)が開発した軽3輪トラックのペット レオが1959年に発売されました。ペット レオは密閉式キャビンを採用し、4サイクル単気筒310cc(12HP)エンジンを搭載し、3段変速で最高速74km/hの性能で軽3輪車では最速でした。ペット レオは1962年まで生産されました。
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1960年に新三菱重工業(名古屋自動車製作)は乗用車の三菱 500を発売します。全長3.14m全幅1.39mの4人乗り小型車で、ボディはドイツのゴッゴモビルを参考にしたそうです。空冷4サイクル2気筒OHV 493cc(21HP)エンジンをリアに搭載するRR車で、3段変速で最高速90km/hの性能でした。モノコック構造のボディに全輪独立懸架サスペンションと、技術的には非常に先進的な車でした。価格は39万円で1961年にはエンジンを594cc(25HP)に拡大しました。ただあまり人気がなかったそうで、1962年には新しい車名のコルト 600に切り替わりました。コルト 600は500のボディーを拡大したもので、基本構造はそのままだったようです。 |
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![]() ![]() 以下は上述した三菱 500の車の愛好者クラブが作成したミニカーで、1/43で材質はレジン製だと思われます。台座に「瀬戸大橋開通記念」と表記されていますが、瀬戸大橋が開通した際に三菱 500で渡り初めのパレードを行ったようです。その際に愛好者クラブが設立されたそうで、このミニカーはその設立記念品のようです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() |
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MITSUBISHI JEEP (J30) 1961 JAPAN |
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![]() JAPANESE CAR COLLECTION 167 1/43 101mm
実車諸元 画像参照
三菱 ジープ J30型 日本 1961
戦後アメリカ軍が日本で軍用車を調達する為に、ウイリス製ジープを当時の中日本重工業(三菱重工業の前身)に生産させることになったのが三菱製ジープの始まりでした。この車は戦後の警察予備隊(現在の自衛隊)で使用する小型トラックとしても採用されることになり、1953年からジープ CJ3A型のノックダウン生産が始まりました。当初は左ハンドルでしたが、その後ウイルス製エンジンを国産化するなどして1955年にジープは国産化されました。
当初の三菱 ジープの型式はJ1型で、構造はジープと同じはしご形フレームにリーフリジッド サスペンションで、パートタイプ4WDの駆動方式でした。その後国産化された時の型式はJ3型となりました。1957年にエンジンをディーゼル化(2.2L 61HP)して世界初のディーゼルエンジン搭載ジープ JC3型が登場しました。1961年には右ハンドル仕様のJ3R型が追加されました。
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ミニカーは国産名車コレクション製で2009年発売、メーカーはイクソです。4ドアステーションワゴンのJ30型をモデル化しています。実車の雰囲気が良く再現されていて、フェンダーミラーや灯火類などの細部も良くできています。雑誌付きミニカーとしては、申し分のない出来ばえでしょう。また三菱 ジープの乗用車タイプのミニカーはこれしかないので、車種的に貴重なミニカーでもあります。なお色違いの同じものがFIRST43でも販売されていますが、イクソ ブランドでは販売されていないようです。これ以外の三菱 ジープのミニカーとしては、トミカやトミカ ダンディのJ3R型、エイダイ グリップのJ52型などがありますが、すべてショートホイールベースをモデル化しています。以下はフロント/リアの拡大画像と室内の拡大画像(不鮮明ですが)です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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MITSUBISHI MINICA 1962 JAPAN |
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![]() JAPANESE CAR COLLECTION 19 1/43 72㎜
実車諸元 画像参照
三菱 ミニカ 日本 1962
1961年に三菱初の軽自動車として商用バン/ピックアップの三菱 360が登場しました。(実車画像→三菱 360) 軽3輪車レオの経験を生かして開発された360は、通常のフロントエンジン搭載のFR方式を採用し、サスペンションもリーフスプリング方式の保守的なもので、ボディもごくオーソドックスなデザインでした。空冷2サイクル2気筒359cc(17HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速80km/hの性能でした。保守的な設計が良かったのか、360は商業的に成功し1972年まで生産されました。
360をベースにして軽乗用車ミニカが1962年に登場しました。車体後部をノッチバックにして、4人乗りに仕立ていました。エンジンなど性能は商用車360とほぼ同じでした。当時の軽は後輪駆動のRR車が一般的であったのでFR方式は異色な存在で、当時の軽ではトランクが一番広かったそうです。ただ同時代のライバルであったスバル 360やマツダ R360クーペに比べると、乗用車としてはデザインが保守的で地味でした。
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ミニカーは2006年に発売された国産名車コレクション製で、メーカーはノレブです。プロポーションが良く細部もそこそこリアルでかなり良い出来ばえになっています。ノレブからはカタログモデルとしても型番800187で発売されています。三菱 ミニカは国産初期の自動車として貴重なモデルですが、国産名車コレクションでなければモデル化しなかったでしょう。(トミカ リミッテドなどは、このようなマイナーな車?は多分モデル化しないでしょう) これ以外の三菱 ミニカのミニカーはありませんでしたが、最近になって国産名車コレクション1/24でもモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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MITSUBISHI COLT 1000 1963 JAPAN |
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![]() MODELPET 24 1/42 90㎜
実車諸元 画像参照
三菱 コルト 1000 日本 1963
前述したコルト 600がモデルチェンジして、1963年にコルト 1000が登場しました。三菱初の4ドア小型乗用車で、よく言えばシンプルな(悪く言うと何の特徴もない真四角の)セダン スタイルをしていました。水冷4サイクル4気筒1L(51HP)エンジンをフロントに搭載し、4段変速で最高速80km/hの性能でした。2/4ドアセダンとバンの設定がありました。
1965年に1.5L(70HP)エンジンを搭載してボディを拡大し丸型4灯式ヘッドライトを採用したコルト 1500が追加されました。(実車画像→コルト 1500) 1966年に1Lエンジンが1.1L(58HP)エンジンに変更され、1000のボディに1.5Lエンジンを搭載し全輪ディスクブレーキを採用した1500 スポーツセダン(最高速145km/h)も登場しました。1968年のマイナーチェンジでセダンは角形ヘッドライトとなり、1.1Lエンジンが1.2Lに変更され、コルト 1200となりました。1969年に後継車のコルト ギャランが登場しました。
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ミニカーは1965年に発売されたモデルペットの当時物です。1960年代のミニカーですから素朴な作りですが、実車の雰囲気は良く再現されています。ボンネットが開閉するギミックが付いていますが、これはボンネットのヒンジが折損しましたので、ボンネット後端が少し沈み込んでいます。これ以外の当時物としてはミクロペットのセダンとそのレース仕様がありました。三菱車としては初めてのミニカーでしたので、当時のコルト1000はそこそこ人気があったのでしょう。なお現在(2019年)まで当時物以外のミニカーは作られていません。 以下はフロント/リアの拡大画像とボンネットを開いたエンジンルーム/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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MITSUBISHI DEBONAIR (A30) 1964 JAPAN |
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![]() JAPANESE CAR COLLECTION 99 1/43 110mm
実車諸元 画像参照
三菱 デボネア (A30型) 日本 1964
三菱は2Lクラスの乗用車開発にあたり欧州車のライセンス生産を検討しましたがうまくゆかず、結局自社で開発したデボネア A30型を1964年に発売しました。モノコックボディに前輪独立/後輪リーフリジッド サスペンションという当時の標準的な構造で、サイズは小型車規格(5ナンバー)内に収まっていました。フェンダーのエッジを立てた角張ったアメリカ車的なボディは、アメリカのGM社のデザイナーだった人によるもので、高級車としてなかなか迫力のあるデザインでした。
当初のエンジンは6気筒2L(105HP)KE型で、4段変速で最高速155km/hの性能でした。その後エンジンは1970年に6気筒2L(130HP)G型に変更され、1976年に4気筒2.6L(120HP)G型に変更されました。自動変速機の採用、排ガス対策など時代に応じて改良が施されましたが、基本設計や外観がほとんど変更されないままで、1986年まで22年間生産されました。(その為「走るシーラカンス」と呼ばれていました) 同クラスのクラウンなどより価格が高かったので、ほとんど売れなかったようですが、三菱系企業の重役専用車という需要を満たすためだけに生産されていたようです。1986年登場の2代目デボネアも提携先の韓国の現代自動車向けの高級車として開発されたそうです。(実車画像→三菱 デボネア 1986)
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ミニカーは2010年に発売された国産名車コレクション製です。メーカーは表示されていませんがたぶんイクソでしょう。フロントの顔付などの雰囲気がやや物足りない(威圧感が足りない?)気がしますが、室内などの細部もそこそこリアルで、雑誌付きミニカーとしては良く出来ています。デボネアの当時物ミニカーはミクロペットとその型を受け継いだダイアペットのものがありましたが、どちらも大変なレア物で、程度の良い物がオークションで中古の軽自動車並みの値段が付いたこともありました。(最近はそこまで高くはないですが) 最近のミニカーではファインモデル(アンチモニー製)の前期型/後期型とそのバリエーション多数、トミカ リミッテド、国産名車コレクションの型を使ったFIRST43、国産名車コレクション1/24があります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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MITSUBISHI COLT 800 1965 JAPAN |
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![]() DIAPET 144 1/40 91mm
実車諸元 画像参照
三菱 コルト 800 日本 1965
三菱 ミニカを製造していた水島自動車製作所(岡山県)が小型車を開発し、コルト 800として1965年に登場しました。地味なデザインであったコルト 1000と違って、ファーストバックを採用したスタイリッシュなデザインとなっていました。当初は2ドアでテールゲートは無かったのですが、1967年に3ドアハッチバック、1968年に4ドアが設定されました。
水冷2サイクル3気筒843cc(45HP)エンジンをフロントに搭載するFR方式で、4段変速で最高速120km/hの性能でした。1966年にコルト1000の4気筒1Lエンジンを搭載した1000Fが追加され、さらに1968年のマイナーチェンジでは3気筒エンジンが廃止され、1.1L(58HP)エンジンを搭載した1100Fが追加されました。1969年には1.1Lエンジンだけとなり名前も11Fに変わりました。11Fは1971年まで生産され、実質的な後継車は1973年に登場したランサーでした。なおコルト 1000Fは1967年のサザンクロス ラリーに参戦してクラス優勝しました。これは三菱車として初の国際ラリー参戦でした。
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コルト800と1000は新三菱重工業の異なる製作所で独自に開発されたものであり同じような車であった為、市場では競合関係となっていました。三菱重工の自動車部門は1970年に三菱自動車工業として独立しましたが、それ以前にはこのような開発体制上の問題があったようです。 |
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![]() ![]() 以下は2007年に発売された国産名車コレクション製のコルト 800 (1/43 No.42)の画像です。メーカーはノレブで、フェンダーミラーが付いているなど細部もまずまずの仕上がりで、雑誌付きミニカーとしては良く出来ています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() |
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MITSUBISHI COLT GALANT AII GS 1969 JAPAN |
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![]() DIAPET 196 1/40 107㎜
実車諸元 画像参照
三菱 コルト ギャラン AII GS 日本 1969
意欲的な新型車コルト ギャランが1969年に登場しました。シンプルな平面構成の斬新なボディは、それまでの三菱車の地味なイメージを一新しました。これはイタルデザインのG.ジウジアーロのデザイン案がベースになっていたそうで、当時はそのことは知りませんでしたが、三菱車のデザインが急にセンスが良くなった理由が理解できました。
斬新なデザインが人気を呼んでギャランは大ヒットし、三菱車の小型車市場での基礎を固めました。1973年に2代目に切り替わり、コルト ギャランからギャランとなりました。ボディは大きくなり、初代のイメージを引き継ぎながら全体的に角を丸めたデザインでした。エンジンは新規の1.8L/2Lが追加されました。しかしイメージ継承策が裏目にでて、2代目の販売は芳しくありませんでした。1976年に3代目ギャラン シグマにモデルチェンジしました。
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ミニカーはダイヤペットの当時物です。1.5Lエンジン搭載のAIIをモデル化しており、プロポーションが良くできているだけではなく、フロントグリルの造形も凝っていて当時のダイヤペットの秀作のひとつです。ギャランは人気があったので、ダイヤペットはハードトップもモデル化しています。当時物ではトミカもハードトップをモデル化しています。最近ではトミカ リミッテドで4ドアセダンが出ています。なお2代目ギャランのミニカーは無いようです。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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![]() ![]() 以下は1971年に発売されたダイヤペットのギャラン ハードトップ(型番256)の画像です。ヘッドライトが丸形4灯式に変わっています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() 以下は1973年に発売されたダイヤペットのギャラン ハードトップ スポーツタイプ(型番D-2)の画像です。上記のバリエーションで、ボンネットにインテークが追加されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() |
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MITSUBISHI FUSO (B906R) JAPAN NATIONAL RAILWAY HIGHWAY BUS 1969 JAPAN |
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![]() DIAPET 266 1/50 230mm
実車諸元 画像参照
三菱 ふそう (B906R) 国鉄ハイウェイバス 日本 1969
戦前の1932?に当時の三?重工神戸造船所でガソリンエンジンの大型バスB46型が製造されました。このバスに「ふそう」(中国での日本の別名「扶桑」に由来)というブランド名がつけられ、これが三菱 ふそう グループの始まりで、国産車としては一番古いブランド名となります。1946?に戦後初のふそう 大型バス B1型が登場しました。
その後のふそう バスの歴史を簡単にメモしておきます。(三? ふそうバスのWEBサイトから抜粋させていただきました)
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ミニカーはダイヤペットの当時物で、1972年に発売されました。国鉄専用高速バス B906R型をモデル化しています。箱には1/40と明記されていますが、実車の寸法から逆算すると1/50で作られているようです。(それでも230㎜と大きいですが) フロントの雰囲気や窓のレイアウトなど当時のミニカーとしてはリアルに作ってあり、良い出来ばえといえます。 室内のシートは起毛(静電植毛)仕上げされています。ギミックとしては折り戸ドア/リアパネルが開閉し、ボディを傾けることで前輪の操舵ができます。側面のJRロゴや白いラインなどは紙のシールなので、長期保存すると剥がれてしまうことが多いです。当方の物もフロントのパネル上に貼られていた「東京駅」やドア横に貼られていた「ワンマン」などのシールが剥がれて行方不明です。なお本来はリアだけにナンバープレートが付いていたようですが剥がれてしまったようで、当方の物に付いているナンバープレートは自作したものです。 以下はフロント拡大画像/ドア開閉動作とリア拡大画像/リアエンジンカバー開閉動作の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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![]() ![]() 以下は前輪操舵動作と乗用車カローラ 30(ダイヤペット 型番G21 1/40)と並べてみた画像です。縮尺が違うので、カローラが大きめに見えますが、バスのミニカーのサイズがわかると思います。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() ダイアペットは同じ型を使って東名急行バス、はとバス、全日空バス、日本航空 サービスバス、静岡鉄道バスなどのバリエーションを作っています。またTV中継バスやキャンピング バスのベースとしても使われています。1980年代以前のふそう バスのミニカーは少ないですが、エアロ**というブランド名が付いた最近のバスのミニカーはトミーテック、アドウイングなどでたくさんモデル化されています。 |
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MITSUBISHI GALANT GTO MR 1970 JAPAN |
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![]() M-TECH H-03-A 1/43 96mm
実車諸元 画像参照
三菱 ギャラン GTO MR 日本 1970
ギャランは前述したハードトップに続いてスペシャリティカーのGTOを1970年に追加しました。ロングノーズ/ウエッジシェイプ、ファーストバックにダックテールとアメリカ車的で派手なスタイルは、大変な人気となりました。ギャランをベースとした設計でエンジンは4気筒1.6L(110HP)G型とそのDOHC版(125HP)で、DOHCエンジンを積んだMRは5段変速で最高速200km/hと高性能でした。当時は特徴的だったリアのダックテールは、今見ると、ほとんど目立たない程度だったことがわかります。
1972年に1.7Lエンジンが追加され、1973年のマイナーチェンジでは2Lエンジンが追加され、DOHCエンジンは排ガス規制対応で廃止されました。その後は2Lエンジンがメインとなり、1977年まで生産されました。日本初のスペシャリティカーとしてトヨタ セリカより2か月ほど早く登場したギャラン GTOは、三菱車にスポーティなイメージを与えました。
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ミニカーはエムテック製で、2001年に発売されました。実車に即したカラーリングで、フロントグリル、ホイールなどをリアルに再現しています。1/43の量産ミニカーでは現時点(2018年)でも一番出来が良いと思います。(ただフェンダーミラーがややしょぼいのがいまひとつ) GTOは人気車だったので、たくさんモデル化されています。当時物としてはダイヤペットのチェリカ80とABS樹脂製、モデルペット、トミカ、トミカ ダンディと当時の主要メーカー全てがモデル化していました。最近ではノレブ、国産名車コレクション(ノレブ製)、コナミ、トミカ リミッテド、アオシマ DISM、レジン製ではENIFやイグニッションモデルなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) |
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![]() ![]() 以下は1972年に発売されたモデルペットの当時物のGTO(型番40)の画像です。MRではないので、ボンネット上のインテークがありません。当時流行りだったフリーホイールが目障りですが、当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() 以下は1972年に発売されたトミカ ダンディの当時物のGTO(型番001)の画像です。縮尺1/45とサイズは少し小さめですが、これも当時のミニカーとしては良い出来ばえでした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() 以下は2007年に発売された国産名車コレクションのGTO(No.46)の画像です。国産名車コレクション初期のノレブ製で、雑誌付きミニカーとしては良い出来ばえです。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します) ![]() ![]() |
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